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子作り宣言

 さて、若気の至りから既に一週間が経過していた。


 俺はというと本来の目的である情報収集を中心に帝都を動き回り続けている。まずはこの国の兵力や状況などを詳しく調べ、ニブルヘイムに報告する必要があると思ったのだが、調査をすればするほど親父を責めたくなってきていた。


 スーヴェン帝国の総人口は約五十万人、地図によれば国土面積は日本の北海道よりちょっち大きいぐらい。帝都自体には十万人ほどが暮らしており、その他は国土に点在している農村や町にて生活している。日本に比べれば土地にかなり余裕があるといえるだろう。


 そして肝心なのは兵士と騎士の数。これが実に合計一万人。

 そんでもって、討伐者ギルドに登録されている戦士の数はそれよりもさらに多い。


 討伐者ギルドというのは、魔物の討伐依頼を受けることのできる組織らしく、国の兵士や騎士の手が回らない魔物を駆除することを目的として発足したものだそうだ。エウメネス大陸には他にも国が三つあり、討伐者ギルドは全ての国に配置され、中立の位置にある。魔物はいくら倒してもふたたび発生するから相当数の人手は常に必要となる。


 運営資金はギルドが配置されている国から供与されてはいるが、自国の戦力以外の第三者戦力として、討伐者ギルドがあるということだ。


 当然、どこかの国同士の戦争には介入しないということになっているらしいが、もしも魔族が戦争を仕掛けたらどう動くだろうか。魔物相手には協力を惜しまない組織であるから、一致団結する可能性もある。


 そして国同士でも《魔族》という共通の敵に同盟を結ぶかもしれない。そうすっと下手すりゃ十万人ぐらいの軍勢と戦うことも想定されるってなわけだ。


 これがまあ大雑把ではあるがスーヴェン帝国で調べた国力のお話だ。ちなみにニブルヘイム島に住む魔族の総人口は二千人。広さは東京都の一区程度といっても、魔物の住む森もあれば畑や山だって存在する。せいぜいそんなもんである。


 ……すげぇなっ!


 そして老若男女のことを考えると、まともに戦うことの可能な者は百人から二百人だ。


 初めから想像はしてたけど、具体的な数字になると恐ろしいな。

 どこかの大戦時を彷彿とさせる数値だ。

 これはないわ。マジだよ? 一人で何人倒せばいいんだ? 千人ぐらいか。


 魔族だからといって皆が突出して強いわけではない。そりゃ普通の人間と比べれば強いけどさ。俺、親父、お袋は少し特別なのだ。


 俺が予想以上に良成長したからといって世界征服をできるなど馬鹿な考えは起こさないでいただきたい。他に良い方法を考えるから、どうか今しばらく島の中でのんびりしておいてほしい。


 以上の内容を要約して手紙に書き記した。今頃はシロが届けてくれているだろう。


 親父もしばらくは反省してくれる……かな?


 さてさて、他に良い方法を考えなきゃいけないんだが……平和的に魔族にだって良い奴はいるんだよ的なアピールをすればどうか、などという考えが甘いということは最近知った。


 どうやら魔族の嫌われっぷりは半端ない。人間族にとって魔族は魔物と大差がないという認識にあり、世界のどこかにある島に封印されているとか、虎視眈々と人間を支配しようと狙っているなど(一部真実かもしれない)、根も葉もない噂が飛び交っている。仮に自分が魔族ですなんて告白したらフルボッコにされるだろう。


 後は……国に後ろ盾となってもらうとか。実はこれについては少々解決の糸口はある。

 情報屋に高い金を出して得た情報が正確ならば、望みはあるかもしれない。


「お……帰ってきたか。ちゃんと渡してきた?」

「ワウッ」


 シロが俺の影へと戻ってきたことを確認し、俺は来福亭の部屋を出た。


 もう一つ。調べていて分かったことがある。

 俺が帝都スーヴェンに着いたあの日、助けた女性フィリアについてだ。彼女は思ったよりもさらに身分の高い女性であった。


 正式には、フィリア・シャロン・ドゥ・スーヴェンらしい。最初聞いたときは噛むかと思った。

 フィリアは現女皇帝であるイルミナ・シャロン・ドゥ・スーヴェンの実娘で、次代の皇帝候補だということだ。


 そんな御仁の頬を引っ張ったり、一緒に宿屋に泊まらん? とか言ってた自分を少し責めたくなるが、別に俺はこの国の人間じゃない。まあ、助けたし許してくれるよね?


