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マギ☆アイドル!―MagickIDoll―  作者: ビエンヤク
#1 夜を乗り越えて
10/17

1-10 "終わりの夜"との対峙

 街から人が消えていた。

 夜闇を払う明かりも絶えて、遠くから死人の拍手のような銃撃の音が響いてくる。

 暗く染まった路地は、黄泉路に続くかのように暗く長かった。

 レゾの走る音だけが規則的に響き、荒い呼吸音が、長い手を首にかけるように迫ってくる。


 無力でいたくなかった。

 けれど、限りなく無力のレゾは、恐怖を押し殺して闇の向こうを睨みつけて、震える足で石畳を蹴る。

 嫌な予感がしていた。

 体中に絡みついてくる重たい危機感が、急げ急げと嘲笑うのだ。


 恩師の娘――イノちゃんという可愛らしい女の子とは何度か会った事がある。父親がベタベタくっつくのに文句を言いながら、嬉しそうにしていたのが印象的だった。

 幸せそうだった。

 お父さんがいれば、娘がいれば、それだけで良いと伝わってくるような笑顔だった。

 そんな小さな幸福さえ守れないなんて、悲しい事だ。

 レゾは絶対に嫌だった。

 だから、夕方まで魔法の練習で酷使した体を叱りつけて、ただ走る。


 街は未だに平穏を取り戻してはいない。つい少し前にも、"終わりの夜"が街のどこかを破壊した音が響いてきていた。

 人間と違い、あの怪異は視界に依らず人を見つけて殺そうとする。

 街の地図の上に墨液を垂らして広げるようなものだ。一秒ごとに地図はどす黒く塗りつぶされて、被害者は確実に増えていく。

 その中に、イノちゃんが含まれる可能性も増えていく。


 自分にもっと魔力があればと苛立ちが募る。

 夕方まで魔法を使っていたせいで、魔力の残りはごく僅かだ。帰りにイノちゃんを背負って飛行する事を考えると、どんなにもどかしくても今は使えない。

 早く見つけて、先生のところに連れて行こう。そして、トゥラには何でもなかっただろうと怒られて、何とか謝って、アモレさんには秘密にしていてもらうのだ。


 しかし、たどりついたイノちゃんがいるはずの家は、誰もいなかった。

 呼びかけても、扉を叩いても応えがない。

 飛行の魔法で二階にある子供部屋らしい窓を覗いたが、ベッドはもぬけの空だった。

「イノちゃん! 助けにきたよ!!」

 大きな声で助けに来たことを告げる。

 それでも、どこか遠くから"終わりの夜"が暴れる音と、それに対抗する銃声しか聞こえなかった。

 その銃声が、だんだんと街壁から街の中心近くへ近づいている気がした。


 既に逃げた後なのだろうか。

 もし避難しているなら、避難区域の問題で学校へ向かうだろう。

 自分がこの場所から学校に向かうならと考えて、追いかける。


 ただ、どうしても嫌な予感が拭えない。

 気のせいだろう。しかし、そう言い切るには不吉すぎる。

「どうか……」


 飛行の魔法を使い、空から路地を覗くように学校へ向かって移動する。

 そんな時、レゾの視界の片隅で細く弱々しい光が、空に向かって立ち上った。

「救難信号……?」

 高度を落とし、家の屋根を走るように蹴って勢いをつける。節約していた魔力もありったけ注ぎ込んで空を駆ける。





「イノちゃん!」

 何度も訓練した雷の攻撃魔法で"終わりの夜"の一匹を牽制しつつ、レゾはイノを守るように飛び込んだ。

 イノちゃんの手が握っていた魔法の杖が明滅を繰り返し、光を失う。

 先ほどの弱々しい救難信号の光は、不完全な魔法だったらしい。

