第壱話 幻日
俺は横になっていた。瞼が重い。どうやら寝ていたようだ。
「ん、ん~~」
「気持ちよさそうに寝てたよ、兄ちゃん」
俺が気持ちよく背伸びをすると俺の『隣で』横になっていた女の子が声を掛けた。ん?
俺の『隣で』寝ていた?
「って、なにお前はそこで寝てんだよ!」
眠気が一気に無くなった瞬間だった。
「いや最初はね、お母さんが『飯ができたから一階に下ろせ』って言ったから起こそうと思ってたんだけど、気持ちよさそうだったからちょっとだけ観察しようかなって……思って、さ。ね?」
「そんなことより早く起こせよ、悠水」
『瀬良 悠水』は、俺の妹だ。俺の憎たらしい妹であり、世界で一番可愛い妹だ。俺は、悠水はどんなことがあっても嫁にはいかせないと心に決めている。
「兄ちゃんの寝顔は、本当に幸せそうだよね」
「知らんがな」
「つい私も寝ちゃいそうになっちゃったよ」
「そのときは、俺がお前の寝顔を観察するけどな」
「~~ん!」
悠水は、顔を真っ赤にして俺の部屋を去っていった。俺はベットから立ち上がり再び背伸びをして歩き出した。
俺『瀬良 或斗』は四人家族の長男で、妹の悠水と父と母の四人家族だ。父は、ただの会社員だと聞いている。母は専業主婦だ。俺は、この家族が幸せでずっとこのままがいいと思っていた。
「兄ちゃん、先行っちゃうよ!」
「はいはい、今行くよ」
あ、あ……れ。
急に目眩が……
な……んで。
悠水を追いかけて家を飛び出した瞬間、俺の記憶は飛んだ。
† † † † † † † † † † † † † † † † † † † †
「こ、ここは……」
薄ら目を開けると見覚えのない部屋に二人の人物が佇んでいた。
「この子が……」
「はい、被験者一号の『貯蔵する力』です」
なんだ?
ソウル……なんだって?
「これが、世界を壊すほどの力を持つという『人間核爆弾』か」
っ!
なんだ……と!?
二人は、いかにも悪役という顔でこの部屋を後にしていった。
起き上がり周りを見渡した。この部屋には、ベットと小さい机に壁には鏡が取り付けられていた。どうせこの鏡は、ドラマとかで見るような『マジックミラー』なのだろうが……。手足には手錠が取り付けられていて、しっかり歩けないし動作をするにも一苦労だった。
俺はすぐに部屋から脱出するためにドアを調べてみた。まぁ、当たり前だがドアはビクともしなかった。ドアの鍵は指紋認証と暗証番号のようだ。マジックミラーらしき鏡を調べてみても反応はない。机もベットも不自然なものはなかった。ゲームのように隠し扉に続く仕掛けもない。完全なる密室だった。
いくら待っても何の反応もない。俺は、ベットの上に座っていることしかできなかった。さっきの悪役のような二人も入ってこない。時計もないせいでどの位経ったかもわからない。俺自身の荷物もなく、悠水もいない。もしかしたら悠水も別室で監禁されているのかもしれない。そう思うと怒りが高まってきた。
「ぉ……お~い」
ドアの方から声がした。
ドアを見てみると、いつの間にか開いていて、一人の少女が立っていた。その少女の手には、沢山の荷物。その大半は、俺の私物だった。
「お前誰だよ?」
ドアを開けてくれた少女にそう言うのは失礼かと思ったが、無意識に聞いてしまった。
「私は『三枝 鮎』といいます。あなたにはうちの者が大変御無礼をしたようで。とにかく説明は、歩きながらしましょう」
三枝という少女は、俺を手招きするや否や先に歩き始めた。俺も追いかけるように三枝という少女の背中に向かって歩き始めた。
「それで、ここはどこなんだよ?」
「ここは、我が三枝家直属科学研究室棟地下二階です」
三枝という少女は、ご丁寧にフルネームで言ってくれた。
「あなたは家の外に出てはいけなかった」
「なんでだよ!それになんだよ、ソウルなんとかって!?」
「『貯蔵する力』。あなたの中には、―――――――――ができる能力があると言われています」
こいつもまた意味のわからないことを……!
「俺はそんなこと知らねーぞ!」
「知らなくて当たり前です。ついさっき『AD』と呼ばれる薬を打ち込むことで能力覚醒に成功したのですから」
「意味分かんねぇ!そもそも『AD』ってなんだよ!」
「質問が多いですね。それだと友達無くしますよ?」
「うるせぇ!」
俺の声はどんどん大きくなる。自分自身でもわかるくらい興奮していた。
「『AD』とは、『Ability Drug』の略です。簡単に言えば『能力覚醒剤』です」
意味のわからない話をずっと聞かされていると、急に三枝の足が止まった。三枝の目は大きく開いている。そして、その目線の先には――
「っ!さっき俺が寝ていた部屋に居た『研究員A』!」
俺は、思わず声を上げて言ってしまった。
「こりゃ酷いな。折角覚醒させてやったのに……」
「俺はそんなこと望んでねぇぞ!」
「アンタには必要なくても私たちには必要なんだよ。アンタの意見なんて聞いてねぇんだよ!!」
白衣を着た中年男は、上を向きながら高笑いをしている。
「おっと、動かないほうがいい。アンタの妹がどうなってもいいのかい?」
っ!
