餌の時間
稚拙な文章ですが、読んでいただければと思います。
――どうやら、あの馬車が向かっていたであろう場所へとたどり着けたようだ。思ったよりもかなりでかい町……いや城が存在するところを見ると帝都ってところか。
シロがいるとさすがに騒ぎになるだろうから、人目のないことを確かめて帝都の入口付近にてシロには影に潜んでもらった。彼女を抱きかかえたまま帝都に入り、宿屋を探す。こんな状態であまりウロウロするのもよろしくない。
入口付近にあるそれなりに大きな宿へと入る。『来福亭』と看板に書かれた宿のカウンターには、恰幅の良い女将が立っていた。
「いらっしゃい……おや、お連れさんの具合、良くないのかい?」
「はあ……そうなんです。あの、部屋って余ってますか?」
既に時刻は夕方だ。もしかしたら部屋が全部埋まってるなんてこともあるかもしれない。という考えは杞憂だったようだ。
「ああ、二人部屋でいいかい? 前金で二百セムになるよ。もし夕食をつけるなら二人で八十セム追加だ。お連れさんの具合が悪そうだから、食事は部屋に運んだ方がいいかい?」
「お願いします」
人間族が使うのはセムという通貨なんだな。なるほど……と思っている場合じゃない。俺は無一文だった。
ニブルヘイムで通貨の代わりに使用されるのは、島で採掘される宝玉だ。紅色、黄金色、碧色と様々な玉を袋に詰めて持ってきてはいる。これを換金して使えればいいのだが。
「あの、これ」
袋をカウンターの上に置き、女将に宝玉をいくつか見せてみる。
「なんだい、こりゃ……っ! ち、ちょっとコレ……わ、悪いけどウチでは鑑定なんてできないから、宝石商のところで換金してきとくれよ」
良かった。女将の驚きを見る限りこの宝玉は人間族にも価値あるものらしい。ぶっちゃけちょっと不安だったし。
前金とのことだったが、すぐに換金してくる旨を告げて、連れだけでも先に部屋で休ませたいと言うと女将は素直に頷いてくれた。
女将に宝石商の店の場所を訊いて、全ての宝玉をこの大陸の通貨に換金してもらった。鑑定結果に疑いを持たなかったわけではないが、俺には相場のことなど全く分からないので、そこは疑っても仕方ない。
しかしまあ、まさか二百万セムにまでなるとは思わなかった。宿代を比較対象とすれば、一万回泊まれてしまう。ズッシリと重くなった金貨二百枚が詰まった袋を持ってすぐに宿屋へと戻り、女将への支払いを済ませた。
当分は金の心配はいらないだろう。一安心だ。
部屋に戻ると、変わらず彼女はグッタリとしていた。無事に帝都にたどり着いた時点で一緒に連れていく必要もなかったのだが、なんとはなしに宿に連れてきてしまった。
名目上は人間族の大陸を侵略しにきたのに、最初にしたのは人助けとか親父が聞いたらプッツンするな。さて、どうすっか……。
寝ている彼女に近づき、頬を引っ張ってみる。おお……予想以上に伸びる。
うりゃ、せい、とお。
「あ……」
「……?」
頬を引っ張られた状態のまま、彼女が目を覚ました。鳶色の瞳が見開かれ、自分に何が起こっているのかをなんとか理解しようと頑張っている感じだ。そうすること数秒。
「ぶ……」
ぶ?