 不完全な魔法が基本的に発動しない。しかし、偶発的に発動してしまう時には、杖に大きな負担がかかるのだ。

「お母さんの杖……っ」

 イノちゃんの悲痛な声に慰めて上げたくなるが、それは帰ってからにするしかない。


 怪異の突撃によって、そこは小さな広場になっていた。

 瓦礫で囲まれたこの空間は意図して作ったのか、魔法を使わずに逃げるには難しそうだ。

 周囲を囲んで様子をうかがう怪異を伺いながら、レゾはイノに横顔で微笑みかける。

「助けに来たよ」

 慌ててイノちゃんが杖から顔を上げる。

「えっと、お父さんの生徒さんの……」

「レゾだよ」

 名前までは覚えていなかったらしい、イノちゃんは肩を落として申し訳なさそうにする。そんな様子があまりに可愛らしくて、レゾはこんな時なのに少し笑ってしまった。


 笑った事で、狭まっていた視界を取り戻す。

『戦闘は目的、障害、解決手段の三点で指針を立てろ』

 警衛隊の訓練に参加した後に、アモレから教えられた指針を思い出す。

 目的はレゾとアモレの生存確保だ。

 障害は小型鰐獅子種の"終わりの夜が"三頭と、逃げ道を塞く瓦礫。戦ったりできないイノの保護も障害の一種だ。

 レゾが思いついた解決手段は三つ。攻撃魔法で怪異か瓦礫を排除する。飛行魔法で逃走する。救援を呼ぶ。


 攻撃は無駄だろう。

 二年前には小隊単位で対応していた"終わりの夜"が三体。

 対して自分は一人きりだ。

 トゥラには暴走娘と怒られるレゾだが、誰よりも自分が無力な事は忘れていない。

 できそうな事だと思えば挑戦するが、無理な事を覆せるとは思えない。


 ならば逃走しよう。

 とはいえ、飛行魔法を使うにはいささか魔力が心許ない。

「ほんと、私って魔力低すぎ」

 トゥラの冗談を思い出して、ムリにでも笑う。

 勢いで飛び込んだのは良いが、二人まとめて踏みつぶされる状況が目に浮かぶ。

 それでも、レゾが諦めればイノちゃんまで巻き込む事になる。

 それだけは絶対に避けたかった。


 とりあえず、救難信号は打ち上げておく。

 派手な音と赤い光が空に向かって上り、現在位置を警衛隊に知らせる。

 逃げ切る事ができても、どうせ"終わりの夜"は倒すべきなので無駄足にはならない。


 手早く飛行魔法を組み立てようとするレゾ。

 しかし、次の瞬間には逃走を察した怪異が突撃してくる。

 慌てて魔法を放棄し、イノを抱えて横に飛び退いた。


 魔法を使おうとする。突撃される。魔法を放棄して回避する。

 二度、三度、四度。

 怪異とレゾで遊んでいる様にも見えるが、そうではない。

 猫は獲物が危険だと判断すれば、危険が無くなるまでいたぶる習性を持つ。

 目の前の怪異も、頭は鰐だが体は獅子――猫の仲間ということで、そうした性質があるのだろう。

 レゾは自分一人なら踊りながらでも魔法を使える。

 しかし、回避のたびにイノを抱えるなら、魔法は中断せざるをえない。

 イノを狙う事でレゾの行動を封殺できると、怪異達は確認したのだ。


 未だ成長途中のレゾだ。子供を抱えて延々と回避を続けられるはずがない。

 見る間に息が上がり、発動を阻止された魔法から魔力が奪われる。

 魔法に挑戦するだけ魔力を無くし、挑戦しなければ死ぬのを待つのと変わらない。

「レゾさん……」

「大丈夫、だから」

 言える言葉はそれしかない。

 大丈夫なわけがなくても。


『魔力不足の魔法師は、仲間を殺す』

 ああ、そうだ。

 魔法が使えなければ、ただの十四歳だ。子供で、無力だ。

 それでも、今まで積み上げた努力の分だけ、ほんの少しなら何かができるような気がしていた。

 気がしていただけだった。


