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マギ☆アイドル!―MagickIDoll―  作者: ビエンヤク
#1 夜を乗り越えて
2/17

1-2 絶望と希望

「小銃用意、指切り撃てーっ!」

 よく通る壮年の女の声が横から響き、次の瞬間、石畳の上で銃弾が土埃を巻き上げる。

 いきなり銃弾を振り撒かれた少女は、身をすくませて「ぎゃー!」と女の子らしからぬ悲鳴を上げる。


「た、助けて! 怪物じゃないです! 人間です!!」

 耳を塞ぐ事も忘れて少女が叫ぶ。幸いまだ、かする程度だ。

 怪物は少女より銃弾の脅威を嫌ったらしい。

 分厚い筋肉を盾代わりにかざしながら、悪鬼の様に瞳を強く輝かせて振り向く。


「攻撃止め! そこの少年、死にたくなければ壁際まで飛べ」

 鉛玉でできた横向きの雨が止まる。

 少女はその隙に慌てて飛び退き、足の痛みに悶えながら転がって逃げた。

 一方で怪物も攻撃の圧力から自由になり、石畳を砕く轟音と共に走り出す。


 怪物は熊以上の大質量だ。

 ただの体当たりでも、人間を砕いて余りある。

 瓦礫ごと轢き殺そうとする怪物に、その後ろにいた兵士達が慌てて飛び出す。

 怪物は人間の隠れている場所がわかるらしい。迷わず突進を繰り返し、逃げ足の遅かった兵士から無惨な姿に変えていく。


「そろそろか、全小火器及び攻撃魔法使用許可!」

 苛烈なまでに冷静な女の声が命令を下す。兵士達は意識するより早く突撃銃や迫撃砲の引き金を絞り、怪物ごと周囲を破壊する。

 それだけではない。後方にいた兵士達が、淡い光を纏った杖を振るう。

 軌跡によって描かれた魔法陣と、低い声で唱えられた呪文によって、怪物にむかって紫電の魔法が放たれる。

 魔法による攻撃を最後に、怪物が沈黙する。

 女の「沈黙確認」の言葉を待って、全員が武器を下ろした。






「斥候を出して周囲を確認。必要な者に手当を急げ――少年、いや、少女か? こちらは警衛団シリウス小隊。隊長のアモレ・アンダール少尉だ。無事か?」

 有能な軍人らしい端的な言葉で、歩み寄りながら自己紹介を済ませるアモレ少尉。

「さっきのアレは、怪物は?」

「怪物……? そうか、"終わりの夜"を直接見たのは初めてか」


 少女の横に膝を着くと、手袋を外して手早く触診を行う。

 堅い手で足の怪我に触られて、悲鳴が上がる。

「動くか? 無理そうだな。折れているんだろう」

 アモレの言葉に後ろの兵士達が動揺し、一人の男が手を挙げる。

「少尉、集合時間が迫っています。けが人を背負っては」

「まだ、十二、三の子供だ」

「遅れれば、全員食い殺されます」

 アモレ少尉が口元を引き結んで、「分かっているが」と呻く。


 少女には状況がわからない。

 ただ、自分が目の前の恩人を困らせているらしい。

「……大丈夫ですよ」

 アモレ少尉は驚いて顔を上げる。信じられないと。

「少尉さんは急いでるんですよね。行ってください」

 怖くないわけがない。だから、私は笑えているのかなと不安に思う。


「バカな、死ぬ気か?」

「大丈夫かもしれません。ほら、一度は助かったんですし」

 楽観的な少女をアモレ准尉が怒鳴りつけようとするが、そこに声が飛び込んだ。

「前方から中型砲竜が二体、小型犬頭種が十体、来ます!」

 警戒していた斥候の声に、全員が慌てて立ち上がる。少女はアモレ少尉に、荷物の様に抱えられていた。


「連れて帰るぞ。この小娘には、命の大切さについて説教をする必要があるらしい」

 堂々とした宣言に、後ろの兵士達が笑いながら小銃を掲げて賛同する。

「接触まで十秒!」

「一撃して離脱する! 中型の相手は砲兵に任せろ。全火器及び魔法、使用をーーっ」

 腹の底を揺らす重低音。風を切る音。

