前世との邂逅②
たくさんの感想に励まされております。
②も難産でしたが、結局こういった展開で書くことにしました。
イルミナが今後どういった行動に出るのか、気になるところです。
エルナとフィリアは心配であるが、いざとなればシロが二人を連れて逃げることは容易だ。厄介な男は今も俺の横を歩いていることだしな。あの二人は高性能な愛玩動物としてシロを見ている節があるが、通常の騎士程度に遅れを取るはずがない。
問題は、俺の方である。
やっと落ち着いてきたが、正直なところまだ混乱中なのは否めない。
ヒュメルを含めた騎士達に囲まれた状態で、俺は謁見の間に連れて来られた。
当然ながら、玉座には皇帝イルミナの姿がある。
第一声は向こう側だった。
「そなた――マサトという名前に聞き覚えはあるか?」
少し予想と違った。
確信、しているわけじゃないのか?
「――そっちこそ、ユミって名前に覚えがあるか?」
もう二度と、あの顔を思い浮かべて呼ぶことはないだろうと思っていた名前。
今となっては胸の痛みもそこまでない。時間というのは偉大である。
室内を満たす静寂な空気――その中でイルミナはゆっくりと口を開いた。
「ヒュメル以外の騎士は外せ」
俺はガシガシと頭を掻きながら溜息にも似た息を吐く。どうやら、マジなようである。
しかし腑に落ちないことが多すぎる。
イルミナの前世がユミだったとして、何故いまさら?
それに……最後の別れはそれはもうPTSDなものだったが、それでも長く付き合った身である自分としては、冷酷なイルミナとあいつの姿は決して重ならない。
あいつに自分の娘を殺そうとするなんて真似……できるとは思えない。
「最初に言っておくが、私はスーヴェン帝国第17代皇帝イルミナ・シャロン・ドゥ・スーヴェンである。それ以外の何者でもない」
……そういうことか。俺が前世の記憶を思い出したのは三歳の頃。まだほとんど自我が形成されていなかったために、俺は俺として存在していられるんだろう。だが、もしも十分に自我が形成された後だったとすれば……
「断片的なものでしかないが、これは私の記憶ではない。そなたの姿を目にしてから随分と発作に悩まされたがな。これで原因ははっきりとしたわけだ」
イルミナが自らの額にそっと手を添えながら、そんなことを言った。
つまりは、イルミナに元々前世の記憶はなかったんだろう。それが俺に会うことを切っ掛けにして少しだけ目覚めたってとこか。
ホントに、今さら何の用だよ……。
「そなたに伝えることがある。そうせねばどうにもコレが大人しくならぬようなのでな」
コレって……ユミのことか?
いいだろう、聞いてやんよっ。
が……――イルミナが告げた内容は、ちょっとばかし衝撃的過ぎた。
え?
いや、いやいやいや、マジで?
俺の気持ちを確かめたかった?
……時と場所と人の気持ちを考えろよっ!
俺死んじゃったしっ!
……まあ、別に死んだのは直接的にあいつのせいじゃないけども。
ええい、落ち着け俺。
たっぷりと深呼吸をしてから、俺はイルミナに視線を向ける。
「それで、だ。そなた私に忠誠を誓わぬか?」
「なん……だと?」
「今回の一件、私に絶対の忠誠を誓うと言うのなら、そなただけは罪を許しても良いと言っている」
これは、イルミナの中に存在するユミが俺を殺すをことを躊躇ってるせいか……? 冷酷なイルミナさんにしては随分と温情を大盤振る舞いするじゃないですか。
「まあ……とりあえず、過去……いや前世のことは分かった。だけど、あんたに忠誠を誓うってのはちょっと難しいわ」
「……」
こちらを一瞥する視線の温度が低くなった気がする。
「ついさっきまで、あんたを殺そうと思ってたんだが……多分そっちが俺を殺すことを忌避してる以上に、俺はあんたを殺すことができなくなった……」
「ほう……」
「だけどな、そっちが今の自分はユミじゃないって宣言したのと同じで、俺だってもうマサトじゃなくてジークなんだよ。お前があいつの生まれ変わりだろうと、全てを許容できるわけじゃない」
正直なところ、あれからもう十八年経っている。
……ユミのために全てを投げ出せるかというと……答えは《No》だ。
今世で幸せになってくれれば嬉しい――そう思えるほどには、距離が空いてしまった。
「いくつか訊きたいことがある。何故フィリアを殺そうとする? それに……なんでカーネルを殺した」
「……そなたからすれば、愚かに思えるかもしれぬがな――」
当然、まともに答えが返ってくるとは思っていなかったのだが、拍子抜けするほどにあっさりと、それでいて狂気じみた言葉が空虚な謁見の間に満ちる。
吐露された言葉に、俺は顔を顰めているのを自覚した。
……なんだよ、それ。
そんな理由で、フィリアやエルナの父親を……?
