レイニーデイ~梅雨は楽しくてうんざり~
「おはようカエルおじさん、今日はすごくいい天気だね」
六月に入って何日かが過ぎたある日の朝、
とあるおウチのお庭にある、ブロック塀に張り付いていた小さな
カタツムリが、アジサイの葉っぱの上にいたアマガエルに挨拶をし
ました。
「うん。久々の雨だな」
アマガエルは後ろ足で立ち上がり、前足をピンッと上に伸ばして
喜びのポーズをとります。ゲコゲコと鳴き声もあげました。
「ボクも雨、大好き♪」
カタツムリはニョキッと触覚を伸ばして嬉しそうに言いました。
「今年もそろそろ梅雨入りだな」
「カエルおじさん、梅雨ってなあに?」
「カタちゃんはまだ子どもだから知らないか。毎年今くらいから始
まる、雨の日が多くなる期間のことだぜ」
「雨の日が多くなるの!? やったぁ!」
カタツムリは大喜びしました。
「人間はうんざりしているみたいだけどな。梅雨の時ってオレの大
好物のビワも熟れ頃だから、オレにとっては一年で最高の期間だぜ」
「カエルおじさんって、ビワが好きなの?」
「そうさ。カタちゃん不思議に思ったみたいだな」
「うん。だってカエルって、虫を食べるんでしょう?」
「いやいや、オレは虫なんか食わないぜ。不味いからな。オレは果実
と草しか食わないぜ。カエルは虫を食うってのは、人間が世の中のカ
エルのほんの一部だけを見て勝手にイメージしたんだろう。人間も好
きな食べ物は一人ひとり違うのにな」
アマガエルはハァっとため息をつきました。
「カエルおじさんの気持ち、ボクにも分かるよ。ボクもアジサイの葉
っぱが大好きなイメージを持たれてるけど、そんなのは食べないよ。
だって毒があるんだもん」
カタツムリはにこっと笑いながら言います。
「そっか。お互い様だな」
アマガエルもにこっと笑いました。
「ボク、お腹がすいてきちゃった。そろそろお昼ごはんを食べよう」
カタツムリはそう言うと、ブロック塀を齧り始めました。
これはブロック塀に含まれているカルシウムを取っているのです。
カルシウムはカタツムリが丈夫な殻を作るために必要なのです。
「オレもビワの実食おう」
アマガエルはアジサイのお隣に植えられてあるビワの木に、ぴょん
っと飛び移りました。
この二匹がお昼ごはんを食べている最中、
「あっ、ナメクジくんだ」
カタツムリはナメクジがレンガの上にいるのを見つけました。
「あっ、カタくん。こんにちは」
ナメクジは暗い声で挨拶します。ナメクジもカタツムリやアマガエ
ルと同じく、雨の日が大好きなはずなのですが、なぜか元気なさそう
でした。
「ナメちゃん、久しぶりだな」
アマガエルもすぐに気付きました。
「ナメクジくん、どうしたの?」
「何か悩みでもあるのかい?」
カタツムリとアマガエルは心配そうに話しかけます。
「うん。そのね、キミたちは人間からマスコットとしてかわいがられ
てるよね。オイラはどうして人間から気持ち悪がられるんだろ? カ
タくんとは殻がないことしか違わないのに」
ナメクジは今にも泣き出してしまいそうなお顔をしていました。
「ナメちゃん、それはぬいぐるみとかに限っての話であって、本物の
カエルは人間からかなり嫌われてるぜ」
「ナメクジくん、ボクだって時々人間から、汚いから触っちゃダメっ
て言われることがあるよ」
カタツムリとアマガエルはナメクジを慰めます。
「そうなんだ。キミたちもオイラと同じで悲しい思いもしてるんだね。
あっ、雨が上がっちゃった」
するとナメクジは笑顔になりました。元気になったようです。それ
を表すかのように、お天気も回復してきました。
「日が照ってきたな。陰に隠れねえと。カタちゃん、ナメちゃん、ま
た雨が降ったら会おうぜ」
「うん。またね、カエルおじさん、ナメクジくん」
「バイバイ、カタくん、カエルおじちゃん」
お別れの挨拶をして、アマガエルは枯れ葉の下へ、カタツムリは
ブロック塀のすき間へ、ナメクジはレンガの下へ。
それぞれの住処へと帰っていきました。
おしまい。
(図書室で借りたこの絵本、すごく面白いな)
六月のある日、そんなお話が書かれた絵本を、とある中学の三年
五組の教室で、高岡紫織という一人の女子生徒が読んでいた。
「コラッ、高岡。おまえなに授業中に絵本読んどるねん!」
「だって坂田先生、楽しみにしてた今日のプール開き、雨で中止に
なって代わりにこの授業じゃ、やる気起こらないよ」
紫織は不機嫌そうに言う。
「高岡、先生の英語の授業そんなに嫌なんか? ちょっと復習プリ
ント問い6の③、英文読んでから和訳してみぃ!」
坂田先生は厳しい口調で命令した。
「はっ、はいーっ。You should always save money for a rainy
day.えっと、あなたはいつも雨の日のために貯金すべき……かな?」
「高岡、rainy dayはこの場合、”まさかの時”って訳すねん」
「そんな意味もあるんですか。私、初めて知りました」
「前の授業で、教えてんけどな」
坂田先生は呆れ顔で言ったのでした。