1-3 私って、魔力低すぎ?
学校の教室。窓の向こうにある空を見上げながら、レゾはアイドルに助けられたあの夜の事を思い出していた。
あれから二年。記憶は戻らず、少女は戦災孤児という扱いで引き取られ、レゾという名前をもらって学生になった。
記憶が無いので授業や友人作りにはいくらか苦労したが、その程度は些細な問題だと思っている。
記憶喪失自体もそうだ。診察をしてくれた医者は、あの夜の事を夢だと思って忘れると良いと言っていた。思い出したく無い事があったのだろうと。
しかし、レゾは今でもあの時の事を何度も思い出して、想いを膨らませる。
それは初めてアイドルという奇跡を知った日だったから。
「おーい、レゾ! レゾ・アンダールはいないのか?」
「はいっ! はい、居ます!」
思い出に耽っていたレゾは慌てて立ち上がり、担任に駆け寄って成績表を受け取って、胸にぎゅっと、抱きしめた。
それから、ゆっくりと席に戻る。
「どうだったよ。成績は」
レゾの隣に座る女の子が、心配そうに聞いてくる。
レゾの数少ない友人で、名前はトゥラ。少し乱暴な言葉遣いと、派手な赤いショートカットが目立つ子だ。
「トゥラはせっかちすぎ。まだ見てないってば」
苦笑するレゾにムッとしたのか、トゥラの手がレゾの胸をぐわしと掴む。
「この二年で一番成長したおっぱいに押しつけて、願掛けのつもりかよ? ん?」
「ちょ、やだ! 揉まないでってば!」
「もう成績表の中身は変わらねーってばよ!」
トゥラの暴挙を止めさせようと声を抑えて抵抗するレゾ。しかし、じたばたしていて周りにーー特に教壇の担任にバレないはずがない。何度も咳払いがされて、二人が慌てて謝る。
「で、いくつだよ」
「胸はヒミツ……、あ、成績は数学が満点だよ。魔法陣解析で使うから頑張ったし」
「教養科目なんかどうだっていいっての。レゾの問題は魔法関係だろ!」
「んー。構成、制御、詠唱は満点。ただ、魔力はいつも通り下から二つ目。他の三つのおかげで志願できる平均評定的には届いたけど」
「最後までそこは成長なしか。『魔力は生まれ』とはいえ……。努力で伸びる範囲が全部満点ってのはすごいが、軍の魔法師になろうって言うなら難しくないか?」
「それは、うん。わかってる。わかってるけど」
「諦めて、この街で暮らすんじゃイヤか」
「アイドルに憧れて、アイドルになるために頑張ってきたんだよ。せめて、入隊試験に挑戦しないと諦められないよ」
「さすが、アイドル・バカだな。とはいえ、お前の魔力、低すぎ」
二人そろってため息を合わせる。そうこうしている間に、担任の話も終わっていたらしい。立ち上がってトゥラが鞄を肩に掛ける。
「この後はウチに来て食事するか? 店の手伝いしてくれるなら、大盛りでもいい」
「もー、そんなに食べないよ!」
「それなら、どこからそんなに脂肪が」
「やめてよ、太ってるんじゃないから! あと、今日は先生に呼ばれてて」
「また、校長先生のかつらを風魔法で吹き飛ばしたとか」
「あれは事故だから! 今日は取り寄せてもらった志願書を受け取るだけ。アイドルって一応軍属だけど、いろいろ特殊だから別個に志願書が必要なんだって」
「そっか。じゃ、アタシは先に帰るから、気が向いたら顔だしな」
気っ風の良い笑顔でレゾの頭を撫でるトゥラに、レゾも笑顔で頷いた。
「先生、志願書なんですけど」
「ん、おう、来たか。ちょっと待ってろ」
今まで話し込んでいた男子生徒を、何か困ったら相談しろよと言って送り出す。
レゾの方を見て、その男子は妙に同情的な視線を向けた後に教室を出て行った。
「何を話してたんですか?」
「ん? あいつが家業を継ぐから、今年で卒業って相談だ。あとは俺の娘について」
担任が「ほら、何度か会ってるだろ?」と言う。だが、娘と聞いてレゾは思いっきり顔をしかめてしまった。
「いや、昨日さー、娘が『パパのお嫁さんになるー』って言ってくれちゃってよぉ」
「顔がデレ崩れてますよ」
「あんな可愛い子にお嫁さんになるなんて言われて、デレデレしない男なんかいないだろー。はっ! もしや既に俺のイノに目を奪われている男も? いるはずだ、何せあんなに可愛くて美しい! ただでさえ可愛いのに、お嫁さんになる頃にはさらに可憐に美しく素敵になるなんて、あの子はなんて罪深い。いや、俺のイノが罪深いだなんて」
「ていっ」
レゾが担任のすねを蹴り抜く。
放って置くと絶対に終わらないのだ。
この娘自慢さえなければ良い先生なんだけど、と残念な気持ちでいっぱいになる。
「お、おまえ、この、手加減とかな?」
「しましたよ? そんな事より、さあ、志願書です! 夢だったんです!」
「はいはい、用意はしてる。まあ、でもちょっと待て。個人面談だ」
身悶えて乱れた髪を教師らしく丁寧に撫でつけて整え、担任が真面目な顔になる。
「個人面談って、少し前にやりましたよね?」
「親御さんを交えてな。でもレゾは『軍に入りたい』とは言っても、この『巫術大隊』に入りたいとは言ってなかった気がしたんだ。アイドル志望とか隠してないか?」
レゾの肩がギクリと揺れる。初めて保護者と進路について話した時に、軍関係が良いと言って思い切り顔をしかめられている。
それで、言い出せなくなっていた。
担任は教卓の上に取り出した『独立儀式巫術大隊 志願届け』の書類を振る。
「ちゃんと親御さんと相談できてるか、っつーのが、心配なんだよ」
「ダメ、ですかね?」
「俺の娘なら、相談して欲しいね。反対するが。ぜーったい反対するが」
「反対されても?」
「……話をしないよりはマシだろう。俺の意見だから無視してもいいがな」
個人面談は終わりだと言って、担任がレゾの手に志願書を押しつける。無視するには強すぎる力の入った手に、レゾは小さく頷いて応えた。
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2014年4月27日 冒頭追記




