獣を統べる魔物
「――ですから、今一度ご検討されてはと思うのですが」
初回はランク制限なしと言ってたお姉さんがそんなことを言った。
「や、でも大丈夫だって。多分」
「申し上げにくいのですが、Aランクの依頼は危険度が高く、放っておけば市民に被害が及ぶ可能性が高いものです。可能な限り早期解決を望むギルドの立場としましては、ある程度の実績がある方のほうが……」
つまり俺が失敗すると思ってるのか。新参者が粋がって無謀な挑戦をするのは時間の無駄だと。
「さっきランク制限なしって言ったじゃん」
「そうなんですが……私の知る限りこういうのは前例のないことでして……」
面倒くさい。とりあえず今回の報酬はいらないから、依頼受けずに倒して魔物の首でも持ってこようかな。
俺がやや物騒なことを考え始めた矢先、後ろから聞き覚えのない声が響いた。
「どしたのマリン? 揉めごと?」
「あ、エルナ……ううん、ただ登録開始時の依頼でこの人と話をさせてもらってるだけ」
振り返ると、マリンと呼ばれて反応した受付嬢を心配するように見つめている女性の姿。いや、別に俺はイチャモンとかつけてるわけじゃないからね、決して。
訝しげに俺を見据える女性を見返す。
金砂を織り交ぜたかのように透き通った長い髪は後ろで束ねられており、宝玉を連想させる紫紺の瞳が俺に向けられている。好意的とは思えない疑念の表情が顔に浮かんでいるが、卵型の輪郭に整ったパーツが配置されている容姿は、フィリアに勝るとも劣らぬものだった。
白銀色のライトアーマーに外套を羽織り、腰に携えた剣を見る限り、こいつが討伐者なのだろうということは見当がつく。
「どれどれ……? ってちょっと! これあたしが受けようと思ってたAランクの依頼じゃない。あんたいきなり何しようとしてんのよ!?」
いやいや、んなの早い者勝ちだろ。
「なんだよあんた? なあ、マリンさんだっけ? 俺と同い年くらいにしか見えないこいつが受けようとするぐらいなんだから、そんなに心配すんなって」
「なっ! ちょ、こいつ……」
俺の言に困惑するようにオロオロしているマリンが一度深呼吸して落ち着こうとしている。
「……ジークさん。エルナはギルドに登録されているAランクの討伐者です。確かに若いですけど、類まれな才能はギルドでも注目しているぐらいなんですよ。彼女がこの依頼を受けるとしたら適正ランクです」
「そうそう、やっとAランクに昇格したんだから、もうバシバシ依頼をこなして目指せSランクってね」
「エルナ、あんまり無茶はしないでよ」
「へっへっへぇ」
どうやらこの二人はわりと親しい間柄のようだ。まあ別にどうでもいいけどさ。
「さあ、分かったらその依頼はあたしに寄こしなさい」
「……なっ! 待てよっ。俺が先に受けようとしてたんだぞ」
「マリンが渋ってるってことは、あんた初登録なんでしょ? くだらない意地張ってないでEランクの依頼でも探してくれば?」
こんの野郎。
依頼書に手を伸ばしたエルナの手を払いのけて阻止した。
明らかに怒りが混じった瞳でこちらを睨んでくる。
「……あんたなんか《キマイラ》の餌になるだけよ。余計なことしてあいつらを元気づけないでくれる?」
「んだと?」
喧嘩売ってんのか、コイツ。
睨み合う俺らを見かねたのか、受付に座るマリンが一つの打開案を提案した。
「あの、二人で依頼を受けてはどうですか? 協力して依頼を達成するのもよくあることですし」
「ちょっとマリンっ! その依頼ってキマイラが複数確認されてるんでしょ? 他のAランクの人と組むならいいけど、こんな初心者なんてあいつらの気を引く餌ぐらいにしか使えないわ」
可愛い顔して、すんげぇトゲある発言ばっかしやがって。
ああ……いかんいかん、ここは大人の対応をしないとな、前世合わせりゃ俺はいい大人なんだから。
「マリンさん、こいつと一緒なら依頼を受けても構わないってことだよな?」
「え、ええまあ」
「この依頼の報酬っていくら?」
マリンが依頼書を改めて見直す。
「金貨二枚ですね」
