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マギ☆アイドル!―MagickIDoll―  作者: ビエンヤク
#2 作戦名は『お友達』
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2-5 親睦会と英雄と余興

 日も暮れて、パーティーが始まる頃。

 レゾ達のもう一人の班員であるソリアは、養父と共にパーティー会場を訪れていた。


 高価な仕立ての服を着た人達が何人も、自ら足を運んで二人に挨拶をしていく。

 ソリアの養父であるシバ・エーキリ大佐は、かつて『人類が最も絶滅に近づいた時代』から、持ち直すために活躍した英雄の一人だ。大きな戦いを生き抜いてきた人類の守護者である。その為、常に数人が彼の知己を得ようと押しかけてくるのだ。

 まして、今日は着飾ったソリアに支えられての登場である。ソリアがアイドル訓練生になったお披露目も兼ねているため、目的には沿っているが、想像以上に多くの人が二人に押しかけて来ていた。


 呆れたような声で、ソリアがこっそりと毒を吐く。

「参謀本部の副部長に、イルバオ商工会議の議長、軍政府の政策勉強会のメンバー。偉い人達はよっぽど暇なのか」

「ここは第二の会議場ですからね、表よりも忙しいくらいですね」

 シバ大佐がこっそりと笑った。


 ソリアは文句を言いながら、シバ大佐の杖に視線を向ける。

 魔法を使うための杖ではない。

 シバ大佐は戦場の怪我が原因で半身麻痺となっているため、今日はソリアが補助者の役目を引き受けているのだ。

「少し休みましょうか」 

「調子は良いですよ。お気遣いありがとうございます」


 大丈夫とは言ってもシバ大佐はいつも穏やかな笑顔と口調なので、ソリアには判別ができない。

 本当に大丈夫なのか、と伺うソリアに、それとなくシバ大佐が話題を変える。

「それにしても、初めての休日にすみませんでしたね。無理はしていませんか?」

「訓練は厳しいですが、半日も休めば十分です」

「では、このような集まりが苦手でしょうか。顔が強ばっていますよ」


 シバ大佐の指摘に、ソリアは自分の頬をむにむにと揉む。

「直りましたか?」

「ほどほどに」

「……確かに、得意では無いようです。しかし、今回のお引き立てを、シバ大佐がくださった機会であると捉えています」

 ソリアの言葉にシバの笑みが深くなる。

「少しでも、僕がお役に立てれば嬉しいですね」


「過分なご配慮をいただき、本当に嬉しく思います。ここに集まる方々のお力添えをいただければ、あの街を……両親の亡骸を取り戻す事も、できるかもしれません」

 "終わりの夜"によって蹂躙された街は多い。人類とは全く違う獣性を以て戦争を行う相手に、人類はその理性の質で勝っても、量によって押し流されてきた。

 そんな街の一つで、今でもソリアの亡骸は眠っている。彼らの遺骸を"終わりの夜"の勢力範囲から持ち帰り、人として埋葬するのがソリアの生きる目的だ。


「焦らない事です。そして臆病でいてください。生きて帰れば、ご両親の無念を晴らす機会も必ず訪れます。意思と理性を研ぎ澄ませ、広い目で戦略を組み立てれば、できない事はありません」

 穏やかに笑いながら、それでいて眼光鋭くソリアを見つめて助言するシバ。

 その様子に飲み込まれそうな自分を感じて、ソリアは喉を鳴らす。

「心得ています」


「では、一度深呼吸して、笑顔を作りましょう。先ほどから、あなたがお客様を見る目が狩人のそれです」

「……頑張ります」

 恥ずかしそうに頬を染めて、言われたとおりにソリアが深呼吸を始めた。






 その頃、同じ会場の一角。

 警備員として潜り込んだレゾは、その整った顔を引き締めながら、渋い表情をしていた。


 目算が甘かったのだ。

 "夜"の出現以来、この国の生産物は酷く偏っている。市民権さえ持っていれば飢えはしないが、例え金や権力を持っていようと、『嗜好品』に分類されるモノは手に入らない。このパーティーに呼ばれる人達であっても、美味しいものに満足しているという事が無いのだ。

