深まる溝
ーー…
季節は春から徐々に夏へ移り変わっていった。あの日から数日が経ったが、『LEVEL』についていつきたちのまわりで特に変わったことは起きなかった。
ただ、ひとつのことを除いて。
「しおり!」
昼休み、しおりの後ろ姿を見つけたいつきたち三人組はいつも通りお昼を一緒に食べようと声をかけた。
しおりはゆっくりと振り返る。
「やっと見つけた。ねぇ、今日は一緒にお昼食べるよね?」
いつきはしおりの肩に手を置いて笑顔で尋ねた。しかし、彼女の反応はいつきの期待したものとは大きく違った。
「………ごめん、あたし…今日もやらなくちゃいけないことあるから…。」
しおりはそれだけを言うとそっけなく三人から離れていった。
離れていくしおりの後ろ姿を見ながら、リサは大きくため息をついた。
「今日もかー…。最近しおり忙しそうだね。」
今日も。というのも、ここ最近しおりはやらなくたゃいけないことがあるだの課題が終わらないなどと理由をつけて三人から離れていってしまうのだ。
「…最近、しおりとまともに話せてないな。」
仕方なくしおりをそのままに食堂に向かった三人の会話には、以前のような明るさは感じられずどことなく悲しげな雰囲気が漂っていた。
「……いつからだっけ。」
いつきがぽつんと呟く。
ーーあの日以来……?
同じ言葉が三人の頭に過る。
あの日とは、数日前まなかが『L-talk』のアカウントをしおりの友人に教えようとしたときのことだった。しおりはその時それを大声で阻止したのだ。
その日を境に最初はそれとなく、今ではあからさまにしおりはいつきたちを避けるようになったのだ。
「……私…嫌われちゃった、かな。」
弱々しくまなかは呟いた。いつきとリサが目を向けると、彼女はフォークを持ったままポロポロと涙をこぼしていた。
「…私がアカウント教えてって言われてちょっとでもいい気になったから…私…きっとしおりに嫌われちゃったんだね。」
ぐすんと鼻をすする。まなかの涙は言葉を発する度に溢れ出た。
「お、落ち着きなってまなか。そんなわけないでしょう。」
「…そうだよ、だって…気づいてるでしょう?あの日から、しおりは二人と話してたって私が来ると逃げるようにいなくなる。アカウントだって、充電が少ないからってやっと最近教えてくれたけど…『L-talk』内で全然絡んできてくれないし。」
まなかはなんとか涙を抑えようと両手で拭ったが、間に合うはずもなかった。
「な…何言ってんだよまなか!しおりはそんな子じゃないのあんたが一番知ってるでしょ?」
リサが必死に慰める。いつきも慌ててまなかの背中をさする。
「リサの言う通りだよまなか。しおりはそんな理由でうちらを避けたりなんてしない。きっとしおりの中で何かあったんだよ。」
二人の言葉に少しだけ落ち着きを取り戻すまなか。
「あのクソまじめのことだからストレス溜まることでもあったんでしょうよ。ま、うちらに当たるようなことがあれば、そん時は真っ向から喧嘩しようよ。」
にへらっと笑って冗談を言うリサ。3対1!しおりなんてズタボロのボコボコにしてくれるー!などと興奮を抑えきれないリサにいつきはため息をついた。
「ズタボロのボコボコ…は困るけど、でもホントに、こんな気まづい日が続くならちゃんとしおりに言いに行こ。早くまた4人でくだらない話したいじゃない?」
いつきが優しい口調でそう言うと、まなかは目をぐっと擦りながら小さく頷いた。
「まなか…まなかはもう前のまなかとは違うんだよ。今のまなかにはしおりだけじゃない、私たちだって着いてる。…少しは頼って?ね。」
いつきは先程よりも少しだけ声を小さくして言った。
「……うん。ごめんね、泣いたりして。」