 レゾがくじけそうになるのに併せて、怪異達がさらに活発に攻撃するようになる。

 今攻めるべきだと、その瞳に宿る憎悪で見透かしたように。

「くっ……」

 避ける。避ける。避け損なう。

「レゾさんっ!」

「大丈夫!」

 答える声は悲鳴も同じだ。

 わき腹を裂かれて、痛みのあまり泣きたくなる。


 助けたいだけ。

 笑顔でいて欲しいだけ。

 無力な自分を捨てたかっただけ。

 それが、そんなにも罪なのか。


 怪異が突撃する。

 回避のためにイノを抱えて飛ぶだけで、傷口が軋んで悲鳴が上がる。

「――――っっ!!」

 膝から力が抜けて崩れ落ちる。

 立ち上がらないと。

 逃げないと。

 けれど、力の抜けた体は動くことを拒む。


 そして、そんな二人にトドメを刺そうと"終わりの夜"は包囲を狭めて歩み寄り、

「あーあー、呆れてモノが言えねーよ」

 轟と、炎が怪異を包み込む。

「お人好しもいい加減にしろ、ってな」

「トゥラ!!」

 瓦礫から飛び降りたトゥラが、レゾ達をかばうように"終わりの夜"の前に立つ。

 愛用の長杖をくるりと回して、精一杯に余裕を見せる。


 炎が消えて、その向こうでは"終わりの夜"が平然と身構えていた。

 攻撃魔法としては温度が低すぎたらしい。

「トゥラ、その魔法って」

「料理屋さんは火力が命ってな」

「生活用の魔法じゃん!」

 レゾが叫んでトゥラが笑う。

「攻撃魔法なんか習ってねえからさ、まあ時間稼ぎくらいは……」

 驚異であると優先度を切り替えたのだろう、"終わりの夜"はこぞってトゥラを狙って飛びかかる。


 これ以上時間をかけたらまずいと判断したのだろう、怪異の突撃がレゾの時よりも無造作に、しかし激しく変わる。

「くそっ、時間稼ぎも難しいか」

 トゥラの言う通りだ。このままでは少し足を滑らせるだけでお終いだろう。

「トゥラ! 魔力を!」

「好きなだけ持ってけ!」


 トゥラの周囲から、燐光をまとった粒子が浮かび上がる。

 魔力量が下から二番目のレゾとは違い、トゥラのそれは中の上。

 さらに、救難信号を見て走ってきただけのトゥラは、夕方から比べればそれなりに回復できていた。

 しかし、一匹が分散してレゾを先に殺してしまおうと向かって来る。

「レゾさん!」

 イノが逃げてと叫ぶ。

「大丈夫」

 心強い味方が隣にいる。

 それに、たかが一匹だ。


 鋼さえ切り裂くような怪異の爪がレゾを狙う。

 一振りされるごとにレゾの服は切れ込みを増やし、服を赤く染める。

 それでも、踊れる程度の余裕があれば十分だった。


「♪掲げよう、折れた剣でも」

 レゾの『詠唱(歌声)』が響く。

 高く、広く、力強く。

 そしてその声は、一人だけではない。


「♪守りたいと願う心が、燃えている限り」

 二人で何度も繰り返した歌。

 倒れるほどに踊り続けた振り付け。

 それは、どんなに追いつめられた状況でも二人に力を与える。


 そして、それは二人だけではない。

 見ていただけのイノも祈るように目を閉じて、魔力を解き放つ。

「お願いっ!」


「♪この歌が、立ち向かう背中をずっと」

 レゾの体力なんて、限界をとうに超えている。

 体中が傷だらけで、痛くて、疲れて、倒れたくなる。

 それでも――諦めるなんて、絶対に嫌だ。


 レゾとトゥラは視線だけで合図を交わし、限界まで魔力を込める。

 二人だったから覚えられた魔法。

 発動を見計らい、トゥラがレゾに駆け寄る。

「♪ずっと支え続けるから」


 薄布の様な防壁が、三人と怪異の間に現れ隔てる。

 その身一つで家や街路を砕くような怪異と比べて、あまりにもその加護は儚い姿だ。

