壊れる
ーーー…
「死んじゃった…んだ。」
翌日、大学に来て早々いつきはまなかから昨日の事故のことについて聞かされた。
「『L-tark』ですごい広まってる。うちの学校で死人が出るなんて…。」
SNSを利用している人は情報が伝わるのが早い。
どうやら昨日の事故にあった生徒は亡くなってしまったようだ。いつきたちとはおそらく話したこともない、顔すら知らない生徒であろうが、なんだか哀しい気分になった。
「…なんかね、最近変なの。」
まなかがぽつりと呟いた。
「最近誰かが亡くなったっていう噂が多いの。」
まなかの言葉にいつきも昨日の母との会話を思い出す。
「あ、多いってほどじゃないけど、今回のこと含めても私の周りでもう一個事件あったよ。お父さんの会社の後輩さんが亡くなったって。」
「あー、それならリサも…」
え?リサも…?と言ったように二人は視線を彼女に向けた。
「近所にすんでた兄ちゃん。チャラチャラしてたからあんまり自宅に帰って来るとこ見たことなかったんだけどさ、最近亡くなってたみたいで…ホントにびっくりした。」
いつもマイペースで賑やかなリサも、どこか動揺しているように見えた。
「これって…ただの偶然なのかな?」
いつきの呟きに、三人は黙ってしまった。
「あっ…そうだ私、8号館に用があったんだった!」
突如まなかはあわてた様子で立ち上がった。
「え、一人で大丈夫?うちらも行こうか?」
「ううん、すぐだから!ささっと行ってくる!荷物よろしくねー!」
そういってまなかは教室を出た。
「ねぇリサ、そのお兄さんさ、なんで亡くなっちゃったのか原因わかる?」
「…さぁ。」
ー…
「(あ、お花だ。)」
8号館、そこは昨日立ち入りが禁止されたあの事故現場だった。
用事を済ませたまなかの足は自然と事故のあった階段へと向かっていた。
血液などはきちんと清掃されたのであろう、階段の踊り場はいたって以前と変わりはないが、端の方には不幸にも亡くなってしまった生徒を弔う花やお菓子が供えられていた。
まなかも通りすぎる際、両手を合わせて目をつぶった。
コツコツコツ…
すると、誰かが上の階から階段を降りてくる足音が聞こえた。まなかは目を開け、足音の方に視線を移した。
『あ…』
その声は二人とも同時だったと言ってよいだろう。
まなかの目の前にいるのは紛れもなくしおりだった。
「あ、しお………!?しおりっ!?」
まなかはしおりにただ声をかけようとしただけだった。しかし彼女はまなかを見るなり逃げるように階段をかけ上がっていったのだ。
「しおり!まっ…待って!お願い!」
まなかは反射的にしおりを追いかける。しかし、足の早いしおりにまなかはなかなか追い付く事ができない。
「まっ、待って!……きゃっ」
その声にしおりはぴたりと足を止めた。
少し戻ってみると、階段を上る途中でつまずいたのであろう、まなかは半分倒れた状態で半べそをかいていた。
さすがにしおりもこの状況で彼女を1人おいていくわけにもいかないと思い、側まで駆け寄った。
「…相変わらず、どんくさいんだから。」
そう呟きながらまなかに手を貸すしおり。
「…なんで、、」
まなかはうつむいたまま弱々しく声を発した。
「なんで私の事避けようとするの?」
「…別に、避けようとなんて…。」
「ウソよ!」
目すらも合わせないしおりに向かって、まなかは大声で訴えた。
普段大きな声なんてめったに出さないまなかに、しおりは驚いたようで反射的に視線を彼女に向けた。
「どうして……どうして…。ねぇ、私何かした?しおりが嫌がること何かしたかなぁ?」
まなかの様子は少し変だった。目からは涙がこぼれているのに、表情は笑っているようだった。
「ねぇ…もしかしてしおり、私のこと…嫌いになっちゃった?」
その言葉に、しおりは少し身体をぴくんと震わせたように見えた。
二人の間に嫌な空気が流れる。
「…?うそ、冗談だよ。…ねぇ?………はは、冗談だっていってよ?しおり。」
黙ったままのしおりに、まなかは少し焦り出す。それでもしおりは下を向いたまま口を開かない。
「………え……?何?…何よ。黙ってないで、なんとか言ってよ……。」
まなかの言葉を聞き終えると、しおりはため息をつき、小さな声で呟いた。
「……そうかもね。」
その一言に、まなかは一瞬にして凍りつく。
「そうなのかも。まなか、あたしはあんたのこと、あんまり好きじゃないのかもしれない。」
「え…。」
しおりの表情は先程とは大きく違っていて、真っ直ぐまなかを見つめていた。
「なんていうかさ…、合わないんだよね、あたしの性格とさ。高校の時はあんた1人だったから、可哀想だなーと思って付き合ってたけど……。良い機会だからはっきり言っとくけどさ、あんたのイイコぶりっこなところ、すぐ泣くところ、どんくさいところ…」
そしてしおりは自分の感情すべてを絞り出すように吐き捨てた。
「…うざいんだよ。」
その言葉にまなかは凍りついた。何度も脳裏に響く、残酷な言葉。
「や……やだなぁ、しおり。変な冗談だんやめてよ……ね。」
それでもしおりはまなかを真っ直ぐ見つめる。黙ったまま、ただ、真っ直ぐに。
悲しさで心臓がえぐられるような痛みがまなかを襲った。彼女はうつむき、口を抑えその場を去ろうとしおりに背を向けた。
「あぁ…そうだまなか。」
しおりの呼び止める声に、まなかは振り向かないものの足を止めた。
「あんたも私のこと嫌いになるんじゃないかなってこと…一つ教えてあげる。」
そういうとしおりはゆっくりと語り始めた。
「昨日の…あれ、ただの事故だと思ってるでしょう?…違うよ。」
まなかは背をを向けたまましおりの言葉に耳を傾ける。
「……あぁ、もしかしてあんたたち、被害者が誰なのかも知らなかったりするのかな?…そっか。被害者がわかれば、だいたい想像がつくかな。」
まなかにはこの時、彼女の言っている意味がわからなかった。しかし、これから良くないことを聞かされるのは、なんとなく分かっていただろう。
「…この事故でね、死んだの…あいつだよ。森田。」
その言葉にまなかの全身に鳥肌がたった。昨日の事故で亡くなったのは、なんとしおりとまなかの高校の同級生だったのだ。
「…そんで、今、これは事故じゃないって言ったよね?……それはね、」
嫌な予感しかしなかった。
まなかは耳を塞ぎたい思いでぎゅっと目を閉じた。
「…私が落としたからだよ。……私が、森田をこの階段から突き落として…死なせたんだよ。」
全身に冷たい風が通り抜けたような寒気がまなかを襲った。
振り返って、しおりにきちんと真相を突き止めたかった。しかし、彼女が今どんな表情でこの言葉を発しているのだろう…、人を殺したと、さらりと言ったしおりへの恐怖が勝ってまなかはそこから逃げるように去っていった。
残されたしおりはまなかの階段をかける音が聞こえなくなるまでその場を動かなかった。
「………ごめん…。」
しおりのその一言だけが階段に小さく響いた。
供えられた花の花びら一枚が、はらりと床に落ちた。