「泣きたいときは泣いちゃいなって。それより、顔洗っといで。その顔で次の教室行ったらうちらが泣かせたみたいじゃん。」
リサにそう言われてまなかは顔を隠しながらトイレへと向かった。
残った二人はふぅと軽くため息をつく。
「まなか…やっぱりまだ…。」
「しょうがないよ。そのての傷ってなかなか癒えにくいもんだしさ。」
二人の会話から察するに、どうやらまなかには何か辛い過去があったようだ。おそらくそれは今後明らかになっていくだろう。
「ねぇ、それよりさ…リサも見たよ。」
「え?…な、何を?」
リサの唐突な発言に、いつきは少々戸惑う。
「『色つきのLEVEL』だよ。今日朝ぶつかった男性の落とした『LEVEL』がそうだったんだよー。」
「え!?それ本当?…水色?」
驚いた様子でいつきが尋ねると、リサは少しだけ考えてから「いや」と応えた。
「水色ではなかったなぁ。リサが見たのはたしか…緑色…だったかな。うん。」
「緑?」
予想と違う応えに、いつきは顔をしかめる。
「いやぁ、リサもびっくりしたよ。見間違えかと思ったけど…あれは確実に緑だった!」
リサは確信を持ったようで、はっきりと言い切った。
「…そっかぁ。なんだろう、やっぱ新色でも出したのかな?」
「ね。」
二人はうーんと腕を組んで考え込む。
そんな二人をよそに、食堂の外はなにやら騒がしかった。
ーー…
「いやぁ〜ん、仕事捗ってるみたいねナオキちゃぁん。」
ゾクゾクッ
いきなり背後から耳元に声をかけられ、全身に鳥肌がはしる。この反応が出るのはこの会社内でただ一人しかいない。
「ど…どうも、マシューさん…。」
恐る恐る振り返り無理やり作った笑顔で挨拶をする尚稀。
案の定、背後にはいやらしい微笑をうかべるカリスマオネェ先輩・マシューがいた。
「んーさすがアタシのナオキちゃん。仕事に打ち込んでる姿もス・テ・キ。」
そう言って尚稀に向かってウインクをする。最近マシューの尚稀に対するアプローチが過激になったような気がするのは作者だけだろうか。いや、誰よりも尚稀が感じていることだろう。
「ところでナオキちゃん、次のネタは何にしたのかしら?」
マシューは尚稀のパソコンを除き込む。
「そろそろ夏ですからね。この周辺の涼しい穴場スポットなんかを取り上げようと思いまして…。」
「……ふぅん…。」
マシューはなんとなく不満そうに相づちをうった。
「…何か問題でもありますか?」
マシューの反応に、尚稀はわざとらしい笑みを浮かべ、胸を張ってマシューの目をしっかりと見る。
どうやら尚稀は、マシューが自分を(『LEVEL』について調べていないか)監視しに来たということを察していたようだ。期待していたものと違うパソコンの画面に、マシューは残念そうに眉を下げて微笑した。
「…いいえ、問題ないわ。邪魔をしたわね。引き続き頑張ってねんっ」
なぜか最後にウインクと投げキッスをして去っていくマシュー。尚稀は額の辺りから何かゾワゾワとしたものを感じ取った。
「(ふぅ、危なかったぁ。こんなこともあるから会社内では調べられないんだよなぁ…。)」
そう言いながら尚稀はガサガサとバックの中から1つのファイルを取りだし、中に入っていた書類を眺めた。
「(会社と自宅…2つのネタを担当するのはなかなか骨の折れる作業なんだけど…仕方ない。)」
尚稀は疲れた眼を擦りながら、家で印刷してきたその資料を眺めた。
「西長咲駅周辺で男性変死体…か。」
それは、尚稀が自宅で調べた日本のニュースだった。(どうやらネットで調べてページを印刷したようだ。)
「(男性は無傷…手には『LEVEL』が握られていた…かぁ。)」
