2-1 月の無い夜に
不気味な雲が月を隠す暗い夜。
スペイガル防衛における要所の一つ、イルバオ基地は穏やかな静けさに包まれていた。
最近は前線も比較的安定して、大きな犠牲が出るような戦闘もない。
その影響もあって、今日は街の有力者と軍上層部の懇親会なども開かれたほどだ。
しかし、その裏で、建物の影から影へと動く者達が居た。
基地の内側を知り尽くしているかのように、次々と歩哨達の死角を突いて、確実に基地の奥へと向かっていく。
そして、歩哨の多い地域を抜けると、魔力光が漏れないように周囲を仲間に壁になってもらいながら、一人が通信の魔法陣を展開する。
「アイドル・ワンより観測班。第一課題は無事に達成。状況は?」
魔法陣に照らされたのは、アイドルになると街を旅立ったレゾだ。
『――観測班よりアイドル・ワンへ。状況に変化なしだ。そろそろ魔力管制下区域に入るため、通信魔法の使用が出来ない。観測は続けるが、手を貸す事はできないぜ』
魔法陣の向こうから聞こえたトゥラの声。それがなんだかとても久しぶりに思えて、レゾは少しだけ安心した顔をする。
とはいえ、この先は自分達だけで、任務に当たるしか無い。
「アイドル・ワン了解。……帰ったら美味しい物、いっぱい食べようね」
『とっておきのお茶を入れて、待ってる。では、幸運を祈る』
魔法陣を消して立ち上がるレゾ。
そうだ、自分たちはどんなに危険な任務でも、成功させて、帰らなければならない。ソコまで出来て初めての、任務成功だ。
しかし、誰もが強い意志をもって、任務遂行に臨めるわけではない。
「……やはり、やめられませんか?」
仲間の一人が、心細そうに、呟く。
「もし見つかったら、想像したくもないですわ」
「難しいよ。そろそろ歩哨が巡回を始める。そうなればしばらく、ここは殆ど死角が無くなる。ここまで来たら、任務をこなして次の死角ができる時間を狙った方がいい」
「…………」
泣きそうな顔をする仲間の背中を軽くなでて、レゾが前を向く。
「行こう。月の女神が、私達に味方している間に」
そして、仲間を連れて、レゾはさらに深い夜の中へと走り出す。
アイドルになるはずだったレゾ達が、なぜこんな任務を受けているのか。
"終わりの夜"を敵として、葬ることを務めとする彼女達が、なぜ味方であるはずの人類の基地へ進入しているのか。
それは、数日前に遡る。




