2-3 計画と準備
そろそろ消灯も近い時間。
遠くで虫の鳴く音を聞きながら、レゾはリーリエと名札の着いた、教官用の部屋を訪れていた。
何人かいる教官の中でも、レゾが一番顔を合わせているのがリーリエ教官だ。
訓練中隊の代表指導員として、先ほどのような課題の発表や連絡で顔を合わせる機会も多い。
さらに、訓練でも厳しい指導を何度も受けている。体力や気力が限界になったと思っても、厳しい叱咤で限界の先へ強制的に連れて行ってくれる鬼教官だ。
厳しくて恐ろしい教官の中でも特に怖い人だが、不思議とレゾはこの人が苦手ではなかった。
なんとなく、アモレ中尉と雰囲気が似ているからかも知れないと思う。
「というわけで、相談に来たんですけど、お菓子を手に入れる方法はありませんか」
「課題についてじゃないのか……? いや、聞かれても何も言えんが」
「理解してます」
課題を発表した直後だ。
課題についての情報を得ようと、他の班はリーリオの所に探りに来たのを追い返したばかりである。
熱心なのは良いが、少しは自分の頭で考えろと腐りかけていた所だ。
とはいえ、いきなり『お菓子』である。
面倒な押し問答をしなくて良いと喜ぶより、何を考えているんだと、呆れるため息が漏れる。
「物資集積駅でも襲うか。あそこになら、砂糖も小麦粉も油もある。卵を買ってくれば何か作れるだろう」
男性兵員は燃費が悪いため、一日に大量の栄養を摂取するように言われる。
その量はおよそ三千キロカロリー。
軍で支給するカンパンだけで賄おうとすれば、一日に七缶から食べる必要がある量だ。
そのため、比較的熱量の大きい砂糖や油は重要な軍需物資として優先的に前線へ送られていた。
「いきなり物騒ですよ!」
「それなら、モスボールをあさるか?」
「モスボール?」
「泥棒が出るから一般には知らせていないが、緊急避難用などで使えるよう、廃品などに偽装を施した物資を国土の各所に隠しているんだ。集積地と同じような物が、少量ずつある」
「いえいえいえいえ、非常時に困りたくないです。もうちょっとこう、健全なもので!」
「バカめ。このご時世にそんなものが出回るわけがあるか。大人しく……む、いや、あれなら」
「なんですか?」
「――そうだな、取引をしよう。なに、貴様らに悪い事は言わないさ」
ニヤリと、悪魔の様に笑って、リーリオはレゾに計画を耳打ちした。
数日後。
待ちに待った、訓練生になって初めてのまともな休日だ。
訓練生になるためにイルバオ基地へやってきた子達も多く、朝の食堂は観光の相談で普段の何倍も賑やかな声が響いている。
そんな中で、少し疲れた様子のカロルがため息混じりに、ソーニョと二人で食事をしていた。
「カロルちゃん、大丈夫?」
自分の食事を受け取り、レゾとトゥラがカロルに声を掛ける。
「……ん。へーき」
「カロルちゃん、登攀が苦手だからって、多めに練習させてもらってるのよね」
ソーニョの手が優しくカロルの頭を撫でると、目を細めて気持ちよさげに少しだけ笑う。
「ムチャすんなよ? 怪我したら訓練も参加できなくなるからな?」
トゥラが心配そうに言うと、カロルはわかったと何度か頷く。
水や火を生み出す事はできる魔法だが、人の怪我を癒やすような魔法は存在しない。
怪我をすれば痛いし、直るまでは養生が必要になる。
「……それより、お茶会は?」
カロルの言葉に促されて、トゥラが笑う。
そして、周囲をはばかりながら、レゾから借りていた手帳を開いて見せた。
レゾはその中身を確認して、ニヤリと笑う。
「すごく良く出来てると思うよ」
「あったり前だろ? 何度も夜中に抜け出して作ったんだ」
「……地図、と、これは?」
「今は秘密な。ただ、着々と準備はできてるんだぜ?」
レゾが別にまとめていた進行表を開いて確認する。