 つまり、会場の料理は予想していたほど余らず、いまもどんどんと食べられて、中身を確保できるような隙が見当たらないでいた。


 なんとなく、教官の手のひらの上で踊らされた様な気がしないでも無い。思考の片隅で角としっぽをはやした教官が邪悪に笑う。

 同じように危機感を抱いているらしい仲間も、どうするのかと発案者のレゾに目を向ける。

 まずい事態だった。

 目標のデザート類まで手に入れ損ねれば、仲良くなる切っ掛けとして計画したのに、信頼を無くして終わってしまうだろう。


 トゥラに向けて、声に出さずに尋ねる。

「なんとか、めを、そらせない?」

 トゥラが首を振ってムリだと応える。

 さて、どうしたものかと思っていた所で、思わぬ人から声をかけられた。


「ここで何をしている」

「あ、ソリアさん?」

「他の班員もいるようだな。招待客以外は入れないハズだが、何か任務だったのか?」

「お手伝いだよ。教官から警衛隊と顔をつないでおけって言われて」

 レゾの言葉にソリアが鋭く目を細め、その心まで見通すようにレゾの目を見つめる。


「……会場で人目をはばかるようなお手伝いか」

 動揺するあまり、答えに詰まってしまう。

 そんな事はないと言うべきだったが、一度機会を逃せば信じてもらう事はできないだろう。

 かといって妙なことをいえば、その場で不審者として突き出されるに違いない。ソリアがレゾと向き合っているのは、彼女なりに班員である相手を慮ってのことだというのは理解できた。


 少し迷った後に、レゾは両手を挙げて降参する。

「こっそりお料理食べたいなって、相談してた」

「リョウリ? ……料理か」

 レゾの言葉に一度首を傾げてから、次は呆れたような目を向ける。


「何かと思えばそんな」

「そんなじゃないよ。女の子はね、お菓子と夢と素敵なもので出来てるんだよ」

「なら、私は女じゃなくていいさ」

 レゾの言葉に、ソリアが目を伏せる。

 何かを諦めるような、つらそうな表情だなとレゾは思った。

 何となく、居たたまれなくなってしまう。


「ソリア……」

「それは、困りますね」

 いつの間に近寄っていたのか、壮年から老年に入ろうとしている頃の男性が苦笑していた。左手で支える杖に体を寄りかからせているのが分かる。


「シバ大佐、どこから聞いて」

「いま来たところです。話が終わってから声をかけるつもりでしたが、友人から預かった娘さんが、いつの間にか『娘さん』を辞めてしまいそうでしたからね、慌てて声をかけました」

 稚気に溢れた瞳で見つめながら、シバ大佐がソリアの頭をなでる。ソリアは顔を伏せたまま頬を赤く染めている。発言を聞かれていた事が恥ずかしかったのか、頭をなでられている事が恥ずかしいのか、両方か。


「はじめまして、シバと申します。お嬢さんは?」

「はっ。私は独立儀式巫術部隊の巫術師候補生でレゾと申します、大隊長閣下」

「……レゾは自分と同じ班の子です」

 思わぬ上司の登場に、レゾの体が緊張で硬くなる。たいした事では無いが、悪い事をしようとしていたため、現場を押さえられた犯人の様な心境だ。


「楽にしてください、レゾさん。そして、あまりこのような場で僕を持ち上げないように」

「……ほどよく気安い態度が望ましい、ってことかな?」

「そのように」

 シバ大佐の意図を余すところなく汲み取ったレゾに、合格点だと頷いて示す。


「僕は軍属であると同時に民間人でもあります。しかし、軍との距離は近くとも障害が多く、民間との距離はいささか遠い」

 レゾの器を推し量るようにシバ大佐が目を細める。

 シバ大佐に対してどのような答えを返すかで、アイドルになれるかはともかく、この年上の指揮官から気に入られるかどうかは変わるだろう。


「『山』も『木立』も盾にならない立地であると。さらに大きな声で目立てば『砲兵』が狙いやすそうだね」

「そうですね。ですから、我々は頭と腰を低くして、這うようにして歩くのです。鉛玉はふんぞり返った人から狙うそうですからね」

 レゾの答えに、シバが感心したように真顔となった後、先ほどより深い笑みを見せる。

 つまり、軍の内部外部を問わず、シバやアイドルが積み上げる功績を疎んで追い落とそうと狙う『人間』は少なくないと説明しているのだ。いや、この場合は、レゾの将来性を見込んでの忠告かもしれない。


「とはいえ、例え目立っても、目を楽しませるようなモノなら話は変わります。どうですか、少し注目されて来ませんか?」

 シバの言葉に、レゾとソリアが顔を見合わせた。





 パーティーの参加者が食事や歓談をしている間、オーケストラはさりげなく音楽を奏でる。本来彼らはこのような場では背景になることに徹するのだが、今だけは別であった。

 英雄シバ大佐が抱えるアイドル部隊。その訓練生が、つたないながらも歌を披露するという催しが持ち込まれたのだ。


「これから歌うのは、僕の自慢の娘と、自慢の部隊員です。とはいえ二人とも未だ訓練生の身。お見せするには些か未熟ですが、芸を磨くには百度の練習よりも一度の実践と言います。この子達の未来のために、どうか少しお時間をください」