 帝都の大通りを進み、城の前に着いた。城門にいる兵士がこちらへ駆け寄り、「何用か?」とだけ短く詰問してくる。


 さてと、こっからは昨日から必死に考えたシナリオ通りに事が運んでくれることを祈る。いや、運んだ場合でもかなり失礼なことを口走ることになるから、極刑になるかもな(そうなったら無理やり逃げるけど)。


 シロが戻るまで待ったのはそのためだ。


「失礼、フィリア様にお目通り願いたいのですが」

「なんだと……ふざけるなっ! お前のような奴がフィリア様に面会できると思っているのか!?」

「私の名前はジークと申します。先日のある折、フィリア様に微力ながらお力添えをさせていただく機会がございました。城に赴けばその褒美を取らすというお話でしたので、伺わせていただいた次第です」


 この国の礼儀作法なんざ知らんが、社会人時代に客先で話してた感じで問題ないだろ。


「ジーク……か。分かった。確認を取るので、この場でしばし待たれよ」


 兵士はすぐさま城内へと駆けていく。待つことしばし、どうやら入城を許可してもらえたようだ。案内人と思われる人が招いてくれた。


「こちらへどうぞ」


 城内は煌びやかな宮殿といった印象だった。日本には当然こういった建築物はなく、写真でしか見たことがない。

 ニブルヘイムに至っては、宮殿? 何それ食べれるの? 状態だ。


 精緻な細工がなされた調度品がそこかしこに飾られ、大理石の床は塵一つなく磨きあげられている。照明のシャンデリアなど、美しい芸術品のようだ。


 場違いとも感じられる廊下をいくつも通り抜け、やっとのことで大きめの扉の前までやってきた。この奥にフィリアがいるのだろうか。


「フィリア様とは特別の謁見になります。この部屋はフィリア様の私室となっておりますので、くれぐれも粗相の無きようお願いします」


 たぶん粗相します。

 扉の向こう側は、過度な調度品などは存在しない、簡素ながらも整った室内だった。その奥にはフィリアの姿がある。


「失礼ですが、見張りは二人置かせていただきます」

「はい」


 案内人がそう言ってから下がったが、そりゃそうだよな。

 俺はフィリアに少し近づき、膝を折ってから適当な挨拶を述べる。


「お久しぶりです。先日はあなた様がフィリア様とは露知らず、大変ご無礼な言動を致しましたことを深くお詫び申し上げます」

「ほう、そのような口調で話すことも出来るのか。よい。そなたはスーヴェンの人間ではないのだろう。私の顔も知らなかったようだしな。楽にしてくれ」


 言われてから、立ち上がった俺はちょうどフィリアと向かい合うかたちとなる。


「それで、今日ここに訪れたのはあの時の褒美をもらうためか? 私にできることであれば言ってみよ」

「いえ、それはまた後ほど」

「それでは何用だ」


 フィリアがやや不思議そうな表情を浮かべる。


「失礼ながら、フィリア様が襲撃された件を私なりに調べました。どうやら、元老院が絡んでいるのではと」


 ほんの微かにだが、フィリアの顔に動揺が走る。


「あまり他国の内部にまで興味本位で近づかぬことをお勧めするぞ」

「興味本位ではありません。私は私の目的があって動いているだけですから。フィリア様を追っていた野盗について……風体はそれらしく見せてありましたが、あれは訓練された動きです。ただの盗賊とも思えません」

「ほう……」

「この国の政治は、元老院議会で提出された案を皇帝が裁可することで成り立っているらしいですね。しかし、実際のところは提出された案を皇帝が独断で却下することは難しく、元老院側がかなりの力を有しているとか」

「そなたがあの日に初めてこの国を訪れたのであれば、大した情報収集力だな」


 フィリアの顔から表情が消えた。おそらく俺を警戒し始めたのだろうな。


「元老院は個人で兵士、もしくは洗練された騎士を抱えていると聞きます。隣国への使節として出国したフィリア様を襲うことなど、ただの野盗に出来ようはずがありません。護衛とてついていたのでしょう?」

「腕の立つ騎士が十人はいたな」

「現皇帝のイルミナ様が退位された時、その後継者であるフィリア様が亡き者となっていれば、実権を握るのは元老院です」

「今のままならば、そうなるだろう」


 やっぱりか。この反応だと、あの襲撃が元老院の仕掛けたものである可能性が高いことはフィリアだって百も承知なのだろう。よし、ここまでは思惑通りだ。


「それで、そなたはそんなことをわざわざ言うために訪れたというのか? それならば、余所者に助言を受けることは必要としておらぬ」


 そうだろうな。分かっていて追及できないということは証拠がないのだろう。もしくは証拠さえも握りつぶせるほど元老院の力が大きいかだ。余所者の出る幕じゃない。


 さてと、こっからだな。


「不肖ながら、私は自分の戦闘技能について、個人で私に勝る者はいないと考えております」


 なんとも傲岸不遜な物言いだと自分でも思う。


「ほう、面白い。自画自賛する阿呆は腐るほどおるが、そなたには一度助けられておるからな。笑いとばすことはせんでやろう」


 ありがたいこって。


「それで、そなたは何は言いたいのだ」

「許されるのであれば、フィリア様の護衛として私を使っていただきたいのです。例え相手が元老院であろうと、幾千幾万の兵士であろうと、仮に皇帝イルミナ様が敵となろうとも、フィリア様だけならばお守りできると申し上げたい」


