前世との邂逅①
難産でした。
更新が大分と空いてしまいました。
励ましやご指摘いただく感想をくれた方々にお礼をば。
返信はしたいのですが、感想への返信を書いているとどうしてもブレてしまう自分自身に気付きました。なので、感想は有難く読ませていただきますが、返信はしばらく控えようかなと思っております。
室内に踏み込んできた騎士だけでも十人近い。ヒュメル達の後方で喧騒が聞こえてくるが、おそらくフィリアの護衛騎士と争っているのだろう。どうやらかなりの数を連れてきているようだ。
「ご苦労だったな、リック」
「いえ、新たに任じられたフィリア様の護衛として邁進してきましたが、まさかこんなことをなさるとは思ってなかったっす」
ヒュメルとリックのやり取りは、どうにもわざとらしい。
リックは最初から向こう側だった。皇帝直属とか言ってたが、おそらく実際の指揮はヒュメルが執っているのだろう。
つまり、俺は泳がされていたのだ。
エルナの事件は向こうにも予想外だったのだろうが、それを上手く利用されたってとこか。どうりですんなりここまで来れたもんだぜ。
それにしてもリックが向こう側だったのは予想外だ。特技は省くとか言ってたが、あいつがもっとも得意とするのは諜報活動なのだろう。
剣術もなかなかのものだったが、いつも俺の周りをちょこまかしていた無邪気な一面は全て演技だったってわけか……これについては、やられたとしか言いようがない。
尾行に気付けなかったのは相手の技量も高かったのだろうが、リックというのが痛い。もし他の奴らだったなら、シロが匂いで感知できたかもしれないものを。
同室者であるリックの匂いは少なからず俺からも発せられている。
エルナとともに邪魔な俺を始末する名目ができれば御の字だったのだろうが、こうしてフィリアまで加担している現場を押さえることができたのは、向こうにとっても僥倖だろう。
どう言い訳しても、ここまで大勢の目撃者があれば責任は免れない。
「フィリア様といえど、陛下を弑しようとした大罪人を脱獄させようなどとは、許されることではありませんよ」
強い口調で咎めるヒュメルに何か言い返そうとしたフィリアだったが、その手をエルナが握りしめることで止める。
こうなってしまっては余計なことを言うべきではないと判断したのだろう。どのように弁解しようとしたのか分からないが、エルナの素情を明らかにするわけにはいかないからな。
仮にもガイラル王家に連なる立場の者がイルミナの命を奪おうとしたのだ。それがどういった結果をもたらすか……将来的な幸せなど求めていないと言ったあの言葉は、目的を果たした後に自分も死ぬことを望んでいたからではないだろうか。
それにしても、ここまで手際が良いと相手がどこまで掴んでいるのか不安になってくる。エルナ本人は自白してないにしても、おおよその状況は把握されている可能性はあるだろう。
そして、これでフィリアは次期皇帝候補とはなり得なくなってしまった。イルミナの暗殺に加担したことで処刑される可能性すらあり得る。大義名分は向こうに在りってとこか。
ここにいる全員を処分できればいいんだが……。
「動くなよ、ジーク。君の魔法の凄さは認めるが、この前の闘いで手の内を見せすぎたな」
俺が騎士を一瞥する瞳の動きを警戒したのか、ヒュメルが忠告してくる。
これだけ近接していれば、勝てると思ってるんだろうな。
だけどやりようはいくらでもある。
シロで奇襲すればさらに容易だろう。
ヒュメルは多少厄介ではあるが……全員――殺すか。
フィリアは悲しむかもしれないが、もうイルミナも含めて全員排除しなければ、フィリアが皇帝になることは難しいだろう。
しっかし、魔力足りるかな、これ。
それに……ここまで俺が危険を冒す必要あるんだろうか。
こうなったらもっと他に魔族の将来に有利なやり方あるんじゃね?
