復讐の誓い
これで一つ伏線回収かな、と。
ヒロイン……うん、ヒロイン再登場です。
「いやぁ、それにしてもこの前のヒュメル様との模擬戦、凄かったっすねぇ~。もう僕なんか最後は手に汗握ってしばらく動けなかったっす」
興奮しながら俺の周りをちょこまかと動き回るのは、赤毛の少年リックである。あの戦闘以来、さらに俺の評価が高まったようだ。式典用の礼装に着替えている横で「かっけぇ~」なんて声を漏らす姿はどうにも幼く見えてしまう。
あの模擬戦の後――何故か少しばかり怒っているフィリアに呼び出され、無茶なことをするなと言われてしまった。気持ちがやや昂ぶっていたので、つい「無茶をさせている原因はお前なんだが?」と言い返して泣かれてしまったが、どうにか許してもらえたのは記憶に新しい。
そして、ヒュメルと渡り合った俺は、位こそ騎士のままだが、フィリアを護衛する騎士の中で上位の扱いを受けるようになっている。さっさと上級騎士に昇格してくれてもいいんだけど?
まあ、爵位を与えることができるのは皇帝だけなので……今は無理っぽいが。
さて、何故に礼装なのか? それは式典に出席するからであって、その式典とは新規に配属される兵士の入城式と騎士に昇格する者達の叙任式を同時に執り行うものであるとのことだ。
かなり大規模な式典らしく、それにはフィリアも出席することになっている。俺は護衛騎士の代表として、出席するフィリアの護衛に選ばれたというわけだ。騎士の鎧にゴテゴテした飾り物がふんだんに使用された礼装に、マントまで装着させられている。
こんなんより、俺が最初に着てた服の方が実用的で着心地いいんだけどな。実際、黒鋼糸のローブの方が並みの鎧より防御力高いし。今は洗濯して私物入れの中に放りこんである。
「さて――行きますか」
式典の場所は謁見の間のため、フィリアとともにゆっくり歩きながら向かう。ゆっくり……というのは、フィリアを彩っている華やかで凝った豪奢な衣装は動くのに邪魔なようにしか見えず、事実邪魔なのだ。ゆったりと歩くだけで精一杯なのである。
だが……綺麗ではある。
「何か言いたそうな顔ね」
「いや……綺麗だぞ? 今の状態で好きにさせてくれると言うなら、金貨百枚は出す」
動きにくい衣装であるにも関わらす、こちらへ近寄ろうとするフィリアを、俺は制止する。
「おやめ下さいよ、フィリア様。礼装が乱れてしまいますよ」
「っく……この、どこまでも無礼なやつめ」
謁見の間の扉前にたどり着き、フィリアが一言だけ注意する。
「よいか、式典中は先程のような軽口は叩くでないぞ」
「私がフィリア様に無礼な発言など、したことがおありでしょうか」
それにフィリアは応えることはせず、無言で謁見の間へと進んだのだった。
――一言でいえば、式典自体はとても退屈なものだった。これから兵士として働くのだという意思を持った若者達を鼓舞するかのように、ヒュメルが長い演説を行い、皆がキラキラした瞳で憧れの念を宿していく。新鮮ではあるが、どうにも茶番に思えてならない。
兵士の方が大体五十人ぐらいか……ちょっと少ない気もするが、他の領地に配属される兵士は現地でこういった式に出席するのだろうから、こんなものか。
兵士への激励が一通り終わり、次は騎士の叙任式へと移行する。今回騎士に叙任される者は十名程度ということだ。
格式ばった誓いの儀式は俺がドレイク公からされたものと違い、どこか神聖な赴きさえ感じる。あのオッサン、略式って言ってたが、本当に略しまくりやがった。
数人の男が騎士の誓いを終え、式はつつがなく進行していく。平和なもので、俺の中で睡魔が鎌首をもたげて襲ってくる。
――しかし、次に皇帝イルミナの御前に向かう者の姿を見て、一気に覚醒した。
一瞬で睡魔の首が切り取られたのだ。
心臓を鷲掴みに、いや握り潰されるような驚きだった。余の心臓は三つあるとか格好良いこと言えればいいんだが、魔族だって心臓は一つだ。潰れれば死ぬ。
こんなくだらんことが浮かぶってのは、それが悪い驚きじゃないからの余裕だろうか。
あいつ……!?
懐かしい金砂を織り交ぜたかのような髪、紫紺の瞳、ぷっくりとした形の良い唇。そのどれもが、一時の感情を想起させるものだ。結局、あれから一度も会うことはなかったため、ここで会えたのは素直に嬉しい。元気にしていたんだな。
「……ぁ」
俺の横に鎮座しているフィリアが囁くように声を上げたようだが、すぐに黙る。
……どうかしたのだろうか。
とはいえ、なんでここに?