 腕の一振りでも千切られて消えてしまうだろう。


「おい、レゾ!」

 トゥラが焦ったように叫ぶ。

 しかし、レゾは笑って踵を打ち鳴らす。


 闇を揺らす音。

 それだけで、足下の魔法陣が周囲の魔力を引き込んで、新たな障壁を形成する。

 腕を振るえば、くるりと回れば――。

 十重に、二十重に――。


 それは、星の光を集めたような華となる。


 人類を恨み、憎むのが"終わりの夜"なら――、

 それは人を愛し、見守る『守りの意志』の集積によって作られた月だった。


 ――■■■■■■■■■!!!

 怪異が叫ぶ。

 獣のうなり声を金属や植物が真似したような、冒涜的な鳴き声が周囲を揺らす。

 その太い腕が振り抜かれるたびに、突進が繰り返されるたびに、障壁が弾け飛ぶ。

 しかし、弾け飛ぶのと同等の早さで、レゾが新たな障壁を作り出す。


「戦争は数である。ということで、質は諦めて数を揃えられるように改造してみた」

 レゾがどやっと胸を張る。

 トゥラはぐっと拳を握ってその頭を本気で叩き、レゾの首を絞める。

「このマッド! だからって本番で初めての魔法を試すなよ?!」

「ちょ、苦しい、キケン! まだ障壁足りてない!!」

 トゥラが舌打ちをしてレゾを解放する。


 周囲の魔力を吸収し、何度でも障壁を生成する魔法陣。

 これで一安心、――とはならなかった。

「レゾさん、あの、だんだん減って……」

「ごめん、ちょっと、話せない」

 手を叩く。杖で魔法陣を補修する。

 速度を上げて、必死に障壁を積み上げるレゾ。

 しかし、ここに来て体力と気力の限界が迫っていた。


 レゾのでっちあげた魔法は、障壁の魔法を内側に取り込んで、その発動を代理で行うという多層構造になっている。

 それは食事をするときに、食器を木の棒で挟み、その木の棒を操る事で食事をとろうとするような行為だ。

 あまりに効率が悪く、神経をすり減らす繊細な操作を要求する魔法になっていた。

 この魔法でなければ守れなかったとはいえ、それでも余りに難易度が高い。

「レゾ……」

「レゾさん、がんばって」

 二人の声を背中に受けて、三頭の怪異が放つ重圧を押しとどめる。

 それでも、反撃手段が無い以上、障壁はすり減らされていく。


「くそ、やっぱりダメか」

 トゥラが悔しげに地面を殴る。

「まだ」

 しかし、

「まだ、諦めちゃ、だめだよ」

 レゾは諦めない。

「武器もない、魔力もそろそろ無くなる、障壁も削られた、他になにが」

「それは」

 わかっている。

 もう、怪異の牙は目の前だ。

 答えなんてない。

 ただ、諦めたくない。諦めて欲しくない。それだけだった。

 それでも、最後の障壁が破られる。

「ちっ、アタシが囮になる。二人は」


「その必要はないのじゃよ」

 空から降ってきた声に顔を上げると、そこには――、

「アイドル……」


 上空に描かれた魔法陣。その中心から長大な光の槍が飛び出していく。

 小銃弾では子揺るぎもしない"終わりの夜"の肉体を、それは容易く貫いた。

 レゾ達の周りにいた三頭も例外ではない。

 精密狙撃のような射撃を受けて、頭を、腹を打ち抜かれ、崩れ落ちる。


「救援部隊である。間に合ってよかったのじゃ」

 独立儀式巫術大隊――アイドルの制服を着た奇妙な口調の童女が、偉そうに胸を張って三人の前に降りてきた。


 

またまた遅くなってすみません。

五月三日分の投稿です。

四日目の分もきちんと投稿します。(><)

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