ヒュメル・ユーゴ
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ありがとうございます。拙い小説ですが、今後ともよろしくお願いします。
ヒュメルさん活動中。
ジーク……
あ~、ちょっとばかりやり過ぎたかなぁ……あのオッサンだって命令に従ってただけなんだろうし。でもまあ、最終的に殺さないといつまでも狙われるだけだからな……。
しゃあないか。
慰問先から城へと戻り、今は与えられている自室にある机の前で自身の行いを振り返っている。フィリアの護衛は交代の騎士と、フィリアの影に潜むシロが担当していることだろう。
あの時、シロとともに暗殺者を返り討ちにしたのはいいものの、期待していたような情報は何もなかった。得られたのは、気分の悪くなる一つのみだ。
「あんなのフィリアに伝えてもな~」
既にフィリアの護衛を開始して二月。やや情が湧いてきたというのは否めない。愛情ではなく、あくまで『情』だが。
あなたの母さんはやはりあなたを殺そうとしています。だけど理由も分からなければ解決の糸口を掴ません。こんなこと言ってどうすんだって話だ。だから、特に意味のない情報を教える必要はない。
それに、だ。イルミナが何を考えてるか知らんが、フィリアは決してイルミナを嫌っているわけではない。むしろ仲良くしたいと思っている。親子なんだから当たり前だ。
母親が自分を暗殺しようとしていることが仮に真実でも、自分に嫌われるような理由があるのならそれを直してでも話し合いたいと真剣に語られたときは、ちょっと感動した。ええ子やで。
だが、理由が分からなければ直しようもないし、そもそも殺そうとまでする娘と今さら仲直りなんてできると俺は思えない。が、それがフィリアの意向なのだ。
最初、逆にイルミナを俺が暗殺してしまえばと考えた。そうすればフィリアが次期皇帝に即位し、命を狙われることもなくなり、万々歳だ。勿論、それはフィリア自身に却下された。
母親を大切に思う気持ちは尊重するが、だからといってフィリアが殺されるなんてこと俺としては認められない。立場的にも、心情的にもだ。
それが大人しく護衛の任務を続けている今の俺の現状だった。結局のところ俺もドレイク公と同じく、ただ襲ってくる危険を回避する盾となるだけで、剣とはなれていない。
忠実に護衛の任務をこなし(時々夜に抜け出します)、ある程度は周りに俺の実力が認識され始めてはいる。魔力の武器化は見せていないが、それでもアイツ強いんじゃね? という評価を得られてきているのだ。
通常の兵士や騎士と違い、俺の任務はあくまでフィリアの護衛である。城内や帝都の警備、近隣の町村を脅かす魔物討伐というのは、基本的に俺の仕事じゃない。では何故俺の強さが認識され始めたかというと、定期的に練兵場で兵士や騎士の模擬戦が行われるからである。
まあ訓練の一環なわけだが、俺は今のところ全勝している。それもかなり圧倒的に。
勿論、俺ってこんなに強いんだぜ! ひゃっはーっ……というわけではなく、これぐらい強い人間がフィリアの護衛についています。あまり悪いことはしないでください、という全方向に向けてのアピールである。それがどのように伝わっているかは知らないが、少しだけ抑止力となってくれれば儲けものである。
「――……クさんっ……ジークさん!」
「おわっ!」
机に突っ伏して、思考の海の中をフワリフワリと漂っていた俺に声をかけてきたのは、護衛騎士に与えられる部屋の同室者――リックである。まだ幼い顔つきは俺よりも若い十六歳。赤毛の少年ともいえるコイツは、それでも剣の腕はなかなかのもので、ドレイク公が派遣した騎士だ。
とはいえ、ドロドロした内情のことを全てドレイク公から聞き及んでいるわけではないらしく、ただ『何があってもフィリア様を優先しろ』とだけ厳命されてここに赴任しているらしい。まあ、ポンポン人に言うような事情じゃないからな。が、他の護衛騎士の何人かは俺と同じく詳しい事情を心得ているのは間違いない。
このリック、俺が年上であるということと、強い、という点から妙に懐いてくる。悪い気はしないでもない。できれば女であって欲しかったぜ。そうすればわざわざ夜の――以下略。
「なにをブツブツ言ってんすか? 交代の時間っすよ」
「ああ、そうか」
馬鹿な思考を切り捨て、部屋を出てフィリアの私室前へと向かう。私室周辺は護衛の騎士が何人も巡回しているが、俺の役割は常に私室前の扉にて待機。
これは何もフィリアの近くに常にいたいとか俺が我儘を言ったわけではなく、フィリアの意向である。それなりに信頼されてきてるというわけだ、と思いたい。
扉の前に立つと、すぐに馴染みとなった声が響いた。
「ジーク、いるのか? 入室を許す」
その声に、俺の隣にいる騎士も苦笑している。視線が「いってらっしゃい」と物語っているのが分かってしまうほどだ。まあ、もう基本的な教養を身につけてしまっているお姫様は暇を持て余していらっしゃるんでしょうかね。
「失礼致します。何かご用でしょうか」
「あら、用がないと呼んではいけないの?」
後ろ手に扉を閉め、俺はフィリアの下へと近づく。ピンクパール色のドレスを上品に着こなし、亜麻色の美しい髪を結い上げている女性の姿を、一瞬で観察する。
うむ、侍女さん達GJ。