「無礼者っ!」
ですよね~。
思いきり頬をはたかれた。それにしても偉く上品な怒り方をするもんだ。興奮する彼女を宥め、一応の事情説明を開始する。助けてやったのだから、そこは文句を言われる筋合いはなかろう。
「で……あんたは何で追われてたの? 誘拐とか?」
「……いや、深入りはせぬほうがいい。助けてくれたことは礼を言う」
深々と頭を下げられてはこれ以上は聞きづらい。まあいい、ややこしいことに巻き込まれるのはゴメンだ。
「それでは私は失礼する」
「まあ待てって、あんた名前は?」
「……フィリア」
「じゃあフィリア、飯ぐらい食ってけよ。もう二人分金払っちゃったし、もうすぐ持ってきてくれると思うから。女将曰く、このスーヴェン帝国の名物料理らしいぞ」
「……いや、悪いが」
とフィリアが言おうとした際、部屋の中に重低音が鳴り響いた。
「ま、まあ、どうしてもと言うのなら、いただこう」
やべえ、この子可愛いぞ。狙ってやってるんじゃないだろうな。
牛肉の香草焼きと牛乳たっぷりの野菜スープ、焼き立てのパンを堪能した後、今度こそフィリアは席を立った。
「なあフィリア、泊まってけよ。もう二人分払っちゃったし」
「断る。無礼者が」
にべもなく断られてしまった。まあしょうがないか。良いとこのお嬢さんって感じだし。それにしても、本当に綺麗だな。前世の道徳観念を捨ててしまえばどうなることやら。
「そっか、じゃあ、気をつけてな」
「……名は?」
「え?」
「そなたの名前は? 私にだけ名乗らせるつもりか?」
「俺はジーク。えーと、旅人かな」
「そうか。暇があれば城に来るがいい。少しぐらいは礼ができるだろう」
城の関係者……? やはり身分が高い人ってか。使えそうだな。
「ああ、そのうち行くかもな」
……さて、フィリアはさっさと行っちまった。
俺はしばらくの間、部屋の椅子に座りこみ、ただただ天井を見つめてやがて決心する。
部屋から出て、一階にあるカウンターで女将に質問をする。女将はにやけながら親切に俺へある情報を教えてくれた。情報料をサービスで支払い、礼を言う。
うん、これはご褒美だ。フィリアが寝ている間に不埒な行為などせず、ただ頬を引っ張るのに留めた俺に対するご褒美。そして微かな期待が泡沫となったことに対する慰めでもある。
俺の腰には金貨のたっぷりと入った袋。
目の前に広がるは夜の街。
さあ、冒険の始まりだ。
十八年振りに、俺はそれこそ獣のように遊びまくった。相手がもう限界だと音を上げるまで堪能しては次へ、この調子で店を渡り歩き、気づけばもう真夜中となってしまっていた。
やっべ、これ絶対明日は腰に来るわ。調子に乗りすぎた。
スーパー賢者タイムを発動しながら来福亭へと足を向ける俺は、少しばかり反省する。
やりたい盛りの子供か俺は。いや、肉体年齢的にはそうだが。
にしても、やはり人間族の女性はいい。
そりゃあ猫耳とかそんなのなら可愛いと思うが、魔族の様相はただ怖い。あれは萌えとかそういうのじゃない。威嚇してんじゃないの?
ほこほことした余韻を楽しみながら歩いている俺の耳に、あまり聞きたくもない野太いがなり声が聞こえた。
「よう兄ちゃん……随分派手に遊びまわってるみたいじゃねえか。ちょっと面貸しなよ」
「来ねえと痛い目に遭うぜぇ」
二人の男がゆっくりと近づいてきて、そんなことを言う。
夜の街は楽しい分、危険も少しはある。これは世界が違っても同じようだ。
どうするものかと思考しながら、とりあえず大人しくついていくことにした。
人気のない裏路地。こういう奴らってどこでもやること変わらんな。
「さあ、大人しく有り金全部出しな……でねえと」
台詞まで決まり文句かよ。
……俺は今さら人間を殺すのが悪いとかは思ってない。親父の教えはむしろそれを推奨するものだ。ただ無差別に殺そうと思うほどには前世のモラルが崩れていないだけである。
「やだなぁ、勘弁してくださいよ。金貨を一枚渡しますから、これで許してください」
「てんめぇ、フザケたこと言ってんな。全部だよっ!」
興奮した男がナイフを振り下ろす。威嚇……ではなく、それは俺の腕へと突き立てられる。
「大人しく言うこと聞けば痛い目に遭わずに……す――ぁ」
これは本当に魔法障壁さえ必要ない。ナイフの刃先はおそらくもう使い物にならないだろう。
さてと、もういいかな。ちゃんと最低限のモラルは守った。
男二人を無視して俺はさっさと歩きだす。眠たいし、来福亭に帰ろう。
「――ごめん、そういえばシロのご飯ってまだだったよな? 餌の時間だ……喰え」
「お、おいこらっ! 待ちやがっ――ぇれ」
闇の中、影から飛び出した白く巨大な物体が男の上半身にぶつかった後には、ただ虚空の暗闇があった。下半身のみが残された身体は、血を出す前に地面へと倒れ込み、赤い血だまりを形成していく。
もう一方の男は事態を把握してはいないだろう。何か奇妙な表情を浮かべたようだったが、相方の身体がどのような状態かを見つめた後、叫ぼうとする前に声は切り取られた。
裏路地を背にして歩き、もう一言だけ注意をしておく。
「食べ残しはだめだぞ、シロ」
そんな俺の声に、「ウォンッ」という了解の声が響いたのだった。