 それはフィリアが予想していた答えの範疇をこえたのか、キョトンとした顔で数瞬呆けているように見えた。


「ふ、ふふ。面白いことを言うのだな。母様が敵となる、などと無礼な発言はその面白さに免じて許そう」

「ありがとうございます」

「だが、そなたの目的を訊いていなかったな。そうすることでそなたは何を得るというのだ?」


 うん、よし、ここまできたら言うしかないだろ。


「先日の褒美の件と併せまして、フィリア様が私を役に立ったと真に認めていただけました暁には――――私と子供を儲けていただきたいのです」



 ……言っちまったぜ。もう戻れねえ。


 さすがにフィリアも絶句している。見張りの騎士はおそらくはフィリアが信頼している者達だろう。元老院の話題には特に口を挟まなかったが、先程の俺の言はアウトらしい。


 そりゃそうだ。

 丁寧に言ったとしても、子作りしようぜ宣言なのだから。


「貴様、何を血迷ったことをっ! 姫様に不敬な発言は許さんぞ」


 ですよね。さて逃げようかな。


「……待て」


 フィリアが落ち着きをなんとか取り戻し、駆け寄る騎士を制する。


「ジークといったか。何故そんなことを望む。次代の皇帝が望みか? スーヴェンは女系に第一継承権がある。最後には私を殺すつもりということか」

「いいえ」

「まさか色香に迷ったなどとは言うまいな? 私は、容姿で他人が自分のために命を投げ出すと思うほど、自惚れてはいない」


 うーん、どうだろうか。ぶっちゃけフィリアの容姿に命を投げ出す奴もいるんじゃね? と思うほどにに可愛いけど? まあ、今回の俺の提案はさすがにそういうわけではない。


 外見にしても、話した感じの内面にしても俺の好みどストライクではあるが、俺は他人を本当に好きになるということはもうないだろうと思っている。


「確かに魅力的ではありますが、私はフィリア様に恋募の情を抱いてこのようなことを申したわけではありません。ただ、あえてお伝えしていないことが一つございます」


 国の後ろ盾を得る上でこれ以上の太いパイプはない。王家の子供に魔族の血が入っているとなると、魔族の扱いもゆっくりとではあるが変えざるをえないだろう。もし子供を亡き者にしようとする者があれば決してさせない。全力で阻止する。


「どのような事柄だ?」

「今は申し上げるべきでないと考えます。ただし先程の提案を承諾していただき、フィリア様に認めていただけた際に、私が何者であるかを明かします。もしそれが原因で約束を反古にされたとて私は構いません」

「随分とこちらに都合の良い条件だな。真に役に立ってくれたと判断するのも、そなたが何者か知って拒否するのも、私の自由なのだろう?」


 魔族の血が混じった子供を産むことを心底忌避する場合は、到底友好的な関係を結ぶことはできないだろうからな。その可能性は高いと思うし。


「ただし、反古にされる場合は新たに別のお願いをすることになるでしょう」

「それは?」

「……約束ではございません。こちらからの一方的なお願いですので、聞き入れていただくかの判断はフィリア様にお願いします」


 反古にされたら、魔族の移住を公的に認めるようにお願いする。それも難しいかもしれないが、少しぐらい恩情を与えようという気にはなってくれるだろ。


「ふむ……」

「フィリア様っ! 何を悩んでおられるのですか!? まさかこのような者の不埒な提案を真剣に捉えていらっしゃるのですか。御身は必ず私達がお守り致します」

「そなた達には感謝している。だが、先日の事件が起こったのもまた事実」


 確かにな。俺がいなければフィリアはあの場で死んでいただろう。守れてねえじゃねえか。


「ふふ、あははは。ジーク。今日は面白い話を聞かせてくれたな。礼を言う」

「提案を受けていただいたと考えてもよろしいので?」


 フィリアは本当に面白がっているようで、隠すことのない笑みをこちらへと向ける。


「受けても良い」

「本当ですか!?」


 っしゃあ。


「しかし、私はそなたの強さを実際には知らん。あの時も気絶していたからな。それと私を護衛するのならば、最低でも騎士でなければならない。ましてや私と子を儲けるのなら爵位を持った上級騎士か聖騎士にでもならぬと無理だな。それも含めてのこととなるが……」

「生まれた家柄が重要でないなら、なってみせますよ」


 フィリアが柔らかい微笑みを称えながら、頷く。


「なかなかに面白い男だな。まずは騎士となった際にふたたび私の下を訪れよ。正式に返事をしよう」

「畏まりました」

「楽しみにしているぞ。ああ、それと」

「何か?」

「もし私が提案を受けた場合、無理に敬語を話す必要はない。子を作る可能性がある相手と敬語もおかしいからな……もちろん二人でいるときだけ」

「……はい」


 そう小声で言ってクスクスと笑うフィリアの顔はどことなく妖艶でもあり、悔しいがちょっとドキッとしてしまった。


 こうしてフィリアとの謁見は終了し、俺は城を無事出ることに成功したのだった。

読んでいただき、ありがとうございます。

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