「それで、またどんな我儘を言う予定なんだ、フィリアは」
「ジーク、もしや私が部屋の外に出るという行為をとるだけで我儘だと考えていないでしょうね」
実際、そうなると護衛する手間が増えるのは確かである。城内ではそうそう危険なことはないけども。
「滅相もない」
「まあいいわ。ねぇ、この前教えてくれた乗馬の続き、教えてくれないかしら?」
「あ~……」
この前……というのは、あれか。俺が身を挺して凶矢からフィリアを守ったアレですか。あの時もさぁ、馬車の中で大人しくしてればいいものを、久しぶりの外出だからっていきなり馬に乗ってみたいとか言いだして、こちとらビックリだったさ。ちゃっかり狙われたし。
「言っておくが、あの時にフィリアが我儘を言わなければ、わざわざ俺が腕を怪我することもなかったんだぞ」
「なによ、あの時は慇懃な態度だったでしょう」
「あれは周りに他の騎士もいたからだ。大丈夫とは言ったが、本当は矢に毒が塗ってあったらしいからな」
「そ、そうなの!?」
「そうなのです」
「その、大丈夫なの?」
「鍛え方が違う。毒なんて大して効かないし。小さい頃から毒を持った魔物とじゃれ合うことを強制されたからな」
よくよく考えなくても、親父の教育は半端ねぇな。
「どういった環境で育ったのか興味深いけれど、それだけ丈夫なら少しぐらい大変な目に遭っても問題ないでしょう。だから……ね」
上目遣いでお願いしてくる。
コイツいつの間にこんな高等技術を……まあ、城内にあるだだっ広い庭園を馬で散歩するぐらいならいいか。他の護衛騎士も何人か付いてくるだろうし。所詮、騎士達は姫様の命令に逆らえないからな。
「なあ、フィリア。別に室内でも乗馬の練習はできるぞ」
「あら、それは初耳ね。どうやるの?」
ああ、純真過ぎるってのも困りもんだな。
「そうだな……まずは俺がそこにあるベッドに寝転がる」
「ふむ」
「そんでもって、次にフィリアもベッドにインする」
「……それって、つまり……?」
「俺が馬になってフィリアが乗るってことさっ! いい汗流そう」
爽やかに言ってみる。
「……ぶ」
くるか。
「無礼者がっ!」
「ふぅっ」
リバーブローが綺麗に入り、俺は少し沈黙する。何気に最初の頃より威力が上がっている気がする。勿論、俺はフィリアとそういった行為に至っていない。まあ、こういったやり取りも面白くていいものかもな。当分は店で馬になったり乗ったりして発散することにしよう。
そんな馬鹿なやり取りをしていると、不意に扉をノックする音が室内に木霊した。護衛騎士達は基本的にフィリアが何か呼ぶまで待機だ。となれば、来客ということになる。
俺は素早く扉の側へと移動し、姿勢を正す。
「誰だ?」
フィリアの声に返事をしたのは、聞き覚えのある男のものだ。
「ヒュメルにございます。フィリア様、よろしいでしょうか」
それに対し、俺の身体を緊張の糸が蝕んでいく。ヒュメルはイルミナの懐刀であり、もっとも信を置いている男だ。イルミナが行っている凶行を知らぬはずがない。わざわざ何をしに来たんだ。
「よい、入れ」
「……失礼致します……ほぅ、やはりこの者をフィリア様が信頼しているという話は本当でしたか。普段から室内の警護をさせるほどに重用されるのは騎士として嬉しい限りでしょう」
どこか白々しいような台詞に、俺は油断なくヒュメルの言葉に耳を澄ます。
「そこにいるジークのことか。うむ、腕の立つ良い騎士であることは間違いない」
あ、性格は褒めないんだな、フィリア。
「そうですか。喜ぶべきことですね。本日伺ったのはフィリア様に御用ではなく、実はそこにいる騎士に話がございまして」
「一体どのような用事なのだ」
「直接お話しさせていただいてもよろしいでしょうか」
「……構わぬ」
フィリアから了解を貰い、ヒュメルは俺の方へと向き直る。改めて見ると、聖騎士だけあって中々貫禄あるよな、このオッサン。
んでもって、多分かなり強い。魔力はそんなに感じられないが……鍛えられた身体から発せられる威圧感が半端ない。油断してたら次の瞬間首と胴がサヨナラってことになりそうだ。
「君がジークか。他の騎士からも強さは聞き及んでいるぞ」
「まだまだ若輩者ものですが、フィリア様を誠心誠意お守りさせていただいております」
「謙遜するな。つい先日も賊の襲撃からフィリア様をお守りしたと報告は受けている」
「あのような下賤な賊、フィリア様に触れさせるべくもありません」
はっきり言って俺はかなりムカついている。こいつがあの暗殺者達を知らぬはずがないからだ。裏の仕事を任せている部下だか何だか知らないが、少しぐらい溜飲を下げさせてもらいたい。
「しかし、賊の遺体はどうしたのだ。何者か調べる必要もあったのだが、後日に調査させたときには報告の場所に何もなかったそうだが」
「私の任務はフィリア様の護衛です。賊は全員始末しましたが、その後すぐに町へと出立しました。遺体が無かったのなら、野犬や魔物に喰われたのではないでしょうか」
全員殺した、という言葉に、ヒュメルはわずかに眉を潜めた。
「……そうか、いや、御苦労だったな。ところでだ、今日は君が模擬戦で負けたことがないという話を聞いて、頼みがあって来たのだ」
「と、言いますと?」
「――私と手合わせしてもらおう」
次回は模擬戦でしょうか。
そして少し懐かしい人物も登場するかもしれません。