男に向かって走って一発殴ろうと決断した途端に俺の足が動かなくなってしまった。『妹』だって!?
「おい!悠水になにかしてみろ、ただじゃおかねぇからな!!」
「『なにか』って……」
中年男の助手のような白衣を着た若い男がある女性を連れてきた。
「悠水!!」
「兄ちゃん!!」
俺と捕まっている悠水は、お互いを呼び続けた。『助けて!』と、『助けてやる!』というように。
「こういうことかな?」
中年男は、悠水に近づくと悠水の顔に自分自身の顔を近づけた。
「君はいいねぇ。可憐で美しい。君はずっと私のものだ」
そう言うと、中年男は何を思ったのか悠水の顔を舐め始めた。味わってるようにも見えた。
「止めろ!」
俺の声が届いてないかのように中年男は気持ち悪い行動を続けた。
「貴様!マジでブッ殺すぞ!!」
一瞬空気が揺れたような気がした。周りを見渡すと『気がした』のではなかったのがわかった。周りの壁は、基礎の部分がむき出しになり表面は崩れ落ちていた。俺が知らないうちに『すごいこと』をしてしまったらしい。
「素晴らしい。流石だよ!さぁもっと私に見せておくれよ」
クソじじぃは、悠水から離れると今度は俺に近づいてきた。
「気をしっかり持ってください!」
三枝が何か言っている。うるさいなぁ。俺は、クソじじぃをブッ飛ばさないといけないんだよ。静かにしてくれ。
やらないと……
やら、ない、と……
殺らないと……!
殺す……!
殺、す……!
コロス……!
† † † † † † † † † † † † † † † † † † † †
私たちの家系は、道を踏み外してしまったのかもしれない。いや、どう考えても踏み外してしまったとしか言いようがない。なんせ、いつの間にか人体実験をやってもなんとも思わなくなってしまったのだから。私たちの研究員たちは、人が死んでもなんとも思わないし、ただの実験動物としか考えていないのだろう。
研究員たちは『心がない』のだろう。
自分の家のことは、自分で尻拭いしなければいけない。そう思って今私は大量の荷物を持って三枝家直属科学研究室棟地下二階の『人間隔離室』と書かれたプレートのドアの前に立っていた。
コン、コン。
ドアをノックしても返事はなかった。だけど、気配はある。なにか考え事でもしているせいで気付かないのだろうか?まぁいいや。
「す、すみませ~ん」
恐る恐るドアを開けると、ベットに座って俯いている男性がいた。やはり考え事などをしていいたのだろう。
「ぉ……お~い」
そう声をかけてやっとこっちを向いた。荷物が重いせいで私は、床に置いてしまっていた。
「お前誰だよ?」
失敬な!折角内側からは絶対に開かない特殊なドアを開けてあげたのに!!もちろん内側にあったドアの鍵であろう指紋認証と暗証番号のための器具は偽物だ。隔離した者に少しでも希望を持たせて元気を保たせるためだという。本当にここの研究員たちはキモい事を考えるよ。
「私は『三枝 鮎』といいます。あなたにはうちの者が大変御無礼をしたようで。とにかく説明は、歩きながらしましょう」
歩きながらいろいろな話をした。ここについて。能力について。ADについて等。その話をしても全く信用していないようだった。まぁ当たり前と言えば当たり前だけど。私が同じ立場でも信用はできないと思う。そのくらいの世界観の変化をこの男性『瀬良 或斗』くんは体験しているはずだから。そんな話をベラベラとしていると知っている顔が目に入った。『三枝 幻世』。ここ三枝家五代当主であり、三枝家直属科学研究室室長であり、私の父親でもある。私としては、この人を父親と呼びたくはないだが。この人『三枝 幻世』は、自分の欲望のために四代当主であった私の母親の方のおじいちゃん『三枝 万年青』さんを殺害したのだから。しかもそれを権力で『なかったこと』にしたのだ。私の母親は、幻世に逆らうことができずに狭い肩幅で過ごしている。代々三枝家では、当主は男性しかなれないこととされている。だから必然的に幻世が当主を継ぐことになってしまったのだ。みんな裏では反対していた。派閥も作られていた。
私たち派閥人は、幻世のことを甘く見ていた。そんなの幻世がほっとくはずがなかった。派閥の中の男性陣は、一人一人隔離されサンドバックにされた。そして、傷だらけで動けなくなった人から順番に銃殺していったのだ。女性陣は、男性陣が最初だったことが不幸中の幸いで少数人数は私を含めて逃げることができた。だけど、逃げ遅れた人たちは、一人一人荒く『婦女暴行』されたのだ。私たち逃げることの出来た者たちは、行くあてもないし、そもそも厳重に完備されているせいで扉に付いている鍵は、私たち下っ端は開けることすらできなかった。私の能力を使えば、私を含めた二人だけは逃げることが出来るだろう。だけどそんなこと私にできるはずもなく、私たちは全員捕まり左肩に焼印をされたのだ。
私たちは、恐怖のあまり逃げることを恐れた。