 直後、巨大な弾丸が衝撃波と共に飛び抜け、近くにあった建物に着弾、粉砕する。


 誰もが衝撃波にあおられて転がされ、飛び散る建物と砲弾の破片に蹂躙される。

「どこからだ!」

「背後に敵影! 距離三百五十、中型一と小型四!」

 悲鳴の様な報告で目を向ける。

 少女を追いつめた犬頭を引き連れて、民家ほどもありそうなトカゲもどきが、巨大な口を開けていた。

 先ほどの砲撃の余韻か、そこから白煙が上がっている。

 さらに、正面に視線を戻せば状況が悪化していた。

 先に報告されていた前方の敵が、瞳を赤く光らせて距離を詰めて来ていた。


 誰かがつぶやく。諦めの声が上がる。

「ムリだ、もう……」

 一体にも苦戦する歩兵が十四。そして衝撃波と瓦礫をまき散らす移動砲台が三。そんな絶望的戦力が、自分たちを挟むように展開している。

 アモレ少尉は敵を睨んで銃把を握りしめているが、一人で何体道連れにできるか。


 少女の心に、あの黒い液体で溺れた時のような絶望がわき上がる。

「…………」


 そんな時、風に運ばれて誰かの声が聞こえた気がした。

「……誰かの、歌?」

「♪………………」

「くそ、どんなバカが歌ってやがる!」


 少女の幻聴ではないらしい。悪態の声が上がる。

 死ぬか、死なずに帰れるか。誰もが戦う中で、歌うような人間が居るはずがない。

「♪…………見えなくなった時でも」


「いや、これは」

 近づいてきた若い女の歌声に、背中を押されたようにアモレ少尉が立ち上がる。

 最前線で戦ってきた少尉は、その歌の意味を知っていた。






 溶岩のように炎を吹き上げる、崩壊しかけた街の上空。

 そこに、空間を揺さぶるほどの魔力が現れていた。

 誰かの操る鋭い光が闇を切り裂き、燐光を放つ魔力の粒子を従えて、長大な軌跡を夜空に描く。

 やがて街を丸ごと覆うほどの巨大さで、緻密な魔法陣が組み上げられていた。


「♪カッコ良く、諦めるなんて言わないで」

 その歌声に合わせ、魔法陣による『構成』を経た魔力が脈動を開始する。

 仰ぎ見る者の魂まで照らすような光の波。

 触れられそうなほどに濃い、暖かな力。

 それはまさに、

「大丈夫か?」

 いつの間にか態勢を立て直した少尉と仲間達が、突進してくる犬頭を相手に、防御らしい魔法と小銃で奮闘を再会していた。


「……あれは?」

 少尉に抱き上げられながら、少女は魔法陣の中央で特に輝く光へと手を伸ばす。

 あれが希望だと思った。

 あの輝く姿があるだけで、心の折れた兵士が立ち上がり、もう一度戦おうとする。

 それが希望でなくてなんだろう。


「あれが、アイドルだ」

 少尉の言葉に応えるように『詠唱うたごえ』は最後の一節を高らかに響かせ、その集めた力を全てつぎこんだ大魔法を世界に呼び出す。


「――♪私たちが星の代わりに道を照らすから!」

 光の柱が轟音と共に街に降り立つ。地上の者が浮く程に大地を揺らす。


 発動前ですら物理的影響を持っていた大魔力の産物。

 それが今、兵士達を追いつめていた怪物を丸ごと飲み込みながら、縦横無尽に駆け回っている。

 小型の敵さえ吹き飛ばないような個人の魔法と比べれば、蝋燭と太陽のような差だ。

「あれが……」


 集められた魔力を使い果たし、やがて魔法は緩やかに消える。

 そして、魔法を使い続けていた光の源が降りてきて、街を見回るように円を描きながら飛んでくる。


 真剣な眼差しで、しかし見る者を安心させるような笑顔で飛び回っていたのは、女の子達だった。少女より少し年上の、まだ幼さが残るような年頃に見えた。


「あの人たちが、アイドル」

 少女はその言葉を、胸にぎゅっと、抱きしめた。


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