「結局、私もユミと同じことをしているな。ふ、ふふ、呪われた因果かもしれん」
「一緒に――」
イルミナが自分を嗤うかのように発した言葉に、俺は思わず声を荒げてしまった。
「一緒にしてんじゃねえっ! 全然違うだろうがっ」
傍に控えているヒュメルが眉を顰める。
本当ならこいつがちゃんと止めるべきだろう。馬鹿野郎が。
「俺が死んだのは事故だ。釈然としないが、それはユミのせいじゃない。だけどな、あいつは自分の勝手で他人を殺すような奴じゃねぇんだよっ! こんな……来世にまで悩みを持ち越すようなアホな女だ」
自分のことを棚に上げてるのは分かってる。あの時に無茶な運転をしなければ、俺達はちゃんと二人で歩むことができたかもしれない。ヒュメルのことをどうこう言えないだろう。
それでも……
「カーネルを殺して……自分の娘であるフィリアを殺そうとしてるお前なんかと……ユミを一緒にすんなっ! さっきの忠誠の話な、きっぱりと断らせてもらうっ……俺はフィリアの騎士だからな」
「……何故、そこまで娘にこだわるのだ?」
「元々はこっちにも色々と事情があったんだがな。こっからはちょっと私情を挟む。あいつはあんたの娘だろ? あんたの中に居るユミなら……俺がなんでこんな行動をとるのか理解できるかもな」
俺は、話はこれまでとばかりに踵を返す。
「動くな」
すかさず剣を抜こうとするヒュメルに相対し、俺は昂ぶっていた感情を一気にクールダウンさせる。
「悪いけど、俺が殺さないのはイルミナだけであって、お前に遠慮するつもりはないぞ」
「随分と大口を叩くものだ。その首……切り落としてくれるっ」
「――良い、行かせてやれ」
だが、玉座から降ってきたのはイルミナのそんな言葉だった。
真意は判然としないが、どうやら騙すような素振りは見受けられない。
ヒュメルも剣の柄から手を離し、俺も臨戦態勢を解除する。
扉を開こうとした辺りで、後ろから小さな声が聞こえた――気がした。
「マサトっ……ありがとう――さよなら」
どこか懐かしく思えるような、先程までと異なる自然な言葉の響き。
多分、もうこのように会話することはないのかもしれない。
「こちらこそ。前世では幸せな時間――ありがとな」
誰にも聞こえないほどの小さな囁きは扉を閉める音に掻き消され、きっと相手に届くことはなかっただろう。
さて、とっ、まずは軟禁されてる二人を助けるとするか。
行き先は……やっぱりオッサンのとこになるだろうな。まあ、なんとかなるだろ。
◆
静寂が戻った空間で、先に口を開いたのは男の方だった。
「宜しかったのですか? 今からでも追うべきかと思いますが」
「そうね……でも、少し疲れたわ」
「では……部屋でお休みください。後は私が対応致します」
「いえ、ヒュメルも明日まで休みなさい」
「……畏まりました」
玉座に座る女性は美しい顔を曇らせ、俯いている。
「ヒュメル、あなたは私を――「私はあなたを一生守ると誓いました。何があろうとも、ずっと傍におりますよ。死ぬつもりもありません」
「……ありが、とう――ヒュメル」
堪えるようにくぐもった声が、広い空間に微かに木霊したのだった。
さて、ジークは二人を助けた後にどこに向かうのでしょうか。
皇帝候補から指名手配犯になったフィリアとともに国外逃亡を決め込むかもしれません。
ドレイクおじさんが何気に好きな作者はオッサン好きなのか……そんな馬鹿な。




