1-4 反対
「反対だ。軍人としても、引き取った養い親としてもな」
夜勤を終えて昼過ぎに帰ってきたアモレ元少尉――現中尉が首を振る。
アイドルに救われたあの夜から二年。記憶が戻らなかったレゾを、アモレ中尉が保護者として居候させてくれている。
その家の居間で開かれた臨時保護者会議は、最初から大荒れだった。
成績表と、アモレがサインするだけの書類を見せを見せたレゾ。
「うぐ、もう少し考えたり言葉を選んだり」
そして、進路について話した直後に否定の言葉だ。
「迂遠に言って何が変わる。そもそも、レゾはアイドルを何だと思っている」
昼食を終えた食器を脇に寄せて、アモレ中尉が睨むようにレゾの目を見つめる。
その剣呑な圧力に負けそうになるレゾ。しかし、ここで負けては未来がないし、この程度の質問は想定済みである。
軍人は現実主義になる。その中でもアモレ中尉は特に理性を愛する人だ。
レゾだってこの二年で、下調べしていない話を持ち込んでも無意味だと学んでいた。
いつも持ち歩いている手帳を開いて、レゾは調べた内容を読み上げる。
「アイドルは俗称なんだよね。
スペイガル国軍とは別に『独立巫術儀式大隊』っていう傭兵団がある。
その中の『儀式巫術小隊』に所属している人がアイドルって呼ばれている」
ココまではいいかなと首を傾げるレゾに、アモレは無表情で頷く。
「名前の通りに独立した組織で、予算も別系統。
国軍から要請されて、シバ大佐っていう司令官の下で防衛任務に参加するのが主業務。
他にも調達任務って名目で、いろんな街で『ライブ』っていう音楽祭を開催して、予算にしてる。
戦場では、詠唱と構成を歌と踊りに組み込んで、第二世代魔法の"儀式巫術"系統で戦っている」
判ったのは以上ですと、レゾが報告を終える。
アモレは決して良くやったとは言わないが、少しだけ見直したような表情をしていた。
どうやら思いつきで言ったわけではないと、判って貰えたらしい。レゾが心の中で安堵のため息を漏らす。
「意志は評価しよう。完全に別予算で動いているのは、私も知らなかった」
まだ不満がありそうな表情だが、それは言わないらしい。
「アモレさんが部下さん達と家でお酒を飲む時に、いろいろ教えてもらったんだよ」
レゾが嬉しそうに胸を張る。
アモレの部下には、レゾを助けてくれた時の隊員が少なくない。自分たちも引き金一つ分は保護者だといって、何かと助けてくれるのだ。
「それで、今のレゾが使える魔法は?」
「学校で習う生活用の魔法――水を作ったり小さな火を生んだりする魔法が一番多いかな。
後は、部下さんたちに教えてもらった通信魔法と、飛行魔法、初歩の攻撃魔法」
「練習はどうした。攻撃魔法用の訓練所は成人まで立ち入り禁止だろう」
魔法は魔法陣や詠唱を覚えても、すぐに使えるようにはならない。
発動にも操作にも練習が必要になる。
当然、危険な魔法で失敗すれば大惨事だ。
「部下さんたちが、軍の訓練場の片隅でやらせてくれたよ?
魔法が大好きだからって言ったら、優しく教えてくれたんだ」
「…………そうか、後で吊そう」
「何を!?」
アモレの口元だけが三日月形に歪む。
余りの邪悪な笑顔に、レゾは思わず席ごと引いてしまった。
頼んだのはレゾなのだが、何か言えばそれだけでさらに怒られそうな気がする。
レゾはただお兄さん達の無事を祈った。
「他には何が使える?」
「それだけ、だけど」
レゾの言葉にアモレが息を吐いて、机の上から書類を取り上げる。
「結論は却下だ」
「な、なんで?!」
「軍に入りたいと言うなら、主計課など紹介しよう。数学が得意なら歓迎される」
「私は!」
「戦いたいならば砲兵になれ。同様に数学が要の部隊だ。他は危険すぎる」
「そんな事ないよ!」
身を乗り出して勢いで反論するレゾ。同じく立ち上がったアモレの指先が、成績表を示す。
「……魔力の無い魔法師は、仲間を殺す。才能がなかったんだ」
ガツンと。殴られたような気がした。
返す言葉を見失って、せめて志願書だけでも取り返そうと手を伸ばす。
しかし、志願書はアモレの手の中でぐしゃりと握りつぶされた。
「――――っ!」
叫びそうになる。けれど、頭の中が一瞬で沸騰して、何を叫べばいいのか。目の前が真っ白になる。だから、思いついた何かを絞り出すように叫んで、外へと走り出した。
「……だいっキライ!」
気がつくとレゾは空に居た。
できるだけ家から離れたくて、とっさに魔法を使ったらしい。墜落しなくて何よりだった。
飛行は魔法の中でも魔力消費の激しい。節約を考えずに使えば、レゾならあっさり墜落してもおかしくないところだ。