心のなかで一文を読み上げて、軽くため息を漏らす。
「(『LEVEL』に関するニュース調べてやっと見つけたのがこの事件か…。ゲームとは関係無さそうだけど…。)』
「なーにさぼってんだよナオキ!」
すると後ろからキースが声をかけてきた。なにやら彼は機嫌がよさそうだ。
「サボってねーよ。ちょっと考え事ー。」
尚稀は振り向かずそのままの格好で返した。
「冷てぇやつだなぁ。それよりほら、見ろよ!」
その言葉と同時に、尚稀の視界が歪んだ。
「わっ近っ!なんだよ…あれ、これ…?」
「そう!結局買っちまったんだぁ『LEVEL』!」
キースは尚稀の顔の前で新品の『LEVEL』をぷらぷらと振りながら得意気に言った。
「本当にお前って新しい物好きだな。」
尚稀は少しあきれたように口だけで笑って振り替える。
「まぁな。これもなんかのネタになるかもしれないだろ?」
キースはにかっと笑った。肌が色黒だから笑った時に見える白い歯が眩しい。
「…で、例のゲーム始めてみた?」
尚稀ははっとして尋ねた。『LEVEL』のことは、実際に使っている人に聞いた方が早いに決まっている、そう思ったのだろう。
「いや、まだだな。昨日『L-talk』のアカウント登録したところだから。なんだナオキ、お前も『LEVEL』に変えてゲームしたくなったのか?」
「…いや、別にそんなんじゃないけど…」
その時、机に置いてあった尚稀のスマホが勢いよくバイブした。画面には「メッセージを一件受信しました」という文字が表示されていた。
「…おっ、また久しぶりな奴からメールが来たな。」
「日本の友達か?」
尚稀はスマホをいじりながら頷いた。
「高校からの友人なんだ。最近お互い忙しくて連絡取れずにいたんだけど……ん?」
尚稀のスマホをいじる指がピタリと止まった。それをみたキースも、横からメール画面を除く。
二人は互いの顔を見合わせた。
ーーー…
「なんだろ、外が騒がしいな。」
昼食も食べ終え、まなかが戻ってくるのを待っていると、なにやら周りがざわついていることに気づく。
「ごめんねお待たせー。」
するとまなかがトイレから戻ってきた。
「…落ち着いた?」
「うん、もう平気だよ。」
そういったまなかは少し目が腫れているものの、化粧直しもして顔色もよく、先ほどよりも元気になった様子だ。
「じゃ、次の教室に移動しますかっ!」
三人は立ち上がり、食堂を出て午後の授業が行われる教室へと向かった。
しかし、外へ出るとその騒がしさは激しさを増した。
「な…何事?」
「なんか、さっきっから外がうるさいなって思ってたんだけど…なんかあったのかな?」
三人は気になったものの、とりあえず教室を目指すことにした。
教室のある校舎が見えてくると、その入り口にはなにら人だかりができていた。
あたりを見渡すと、泣き出しそうになっている女子や、気分が悪そうに座り込んでいる生徒も見受けられた。
「ちょ…やだ、何?」
いつきは眉をしかめて校舎前の人だかりを見つめる。その時、嫌な予感しかしなかった。
校舎入り口前までくると、張り紙が張られており、『本日この校舎を使用する授業はすべて休講とする。』と書かれていた。校舎の中には入れないように中から鍵がかけられていた。
「休講だってさ!ラッキ〜♪帰ろ帰ろー!」
リサはそう言って校舎に背を向ける。
「あ、ちょっと待ってよリサぁ」
まなかもリサの後を追いかける。いつきはしばらく張り紙を見て立ちすくんでいると、回りでひそひそと話している声が聞こえた。
「なに?何があったの?」
「事故だって。階段から生徒が落ちたみたい。出血もひどくて………」
「いつきぃー!早くぅー!」
自分を呼ぶまなかの声が遠く聞こえた。