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二人の意志

「おはよう」


 考えた末に導き出された最初の言葉は四文字だけだった。すでに昼過ぎではあるが、感覚的には朝の気分だし。


 目を覚ましたエルナが身体を起こそうとして頭を押さえる。あれだけ飲めば二日酔いにもなるだろう。寝ぼけ眼を擦りながら、数秒ごとに面白いほどに表情を変化させていく。


「…………のど渇いた……」


 やっぱり記憶は残ってるみたいだ。一体どこから、と思うが現状に大騒ぎしないところを見るとおそらく最初から最後まであるのだろう。


「水もらってくる」


 言って、一階へと下りると、マグダレーナが俺を見ていかにも楽しそうにこちらへと顔を向けた。


「昨夜はお楽しみだったのかい?」

「はは……水をもらえますか? それと風呂を一回分沸かしてもらおうかと」


 大きめの宿には風呂設備が整っている。しかし大量の水を温める手間はかなりのものらしく勿論有料である。それをこの真昼間にお願いするのだから、向こうは確信を得たのだろう。


「若いってのはいいねえ~」



 ――部屋へと戻ると、エルナが服を着替え終えていた。


「風呂用意してもらってるから、後で入れよ」

「ん……ねぇ、ジークはどういうつもりで昨夜の蛮行に至ったわけ?」


 ……蛮行とな?

 所在なげにベッドに座るエルナがジトリとした視線を向け、そんな質問をしてきた。


「ちょっと待て。まさか事の発端の記憶の持ち合わせがないんじゃないだろうな?」


「あたしが酒に酔ったところをジークに襲われた?」

「違うっ! ……こともないけど、違う」


 くすくすと笑うエルナはどうやら俺をからかって遊んでいるようだ。


「お前はもう少し自分の容姿を認識しろ。あんな状態で我慢できるか」

「つまりあたしの魅力に負けたと。ふっふ~」

「……まだ酔ってるのか?」

「ううん大丈夫。ねぇ、しばらく一緒に行動しない?」


 その言葉の返答には戸惑う。このままエルナと一緒にいれば、深い繋がりになってしまうかもしれない(一度の関係は深いとは言わないでおこう)。


 だが、俺は目的があってギルドに入ったのだし、将来フィリアと子供を儲けるなんてことを計画しているのだから、エルナに深入りすべきではない。


「悪い、けど俺がギルドに入ったのは魔物を討伐するのとは別に目的があるんだ。だからエルナとはあまり……」

「あ、そんな深く考えないでいいよ。あたしも実はちょっち目的があってギルドの仕事やってるし、将来的な幸せをジークに求めようなんて思ってないから」

「それってどういうことだ?」


 紫紺の瞳に微かに影が落ち、エルナの顔にほんの少し憎しみの感情が見え隠れしたような気がした。


「目的達成したら、たぶんあたしも死ぬことになるから――今のうちに楽しんどこうってことよ。うん、あたしジークのこと割と気にいったもの。ジークだってあたしのこと嫌いじゃないでしょ? 昨夜はあんなだったし」


 思わず昨夜の情事をフラッシュバックしてしまい、エルナの身体から目を逸らす。

 正直、たまりませんでした。


 しかしだ、死ぬとはまた物騒なことを言う。そのことに感心を持つことが既にエルナに一定以上の感情を持っていることなのだろうが、つい聞いてしまった。


「目的ってなんだよ?」

「う~ん、もう少し親しくなったら、かな?」


 初っ端に最上級の行為をやらかしてはいるが、この場合はつまり、信頼できるようになったらってことだろうな。


 とはいえ、こういうサッパリした物の考え方は俺は好きだ。

 ……断る理由も特にないか。


「分かった。お互い目的の達成を優先するってことで一緒に行動するんなら問題ない」

「決まりね。改めてよろしく、ジーク」

「ああ」


 先程の憂いを帯びたような感じは一切なく、エルナはにこやかに笑っていた。


「さって話も纏まったことだし、じゃあ有難くお風呂使わせてもらうわね。もうそろそろ沸いたころでしょ」


 エルナはベッドから立ち上がり、大きく伸びをしてから寝室を出ようとする。


 さてと。


「えーと……ジーク? なんでついてくるの?」

「や、一緒に行動しようっていう話だったろ?」


 勿論そんな意味ではないことは分かってる。


「そうは言ったけどね」

「身体洗ってやるよ。こういうのも楽しいもんだって。嫌なら言ってくれ」

「嫌……では、ない、けど」


 やや強引にエルナを言いくるめて風呂場へと向かう。その姿をマグダレーナに発見され、とびきりのニヤニヤ顔で耳にタコな台詞を言われてしまった。


 風呂場には鍵が付いているので、遠慮することもあるまい。

 服を脱がすところから始まり、エルナの身体を丹念に優しく洗っていく。シラフの状態ではやはり恥ずかしさが勝るのだろうが、次第に慣れてきたのだろう。エルナの身体を余すところなく洗い終えた後、今度はエルナが俺の身体を洗ってくれた。


 ところどころ身体が触れあうと理性が飛びそうになったが、さすがに経験したばかりのエルナに連日は酷なので自重することにする。

 湯船でゆったりと疲れを洗い落とし、揃って風呂を出た。



 今日は討伐者ギルドに顔を出すにはもう遅すぎるので、寝室で他愛もない話をしてから夕食を取り、二人で抱きしめ合って夜を明かした。


 静謐な空間に野鳥の囁きが満ちて空が白やんでくる頃、目を覚ました俺は隣で静かな寝息を立てるエルナを見て頬に優しく唇をあてる。


 感情移入は厳禁だぞ、俺。


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