ああ、そういえば、あいつもソレが目的のための手段とか言っていたな。誰が対象か知らんが、やおら物騒な目的だったな。
が、こうして会えたんだ。こっちの手が余ってる時に何か手伝えることがあれば手伝ってやろうか。そう思えるぐらいには、俺はあいつに情を抱いてる。
懐かしい顔を視界に収め、俺はそんなことを思考していた。
だが、何か引っかかるのだ。こうして久しぶりに会えたのに、どうもそんな気がしない。
俺は……何かを見落としている? どこかで……。
途端、頭の中で一つの可能性が浮上する。ぶつ切りだったものが繋がるような不思議な快感と同時に、それが真実だった場合にこれから起こるであろう事態への焦燥感がない交ぜになって襲ってくる。
思わず声を漏らしそうになったのを留め、眼前の光景へと意識を戻す。
イルミナが誓いの剣を相手の肩に置き、儀式は継続されている。
よく見るとあいつの腰には見覚えのある剣が装着されていた。そりゃ俺が渡したものだからな。
が、その剣鞘の留め具は外れている。
今の俺には、それが偶然とは思えない。いつでも抜刀できるように意図的に外しているとしか。
俺が一歩踏み出すのと、誓いの言葉の代わりに叙任を受けようとしている者が声を上げるのは、ほぼ同時だった。
「イルミナ――――覚悟ッ!!」
不味いっ! 別に俺はイルミナが殺されようが一向に構わない。フィリアが悲しもうが、むしろ歓迎すべきことだ。だが、イルミナの側には奴が、ヒュメルが控えているのだ。
少し距離があるものの、奴の剣速にはそれで十分対応可能な間合いなのだ。あいつの剣がイルミナに届くことはない。防がれて殺されるだけだ。
あいつが行動を起こす前に、その可能性に思い至っていたことが幸いした。ヒュメルよりも一動作勝ることができた。
凝縮した風の塊を放ち、俺は一気に駆ける。
弾き飛ばされたあいつは、謁見の間の壁に身体をぶつけて意識を失った。ヒュメルが振り払う剣が、数瞬前まであいつの首があった箇所を通過するのを横目にしながら、倒れている場所へと駆け寄る。
謁見の間はざわめきに満ち、新参兵士達が事態を呑み込めずに騒いでいる。俺だってまだよく分かっていない。ここは一旦……
「陛下、ご無事でしたか。賊は捕えました。この者はひとまず牢屋へと運び、尋問すべきかと」
俺はイルミナに向かって膝をつき、恭しく述べる。この場を乗りきればなんとか――
「……よい、今すぐ殺せ。わざわざ尋問をする必要もなかろう」
イルミナの温度を感じさせない冷えた言葉が、投げかけられた。
「なっ――!?」
「陛下、私もここで殺してしまうのは得策ではないと……」
ヒュメルの進言にも、イルミナは言葉を撤回するつもりはないようだ。
怜悧な表情でこちらを見据えるイルミナの視線が、俺と交錯する。娘を殺そうとしている狂気を孕んだ冷酷な女性――イルミナ・シャロン・ドゥ・スーヴェン。
「う……っぅく……ああぁぁっ……そ、そなた……」
突如、イルミナが頭を抱え、苦しそうな声を上げ始めた。整った顔が歪み、こちらを睨んでくる。
いや、俺は何もしてないぞ?
「陛下っ、こちらへ」
……うむ、さっぱり分からん。
すぐさま玉座の奥にある部屋へとイルミナを連れていったヒュメルは、戻ってくるや事態の収拾にあたる。ざわめく室内を静め、俺の足元で気絶している者をひとまず牢屋へと運ぶように指示を飛ばしたのだった。
俺の頭の中で導かれた可能性――何故違和感を感じたのか? こうして会うのは実に二月と半ぶりなのだ。だが、フィリアを護衛するため私室に出入りする際、よく目に入っていたものがある。
フィリアの父――カーネル・クレイグの肖像画。
その優しげな表情はどこかフィリアと重なる部分がある。だが……その髪や瞳……面影に、俺は別の人物を重ねていたことに気付いたのだ。
そう、肖像画に描かれている人物は……こいつ――《エルナ》によく似ていたのだ。
お前の復讐相手――えらく大物だったんだな。
俺はエルナの身体を抱え上げ、謁見の間を後にした。
さて、イルミナさんの塩梅はどんな感じでしょうか。
どうやらジークを見ることでまた発作が起きたようです。
そしてエルナ……一体どうした。
ジークも、やはり人間ですね(魔族ですが)。見殺しにはできなかったか。
エルナが加わることで、また話が進みそうな気がします。
エルナは十九歳
フィリアは十七歳
カーネルおじさんが浮気したわけではないようです。
感想をいただければ嬉しいです。燃料タンク 10L/40L