そんな俺の不純なる考えは、すぐに打ち消されることになった。
身構えている俺の後ろから、声が聞こえたからだ。
か細い声で俺の名前を呼んだのは、フィリア。
そしてそれを優しく包むように励ます声は、エルナのもの。
馬鹿だなぁ俺。
全然、前世も含めて、色んな意味で反省してないじゃねぇか。
必要とされるってのは……やっぱ、悪くない。
さて……殺りますか。
決意を固めて動こうとしたのと、ヒュメルの口から驚くべき名前が出されたのは、奇しくも同時だった。
「ああ、それとジーク……いや、ひょっとすると《マサト君》といったほうが伝わるのかな? 君にはこの後に陛下と謁見してもらおう」
なん……だと。
今、コイツは何て言った?
マサ……トだと?
頭が白熱するかのように強制的な空白が波となって押し寄せてくる。
何故だ?
その名前は、誰にも言ったことはない。
今世には関係ないものとして、俺の頭の中にだけ封印されているはずなのに。
――――なんでコイツは俺の、前世の名前を知っている。
「――誰に聞いた?」
混乱のあまりに相手への警戒を緩めてしまいそうになる自分を叱咤し、なんとかその言葉だけは絞り出した。
「ふ……む、やはりそちらも記憶があるのか……本当にそんなことがあるとはな」
「誰に聞いたって言ってんだよっ!」
「ほぅ、あまり怒りを露わにするタイプではないかと思っていたが。しかし……こうなると君とは不思議な縁すら感じるな。前世は君、今世は私……か」
「質問に答えろっ」
自嘲するように呟くヒュメルに苛立ちを隠せず、俺はさらに声を荒げて問う。
「その答えは、直接本人から御聞きになるべきだろう。君が死ぬ直前に告げられた些細なイタズラの真相が、明らかになるかもしれんぞ」
身体から力が抜けていくようだ。
本当に、コイツは何を言い出しやがる? 死ぬ直前……って、前世のことを言っているのか?
些細なイタズラの真相……だと?
俺がトラックとの衝突事故に遭う直前の出来事――?
「まさか……そんな馬鹿なことがっ!」
あり得ない。ヒュメルの言い様からすると――皇帝が?
……馬鹿なっ!
「謁見すれば分かることだ。勿論、妙な行動をすれば容赦なく切り捨てる」
「皇帝が……イルミナがあいつの……っ! 近づくなっ!」
こちらへと歩み寄ろうとするヒュメルに怒鳴る。これ以上接近されるとさすがに魔法での迎撃が難しい。単純魔法の零距離襲撃では厄介な盾に防がれるだろう。
ヒュメルの言から、少なくとも俺の前世を知っている何者かがいるのは間違いない。そして恐らくそいつは――
会ってみたい。
喜怒哀楽の感情で表すのであれば、決して喜びの感情は多くを占めない。
それでも、だ。
だが、後ろの二人はどうなる。
「フィリアとこの女を、どうするつもりだ?」
「かなり余裕が無くなっているようだな。フィリア様には申し開きの機会が与えられることになるだろう。そこの女については、直接陛下に御聞きすればいいのではないか? 久々の姉妹再会だ。陛下が処遇を下されるまでは、フィリア様とともに軟禁しておくが良かろうよ」
やはり、エルナがカーネルの娘だということは向こうも承知済みか。いつの段階でバレたのか知らんが……完全にフィリアを釣るための餌にされたわけだ。
だが、二人ともすぐに殺されるわけでないのならとりあえず問題ない。
俺はそっと、シロをフィリアの影に忍ばせる。
正直、逃げ出すだけならば簡単なのだ。いざとなればシロに乗って強引に逃げればいい。
ただし、それでは良くないのだ。フィリアには皇帝になってもらう必要がある。
皇帝暗殺未遂の黒幕などというレッテルを貼られて逃げたのでは、それは到底叶わない。
だからこそ、ここで全員殺す予定だったのだが……
考えていてもしょうがない、な。
「いいだろう。会うよ……あいつが俺に何を話すつもりなのか知らないけどな」
もはや慇懃な言葉遣いは必要ないと感じているので、装うことはしない。正面からぶつかってやる。
「――ならば、ついてくるがいい」