「後はシオンさんとフルテ、ソリアさんを誘うだけかな」
「それなら、みんなで手分けしてお誘いしましょうか」
ソーニョが手を叩いて、他の三人を伺う。
「わたしは、ソリアさんをお誘いするわ」
「アタシはフルテを誘おうか。なんだかんだで話しも合うしな」
「それなら、私はシオンさんを誘うよ。この作戦の鍵だから、ぜひ頷いてもらわないと」
レゾはふんすと気合いを入れる。
「……その、」
おずおずと三人を伺うカロル。
その頭にレゾは手を乗せて、
「今日は任せて。皆が集まるまで、カロルちゃんは少し休んでていいよ」
「……でも」
「カロルは少し頑張り過ぎだからな。大人しくしとけって」
レゾとトゥラが食事を終えて、連れだって行く。
その背中を、カロルは少し寂しそうに見送った。
レゾがシオンの居場所を探していると、他の訓練生に、訓練所の花壇のあたりで見たと、教えてもらえた。
外に出ると、涼しい風がスカートの裾をなびかせる。日差しは少し強いものの、過ごしやすい日になりそうだなと、レゾは空を見上げて少し嬉しくなる。
訓練所に花壇なんかあったのかなと、一度中央まで出て見回し、建物の影になるような本当の片隅に、申し訳程度に花壇があるのをようやく見つけた。
近づくと放水用に使う手押しポンプとホースを使って、シオンが一人不機嫌そうに水やりをしているころだった。
「静かに人の後ろに立つのは、良くないですわ」
シオンを見かけて歩み寄っていたレゾに声がかかる。
やはり機嫌が良くないのかな、と思ったが、レゾに思い出せる限りではシオンはいつも今のような調子だ。
「ごめんね。……好きじゃ無いの?」
「我慢なりませんの。後ろに忍び寄られるのも、花壇の花が枯れかけているのも」
「最近は良い天気が続いたからね」
「花にとっては過酷な天気ですわ」
一通り花壇の地面を濡らし終わったらしく、ポンプを動かす手を止めて、ホースをたたみ始める。
「生活用の飲み水を作る魔法じゃダメだったの?」
「花壇に行き渡る魔力を込めると、水が太くなりすぎるのですわ。一度に大量にかけると、通り道を作ってその場所にだけ流れ込むの」
「そうすると、全体として見れば十分に水が行き渡らない?」
「ですわ」
シオンが片付けでぬれた手を拭こうと、ハンカチを探すのに合わせて、レゾがポケットから自分のハンカチを出して渡す。
「お礼を。洗って返しますわ」
「いいよいいよ。どうせまとめて洗濯するから。それより、ちょっと相談があって来たの。あ、先に聞くけど、甘い物は嫌いじゃ無い?」
「ええ、特別な日には、自分でお菓子も」
シオンの言葉に、レゾがよっしとガッツポーズを取る。
「実は、お茶会がしたいんだけど」
「……そういうのは、あまり。私達はライバルで、なれ合うのは好みではないですわ」
シオンは戸惑ったように、自分の髪を飾るヘッドドレスをいじる。
「でも、お茶会の準備にはどうしても、シオンさんの知識と技術が必要で」
「わたくしの、ですか?」
「シオンさんにしかできない事があるの。どうしても協力して欲しいんだ。お願いっ!」
すがるように頭を下げるレゾ。
シオンが迷っている間もずっと頭を下げたままで、なんとしてもお願いを聞いてもらおうという覚悟がにじみ出ている。
そんな真似をされて、断るなり逃げるなりできるような理由はシオンには無い。
すっかり困り、シオンが諸手をあげて降参したのだった。
「…………もう、ズルい人ですわ」
「ちゃんと、美味しいのを用意するから」
「当然です」
シオンの言葉に嘘は無い。
貴族として育てられた結果、友達がいた事がないのだ。つまり、なれ合う理由も相手も居なかった。
そして、やはり女の子である。
甘い物は食べたい。実はとっても、食べたかった。
だから困ったような顔を見せつつも、どこか嬉しそうにレゾの後ろについて行った。