Aランクの依頼だけあって結構高額だな。それだけあれば一晩は遊び……いや、一人部屋で食事付きの宿屋に長期滞在できる。
「それなら……」
俺は金貨を二枚取り出して、エルナへと差し出す。
「なによ、これ?」
「俺が本当に役立たずだったら魔物の餌になるだけだ。その隙にあんたは魔物を倒して報酬を一人で受け取ればいい。その金貨もあんたのものになる」
「報酬二倍……ね。いいわ、あんたってよっぽど死にたいのね」
「いいや、あんたはきっと金貨一枚しか受け取れないさ」
そんな俺の言葉をどう受け取っただろうか。エルナが不敵な笑みを浮かべて手を差し出してきた。
「まあいいわ、あたしはエルナ。今日はもう日が暮れるから出発は明日の日の出後。外壁門のところに集合。遅れたらこの金貨二枚は没収」
「俺はジークだ。よろしく……んでもってその場合には金貨二枚は返せな」
握手を交わし、受付で正式に依頼の手続きを済ませてから、俺は来福亭に戻ってベッドに身を投げ出して息を吐く。
ともあれ、これで依頼を達成すればAランクスタートってことか。
仮に全く実力のない奴が他の助けを借りて高ランクからスタートすると不味いんだろうなと思ったが、マリンは苦笑いして「迷惑ですけど、その場合は本人が将来高確率で死ぬだけでメリットはないと思います」と言っていた。
確かにな。俺だってエルナに金貨二枚預けてるんだからこれで死んだら丸損だ。死ぬつもり全くないけど。
「シロはまだ帰らないよなぁ……」
あいつの健脚でもさすがにニブルヘイム島までの往復は一日では済まない。となると明日は何か足を確保しないといけないだろう。
――翌日、スーヴェン帝都の外壁門へと足を向けた。日の出後という早朝を指定したエルナのために昨日はさすがに夜遊びを控えた。本当に金貨を没収されそうだからな。
寝ぼけ眼で現れた俺に対して、先に門前に待っていたエルナが声を上げる。
「遅いっ!」
「エルナが早すぎる」
エルナは昨日見た姿と同じ装備だった。
俺もいつも通りの服装だ――黒の生地で縫われた裾の長いローブ風の服、ところどころに赤い模様が入っている。軽装だが、魔物の体内で作られる黒鋼糸と赤熱鱗を紡いだもので、ニブルヘイム島の職人の逸品である。
「あんたそんな軽装で討伐に行くつもりなの?」
「え、うん」
「武器は?」
俺の装備――服の他に小物入れの袋と財布袋。マグダレーナ特製の弁当と水筒といったところか。エルナのような剣などは持っていない。
「荷物はこんだけだ」
「ピクニックじゃないのよっ!」
「そんなに心配するなって、俺は魔法と……えーと、魔術格闘で戦うんだ」
「心配してねー……あんた魔法使うの? 魔力って亜人のエルフとかは強力だって聞くけど、あんた人間でしょ? しょぼい魔法に頼って調子乗らずに、ちゃんと武器を扱えるようにした方がいいわよ」
「ご心配、恐縮です」
「はあ……別にいいけど」
それ以上言うことは諦めたように、エルナが側にいる馬へと飛び乗る。やっぱり徒歩じゃないのか。
外壁門付近には、足となる馬や馬車を貸し出す施設が存在するため、俺もそこで馬を一頭借りることにした。
帝都スーヴェンを出立してからおよそ半日――太陽が晴れ渡る青空の中天に達する頃、北東の森へと到達した。
帝都周辺は国の兵士や騎士、もしくは討伐者によって最優先で安全を確保されるからか、ここまでの道のりで魔物と遭遇することはなかった。というか全体的にエウメネス大陸はニブルヘイム島よりも魔物の出現頻度が低いのかもしれない。
「レイニィの森は魔物が頻繁に出現するの。強力な魔物は少ないけど、帝都や他の町村からそんなに離れてないから定期的に討伐依頼があるのよ。キマイラを発見した人が手に負えずにギルドに話を持ち込んだってとこかしらね。森に入る前に食事をして探索するわよ。勿論標的以外の魔物が出ても退治すること。関係なく襲ってくるんだから」
シロとは段違いに乗り心地の悪い馬の背から下りて、俺は地面に座りこむ。
「ふーん、なんだかんだで初心者を色々と心配してくれる優しいエルナ様にお礼を言うべきかな?」