見覚えのある公園を見つけて降り立ち、ベンチにぐったりと体を預ける。
『反対だ』
『才能が無かった』
『仲間を殺す』
耳の奥に残った言葉だけで、泣きそうになる。
「……レゾッ!」
呼ばれた名前に慌てて周囲を見回すと、息を乱したトゥラが安心したように笑っていた。どこから走って来たのか、レゾを追いかけていたらしい。
「どうしたの?」
「アタシのセリフだっての! くそ、アタシも飛行くらい習っておけばよかったな」
トゥラはレゾの隣にどっかりと腰を落として、レゾを捕まえるように肩を組む。
息を乱して上気したまま、レゾの目をのぞき込むように顔を寄せる。
「アモレさんとケンカでもしたんだろ」
確信したようなトゥラの言葉で、レゾの体が一気に緊張する。
「ケンカじゃ、ないよ……たぶん、きっと」
「じゃ何があったんだよ。レゾがそんな様子にんるなんて、アタシかアモレさん関係だけだろ?」
「どうしてそんな事が言えるのさ」
「この街に来て何人、レゾにそんな顔をさせられるような友達ができたよ」
「うぐぅっ」
「アイドル・バカ過ぎてハブられてたから、アタシがしょうがなく声をかけてやったのをもう忘れたのか?」
「カンシャシテマス」
「大いに感謝しろ。そんで、何があったんだよ」
「……アモレさんに、アイドルについて反対されたくなくて、はっきり言えてなかったんだ。それで、改めて相談したらやっぱりダメで、主計課とか砲兵になれって」
「砲兵よりは主計課の方が似合いそうだな。って、痛ぇっ、分かってる、真面目だよ」
「余計悪いよ! その、トゥラもアイドルになるのは反対?」
「今更だな。大反対だよ」
あっさりと反対するトゥラ。レゾは感情が高ぶったって出てきた涙こらえていたが、それが堰を切ったように流れ始めてしまう。
「ダチが戦場に行くのに賛成できるかよ」
泣くなよと困り顔で言って、トゥラはレゾの前にしゃがみ直し、袖口でその涙をぬぐい取る。
レゾがその手首を掴んで、涙をこぼすままの目をトゥラに向ける。
「初めてアイドルに会ったときの話、したよね。そんな姿に憧れて目指したいって思って、悪いことかな? 安全とか安定って、夢よりも大切にするべきなのかな?」
「……夢がねーからなあ、アタシにはわかんねー。ただもし、周り中の皆が反対だったら? 諦めるか?」
トゥラの言葉を真面目に想像したのだろう、レゾの頬を何度も涙が落ちる。トゥラはそれを何度でも受け止める。
「やだ。反対されたくない、けど、ずっと探していたものにやっと出会えた様な気がしたのに。諦めるなんてできないよ」
「……んん? それは思い出せないって記憶と関係するのか?」
「はっきり言えないけど、それとはまた違うと思う。初めて見たような気がしたから」
「いや、初めてだろ、記憶がなけりゃ何でも」
トゥラがレゾの頬を両側からこね回す。その顔があんまりにもおかしくてトゥラが笑いだし、レゾもつられて怒りながら笑い出した。
「それは、そうなんだけどさ」
ひとしきり笑って、トゥラが真面目に呟く。
「……レゾの記憶はさておいても、そうだよな、諦めるのはイヤだよな」
何となく、レゾの中にあった黒い塊が少しだけ軽くなったような気がした。
一緒に悩んでくれようとする友人がいるのだ。
それだけでも、今までより少し、胸の中のぐちゃぐちゃを押さえ込んで、前向きにがんばれそうな気がした。
トゥラ「なぜなにー」
レゾ「マギ☆アイドル~!」(どんどんぱふぱふー)
トゥラ「で、早速だけどつっこんで良いか?」
レゾ「え、なんかあった?」
トゥラ「初投稿した日から状況説明の文章を飛ばすとか、どういう失敗だ! 最初のご意見だったのに……」
レゾ「えっと『本当に申し訳ありません。ご指摘ありがとうございます。気づいてなかったので直しました、三話冒頭に数行だけ、分かりやすくする説明が足されてます』だそうです」
トゥラ「読む必要は?」
レゾ「状況を分かりやすくしただけだから、戻って読むほどではないよ」
トゥラ「せっかくの感想機能とかツイッターを活かして、質問とかがあれば答えようと考えていたこの企画。最初が問題報告だぜ?」
レゾ「幸先良くないよね……」
トゥラ「まあ、次は『なぜなに』らしい内容にしようぜ。本文中じゃ扱わない魔法の詳しい部分についてとか」
レゾ「一週間でも語れるよ!」
トゥラ「あ、やっぱいいや。アタシらの自己紹介とかにしよう。そうしよう」
レゾ「え、ちょ、せっかく私が勉強してきた成果なのに」
トゥラ「はいはい。魔法バカは置いておいて、また機会があれば~」ノシ