やくざ?マフィア?もの。 なんかヤバい人→特殊能力(超逃げて)
まるでヤクザよりヤクザみたいな人ですね
水橋はちろりと奥まった席に座る客を見やった。
ジャズが流れる薄暗い店内は、男たちの仄暗い欲望を隠してくれる。
いつのまにか水橋の側付きになったヤスが客を一目見て言った冒頭のセリフに、水橋は内心同意した。
(なんともまぁ……可愛げの欠片もねぇ)
初めて『そうゆうところ』にお世話になるだろうに、客からは緊張のきの字も見当たらなかった。むしろこの退廃的で暴力的な空気に馴染むかのように、最初からリラックスしていた。
(なんか、気に入らねぇんだよな)
内心苦く思うが、内容としてはなかなかいい条件だ。すぐに商談も決まるだろう。
水橋はおもむろに席を立った。素早く反応したヤスがコートを差し出し羽織らせる。
すると周りの男たちがさりげなく、出口に向かう水橋の顔色を伺うように見た。水橋は人に見られることに慣れすぎて気づかない。男たちは眉間に皺を寄せ、明らかに不機嫌そうな水橋を確認すると、何事もなかったようにスッと元の空気に戻った。なにごとも、なかったかのように。
この不思議な光景を、客の目が爬虫類のように目を細め見ていたのを、残念なことに気づいたのはヤスだけだった。
取引不可
赤いインクで下の文字が読めないほど乱暴に書かれた書類が、水橋のデスクに置かれた。
さっきの客のだ。
うちの組にはいい条件ばかりだった取引だろうに。
不思議に思って上司に水橋がどうして不可なのか尋ねても、ただ一言「天の啓示だ」としか口を割らなかった。
+
やっぱ水橋さんに間違いはありませんね。
翌朝コーヒーを運んできたヤスは得意げに新聞を見せた。
昨日の客ではない男が、昨日の商品のことで捕まっていた。
最後まで読み終わって新聞を置く。
興奮で上気した頬はヤスを幼くしていた。
(やっぱコイツ可愛いわ)
ブリーチしまくって痛んだ髪。撫でる指の隙間から窺うように見上げるヤスはまるで犬のようだ。昨日の客とは大違いの可愛さに、なんで自分だと間違いがないのかよくわからなかったが受け流した。
「あ、横田。傘とチョッキもってけ」
視界の隅に、集金に行こうとドアノブに手をかけた部下が映った。
素早くヤスが傘を差しだしているのを横目に、横机から防弾チョッキを投げ渡す。横田は綺麗な姿勢で頭を下げてドアの向こうに消えた。
「横田さんって今日松風ですよね?」
不思議そうなヤスに「いや、先ほど谷鹿になりました」ちょうど通話を終えた横田の相棒、吉野が答えた。松風(地下ルート)より谷鹿(海岸ルート)は危険度が増す。
なぜ判ったんだ
吉野の目はヤスに聞いていた。水橋には恐ろしくて聞けなかった。