「足手まといになられると困るから言ってんの」
手早く食事を済ませ、馬は森の入口付近に繋ぐ。森の中は馬で進むより徒歩が適しているらしい。
依頼書にある地図を参考にして森の中を探索していく。結構入り組んでいるので、迷わぬように木に印をつけながら奥へと進んでいった。
森に入って半刻ほど経った頃。
「おっかしぃな~」
「迷ったのか? 印つけてるから大丈夫だろ」
「違うって。本来なら雑魚な魔物がもう少し現れたっていいと思うんだけど……」
「あれじゃないか、キマイラにビビって縄張りに入ってこないとか」
「キマイラは確かに強敵だけど、縄張り意識や群れを作ることはないはずだし……複数発見っていうのも疑いたくなるのよね」
口を尖らせて不思議そうにしているエルナを横に、俺は遠くの岩肌にポッカリと口を開けている洞窟を発見した。
「あれじゃないのか」
途端、エルナの顔が真剣なものへと変わる。
「……いい? 危険だと思ったら自分が逃げることだけ考えなさい。あんたがいると逆に動きにくいから」
「……餌にするんじゃなかったか?」
「シッ! ……黙って」
警戒しつつ、俺達は洞窟へと近づく。森が途切れ、やや開けた空間の岩壁にその洞窟は存在していた。
地図通りなら、おそらくここに間違いない。
「ジーク、魔法が使えるならその辺の枝を折って松明代わりにしてくれる? 中に入るわよ」
「ああ」
――瞬間、洞窟の奥から二匹の魔物が姿を現した。
獅子の顔は口元に皺を寄せてこちらを威嚇し、鋭い牙が覗いている。縦長に輝く黄金色の瞳を向けてくる山羊の頭と身体が混じった醜悪な風体で、かぎ爪を有する強靭な後ろ脚は自重を軽く跳躍させられるだろう。尾の蛇は個別に意思を持つかのように動いてはこちらを威嚇してくる。
「本当に複数いたのね。ジーク! とりあえず一匹は任せるわよ。大口叩いたからにはがんばんなさい」
慣れた手つきで剣を鞘から抜き放って構えるエルナは、だが前方に意識を集中し過ぎだろう。
「いや、お互い二匹ずつだな……入口を見張ってたのか? なかなか周到だ」
「何言ってっ……!!」
洞窟から出てきたのが二匹。
そして俺達の後ろ側にも二匹のキマイラが唸り声を上げていた。
完全に囲まれてしまっている。
「よ、四匹!? そんなっ」
「後ろは任せろ。エルナは前の二匹にだけ集中すればいい」
エルナがこくんと頷いたことを見届け、それ以上言葉は交わさない。
「――やるぞ!」
俺とエルナは、同時に前後の魔物へと駆けた。
ユルドの森で戦った雑魚とはいえ、シロに比べると雑魚なだけでそこまで油断していい相手ではない。
後方にいる二匹の内、一匹が咆哮を上げて宙へと跳んだ。
大きく横に裂けた顎、獅子の牙をもって俺を噛み砕こうとする一撃だ。これを避ければ、おそらくもう一匹がすかさず襲いかかってくるつもりだろう。
「避ければ、な」
棒立ちになっている俺は右腕を前に突き出す。
キマイラの口の中に右腕が肩口まで呑みこまれ、噛みちぎろうと力が込められる。
「この服、なかなか千切れないだろ? 着てなかったら少し痛いだろうな」
自分の顎力に自信があったのか、キマイラは微かに戸惑うように眼を見開いた。俺は掌に集めておいた炎精へと魔力を一気に送り込む。
「――爆ぜろっ」
命じた瞬間、間近にあった獅子の頭が一瞬膨張して爆音とともに弾け飛んだ。
獅子の原形は無くなり、山羊の身体も半分程度消失している。尾の蛇は一体の生物として死を迎えたことにより、クタリと動かなくなった。
「後一匹、か」
仲間の一人が爆散した光景を見てわずかに怯んだキマイラは、学習したのか容易には飛びかかってこない。ジリジリと距離を縮めてくる。
「ガアァァァッ!」
相手の前腕が届く範囲まで間合いが詰まった瞬間、大きく腕を振りかぶったキマイラが襲いかかってきた。
ズンッ、という衝撃が俺の身体に走る。
「……っと、力不足だな」
俺は相手の攻撃を右腕で防御した。少しばかり両足が地面にめり込み、震動が身体を貫いたが、それほどダメージは負ってない。
別に遠距離から魔法を放ってもいいのだが、結構素早い魔物には回避されることもあるからな。