 会場全体から拍手の音が聞こえる。

 シバが舞台を降りると、音楽が始まり、人々の視線が二人に集中する。

 これは思ったよりも緊張するなと思いながら、レゾが頬を叩いた。


「一度、口を開く前に深く息を吸うと良い」

「え?」

「最初が上手く行けば、後は気が楽になる。自分も、こんなお歴々の前で歌うのは初めてだが」

 少し自信がなさそうなソリアの励ましに、レゾはなんだか嬉しくなってその手を握る。

「楽しんでもらおう。出来る程度で」


 ソリアが頷き、歌い始める。

「♪深い雪が降る村で、少女は一人祈る」

「♪どうかどうか、恵みの陽の光を賜いたまえ」

「♪幾日も、幾百日も、ただ祈りだけを積み上げて」

「♪雪雲の彼方へ、いと高き方へ届いた」


 集まっているのはレゾ達よりずっと年かさの人達だ。

 アイドルとしてライブをする時に歌うような、若い人達と盛り上がる歌では激しすぎる。そう考えて、二人が選んだのは古い創世伝承の歌だ。

 かつて世界は雪に覆われ、全ては滅びて終わりかけたという。そんな雪の村に生まれた慈悲深き娘ネーヴェと、陽光の化身である神セーカの恋物語。

 この二人の出会いから新たな世界が生み出されるということで、小さい頃に母親が子守歌として聞かせ、覚えさせる歌でもある。


 会場の人達もよく聞いたのだろう、ステージの上から見ていると、懐かしそうな顔をしている人が多かった。

「♪氷は溶けて、草木は芽吹き、川が大地を潤して」

「♪優しき神の光に、長い冬は終わりを告げた」


 歌が終わり、二人が暖かい拍手に包まれる。

 人々の表情を見る限り、悪くない印象で終わったようで、レゾはほっとしていた。

 会場の反対側で、トゥラが上手く行ったとハンドサインをしながら笑っていた。どうやら無事に『お土産』は確保出来たらしい


 ステージを降りた二人に、シバ大佐が歩み寄る。

「上手く行って良かったですね」

「貴重な実践の機会をいただけて、感謝します」

「ありがとーございますっ」


 二人の言葉に目を細めて頷くシバ大佐。

「収穫はありましたか?」

「自分は、人の目を意識しながら歌うことで、普段の力が出せない事が分かりました。今後は、普段の基準を上げる事で、人前で出せる力を相対的に上げたいと思います」

「ソリアさんは恥ずかしがり屋ですからね」

「っ大佐!」

 ニコニコ笑うシバ大佐と、恥ずかしそうに顔を赤く染めるソリア。

 ああ、大佐は大好きな娘をいじめて楽しむ人なんだとレゾは思った。

 稚気に溢れすぎだろうとも。


「レゾさんはいかがですか?」

「うん、私も同じだけど、もっと人に見てもらう事を考えて、どうしたら楽しんでもらえるかとか、そういう部分も研究したいと思いました」

「研究熱心ですね。……それで、もう一つの収穫はいかがでしたか?」

 レゾの肩がびくりを跳ねる。

 シバ大佐はいつもの笑顔のままなのに、ソリアをいじめた時と同じようないじめっ子の笑顔に見えてしまう。


「なんの、ことですかね?」

「今日は美味しい料理が多かったので、楽しめるといいですね」

 レゾとソリアの会話を、おそらく殆ど最初から聞いていたに違いない。

 その上で、人目をはばかる食料調達を手助けしたのだ。

 レゾは心のメモにつけていた評価を書き換える。

 この人は悪い人だ。すごく悪い人だ。

 弱みまで握られたらかなう気なんかまったくしない。

「僕なんて、悪い大人としてはまだまだ小物ですよ」

「心を読まないでくださいっ」

「レゾさんは表情豊かで可愛らしいですね。ただ、時と場合によって、見せる表情を意識できるとより良いでしょう」


 ものすごく悪い大人から、とても良い笑顔でレゾはいじめられていた。

「……あの、おとがめは」

「まさか。威厳が無くなるので秘密にして欲しいですが、僕が今までに一番多く挑んだ任務が『特別な食料の調達』です」

「大佐も?」

「僕が二十代の頃は、今よりよほど酷い戦況でした。兵器も貧弱で、"終わりの夜"との戦争も対策が確立されず、兵員は死ぬために戦場へ送られる。若い人まで集めて戦っていれば、食料の生産も出来なくなって、前線では多くの仲間が飢えていました」

 その頃を思い出しているのだろう、大佐が遠くに目を向ける。


「戦争の英雄、人類の守護者と呼ばれては居ますが、僕には過ぎた称号です。まだ若い仲間を飢えさせないために、特別配給をもらえそうな戦場で、少し目立つように戦い続けただけです。このような調達機会を少しでも増やすために」

 でも、とシバが続ける。

「見つかったら怒られてしまうので、もっと上手にやらないとダメですよ」

「はい、ごめんなさい」

 素直に謝ったレゾの頭を軽くなでて、シバはソリアと共に社交の輪の中へ戻って行った。

 会場での『調達』は済んだので、会場の警備を終えれば、後は再潜入をして料理を回収するだけだ。

「とはいえ、それが一番の難関なんだけど……」

 周りにバレないようにこっそりとため息を吐いて、レゾは気合いを入れ直した。


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