お袋からは魔法の使い方が間違っていると言われたが――単純な魔法は零距離射撃にかぎる。
そっと左手を相手に添えて、今度は風精へと魔力を分け与える。
「切り裂け」
密度が極大化することにより発生した硬質な風の刃が、縦横無尽にキマイラの身体を横断する。
「ガ、か……クォ」
呻き声とともに身動きしたキマイラの身体が、バラバラと肉片になって地面へと転がり、大量の血液が池を形成した。
これで俺のノルマは達成だな。
「終わり……と。さて、エルナはどうなってんだろ」
俺は洞窟付近の方へと目を向けた。
「おお……」
Aランクと自慢するだけあって、エルナの動きはなかなか良い。既に一匹のキマイラは地に伏しており、最後の一匹を相手取っている。
さすがに俺のように馬鹿正直に攻撃を受けることはせず、俊敏性を活かした戦闘スタイルだ。
相手の攻撃を躱しては的確に攻撃を叩きこんでいる。
「てやぁぁぁっ」
尾の蛇、山羊の頭と順番に切り伏せ、怯んだ獅子の首を跳躍して上段から切り落とした。
「は……ハア……はあ」
「お見事」
まだ余裕はありそうに見えるが、エルナの身体には二箇所ほど負傷も見られる。
「動くなよ?」
水精へと魔力を注ぎ、力の方向性を攻撃から再生力へと転化させる。掌を傷にあてがってしばらく――エルナの傷は完全に塞がった。
「あ、あんがと……ってっ! 遠目からチラっと見たけど、なによあの魔法の威力っ! それとなんで攻撃をまともに受けて無傷なの!?」
興奮を隠さないエルナが俺に詰め寄る。
「戦闘中によそ見すんなよ。まあ、これで俺が結構強いってわかったろ?」
「……うん、まあ、それは認める。でもっ! 魔法は普通遠距離攻撃でしょっ? 使い方間違ってるわよ」
「あ~、同じことをお袋にも言われたっけな」
エルナがそれを聞いて「でしょうね」と笑う。四匹の魔物の死体が転がる殺伐とした空間が、少しだけ緩んだ気がした。
「それで、もう帰るか?」
キマイラの牙と爪で破損していない部分を切り取って袋へと詰めた後、エルナに問いかける。
「何言ってんのよ。ちゃんと洞窟の奥まで探索して残ってないかも確認しなきゃ。討伐したとは言えないでしょ」
「そっか」
どうやらエルナは、仕事をきちんとする討伐者としての自分に誇りを持っているようだ。
太めの枝を松明代わりに、俺達は洞窟内部へと進んだ。
洞窟内部は暗いが、外の明かりも少しなら入ってくるし、松明の明かりもあるので視界は良好だ。
そう深い洞窟ではないらしく、すぐに最深部までたどり着いた。
何かいるかもと警戒はしていたが、結局はガランとした空間が広がっているだけだ。
「何もいないわね」
「じゃあ帰るか――これで――……」
「グウルアァァァッ!!」
入口へ引き返す途中、少しばかり警戒を薄めた俺達の鼓膜に、一際低く空気が震動するような怒りの咆哮が響き渡ったのだった。
「あ、あれって……ロードキマイラっ!? 嘘でしょっ」
「やべぇっ!」
次の瞬間――洞窟内部が密封された溶鉱炉へと姿を変えた。
洞窟の外にいる魔物が超高温のブレスをこちらへと撃ち込んだからだ。岩肌の一部がドロリと溶解して液状化する。
「っく……あれ――なんで……?」
エルナの身体には火傷はなく、代わりに俺は少しばかり焦げた。
服に赤熱鱗が使われてなかったらもう少しダメージを負っただろう。ちなみに咄嗟だったので、魔力障壁は一人分しか展開できず、まともに受ければ無事では済まなかったエルナを優先させた。自分が無事なことを不思議に思ったのだろうエルナが戸惑っている。
「俺の魔法だよ。熱っ……」
「ちょ、ちょっと大丈夫っ? でも……ロードキマイラなんて……どうしよう」
「ロードキマイラ?」
「そうよ。キマイラの亜種っていわれてるけど力は桁外れだって聞いたことある。私だって勝てないわ。だって……Sランク級の魔物とされているもの」
「Sランク、ね」
「きっと他の魔物が出なかったのはアイツのせいよ。キマイラの群れを率いてここを縄張りとしてたんだわ」
言って、エルナは剣を構える。
「さっきのブレスから助けてくれた礼よ。少しの間ぐらいは引きつけるから逃げて。ギルドに戻ってSランクの討伐者に依頼を出すようにお願い」
炎の壁が次第に薄れて、ロードキマイラの体躯が見え隠れしだした。それを機に飛び出そうとしたエルナの腕を掴んで引き寄せる。
「なにすんのよっ」
「任せろって。――少し本気で、行く」
地面を勢いよく蹴り放ち、相手との距離を一気に詰める。二撃目のブレスが浴びせられるが、今度は魔力障壁で弾き飛ばした。
日の光の下で見るロードキマイラは身体つきこそ通常のキマイラと似ているが、決定的に異なるのは背中に生えている翼だろう。あれは少しやっかいだ。
「グルオォォォッ」
キマイラよりもさらに一回り大きい身体(シロよりは少し小さいか?)で襲いかかってくる相手の腕を躱す。腕の一振りで削り取られた地面が、宙へと舞った。
確かにキマイラと比べれば桁外れだ。俺もあれはまともに受け止めたくないな。
すかさず風の刃で反撃するも、どうやらそう上手くはいかない。空中へと浮かび上がった相手に回避されてしまった。
「素早いな……」
ロードキマイラはそのまま宙に浮かびながら攻撃の機会を窺っている。二撃目として火球を空中へ放つが、それも回避された。
魔法を放った後の微かな硬直を見逃さず、相手は急降下して俺の喉元へと喰いつこうとしてくる。
「危なっ!」
躱そうとするが、完全には避けきれずに相手の突進をまともに喰らって数メートルほど地面を転がされた。反撃しようと体勢を立て直すと、すでに相手は空中へと逃れてしまっている。
「くっそ! もう許さねぇ」
詠唱すんのってちょっと恥ずかしいんだよな。これ魔力も結構喰うし。
言ってる場合じゃないか。
「――大気に満ちる雷精よ。我の右手に集いて形を成せ。その槍は全てを貫きし雷槍なり。敵を討ち貫くまで止まること許さず」
「グ、グルゥゥ」
俺の右腕に集中する高密度の魔力に警戒するように、ロードキマイラが唸り声を上げた。
「――一擲必中、雷神槍ォっ!」
――俺は右手に紡いだ雷光の槍を、相手へと全力で投擲した。
「ぐ、グルァ?」
紫色の放電糸を空気中に撒き散らしながら、耳をつんざくような豪音とともに放たれた槍は一直線に相手に向かっていく。
目で追いきれない瞬速の槍は相手の回避を許さず、翼を動かそうとした相手の身体を一瞬にして貫いた。
よしよし、あれ避けられたらちょっと困るわ。
穿たれたロードキマイラの身体が雷に打たれたかのように雷光に包まれ、数秒後には黒い炭に変わり果てた物体が地面へと落下して砕け割れる。
「ふぅ……疲れた」
ドカリと座りこむ俺は今度こそ警戒を解いて息を吐いた。
「ちょっとっ」
「ぶっ。 ……なんだよ?」
背中を強打されて、思わずむせる。
「何よ、あれ?」
「えーと、魔術格闘?」
教わった魔法を色々と改良して出来上がったもので、一応さっきのは親父直伝の槍術に魔法を加えたものである。広義の意味で《格闘》として認識してる。
「あいつはSランクの魔物なのよ? それをあんなに簡単に……ねえ、さっきのあたしも頑張ればできる?」
「無理」
一言で切ったが、魔力が豊富じゃないと絶対無理だし。
項垂れているエルナはこの際無視しよう。
しょんぼりしているエルナを励ましつつ、森の出口へと向かった。
馬を繋いである辺りまで戻ってきたとき、エルナが突然驚愕の表情を浮かべて叫んだ。
「そんなっ! なんでこいつが。SSランクにも近いとされてる最上級の魔物にこんなとこで遭遇するなんてっ……!」
身構えるエルナの横で俺は相手の身体を見つめる。
黒い斑が入った白銀の毛皮は単純魔法をほぼ遮断し、強靭な身体はロードキマイラの比ではない。俺の魔力障壁をぶち破ってくれたブレスは忘れることができない。
「――お帰り、シロ。よしよし追ってきたのか。手紙はちゃんと渡したか?」
俺の言葉に、眼前の獣は一声上げて答えた。
こうして、俺の討伐者ギルドでの初仕事は無事終わりを迎えたのだった。
読んでいただき、ありがとうございます。
これからも精進致します。