イルミナの真意
まさかの展開(MKT)
これちゃんと回収しないといけませんね。
色々広がりましたけども。
それにしても、イルミナさん怖い。
帝都スーヴェンの中心地にある豪奢な城――その内部は個々が芸術品である調度品に溢れ、荘厳でさえある造りとなっている。
磨き上げられた大理石で建築された貴賓を招くこともできる大広間、さらに奥の間には深紅の絨毯が敷かれ、現皇帝と謁見することができる空間が広がっている。
その謁見の間のさらに先、玉座の裏側に皇帝の私室が存在していた。皇帝付きの侍女であろうと許可なく立ち入ることは禁じられており、皇帝イルミナの許可を得た者のみ入室することができる。
現在この部屋へ常時入室できる者は、皇帝イルミナ本人、そしてイルミナに忠誠を誓っている聖騎士ヒュメル・ユーゴの二人だけだった。
採光用の窓からは月明かりが漏れ、天蓋付きのベッドの上で枕に頭を投げ出しているのは、皇帝イルミナである。
娘であるフィリアと同じく、栗色の髪に鳶色の瞳、三十代半ばという年齢ではあるが、その顔にはまだ若さの名残が見られる。娘を産んだのは今のフィリアぐらいの年齢だったろう。夫を亡くした妻が人生を一人で過ごすことを決意するには、まだ早いといえる年齢だ。
――それが一般人で、しかも自ら夫を殺した者でなければの話ではあるが。
そしてイルミナが寝ているベッドから少し離れた壁の前で佇んでいる男が、もう一人の入室者である聖騎士ヒュメルだった。
銀髪を短めに刈り込み、ところどころに傷がある顔は長く戦場に身を置く者の覇気を纏っているようで、茶褐色の瞳には強い輝きが宿っている。歳はイルミナと同程度だろう。
「それでは――報告してくれる?」
問うた声に、ヒュメルが応える。
「申し訳ありません。今回も失敗に終わりました。報告する者もおらず、現場を調べた際に微かな血痕が残っているのみでして……フィリア様は慰問先の町へと到着されたとのことです」
「また失敗……我が娘ながらしぶといものね。さっさといなくなればよいのに」
およそ娘に向けるものではない言葉を、イルミナは淡々と口にした。
スーヴェン帝国の第一継承権は女性にある。そのため、フィリアが産まれた時点で次代皇帝はフィリアに決定しているのだ。女児が産まれると最善の注意を払って慎重に育てられ、継承権争いを防ぐためにも、多く子を産むことは推奨されない。もっとも、万が一に病に罹患して命を落とす危険性もあるために二児を儲けることもある。
だが、イルミナが産んだのはフィリアのみ。しかしそれは二人目を産みたくなかったということが根本的な要因であろう。
夫であったカーネルに対して、イルミナは欠片ほどの愛情も持ち合わせていなかった。自分の腹を痛めた子であるにも関わらず、それは娘に対しても同様だったのだ。二人目など、産みたくもないという気持ちが本心だった。
(元はといえば、あいつのせいよ)
先代皇帝であるアイリは、イルミナにとって憎悪の対象でしかない。もっとも、既に亡くなっているためにどうすることもできないのだが。
もう随分と昔の話になる。イルミナがまだ幼かった頃、仲の良い男の子がいた。切っかけは元老院議員が自らの子息を次期皇帝と懇意にさせたいと考えた浅ましい理由から始まったものだったが、二人はとても仲が良く、ともに遊び、笑い合い、他愛もない会話を楽しんでいた。
イルミナが相手の男の子に好意を持っていると認識したのは、まだ少女の頃。
ママゴトのような遊びの延長線上ではあったが、告白したイルミナに対し、少年もそれに応えた。
『ボクがキミをまもるよ。ずっと……ずっと……なにがあってもまもるから』
そんな遠い記憶が脳裏に蘇り、イルミナは口の端を微かにもちあげて嗤った。
その少年の言葉に涙を流して喜んだイルミナは、それから一層少年と仲良くなっていった。好意という気持ちが《恋》へと変化し、イルミナもまた少女から女性へと成長を遂げようとした頃――皇帝アイリから見知らぬ相手との結婚を申し渡されたのだった。
相手は亡き夫であるカーネル・クレイグ。
ガイラル王国との交流をより発展させるためだと、半ば強制的に組まれた話であった。当然のことながら、イルミナはこの話を断ろうとした。
自分は自分の好きな相手と結婚すると決めていたからだ。
ただ、この機会を利用して、ちょっとしたイタズラ心だったのだが、幼馴染の青年が自分のことを愛してくれているであろうことを確認したくなったのだ。
もしも自分に結婚の話が寄せられていることを知れば、どういった反応をするか、それが楽しみだった。
だが、後日イルミナの恋焦がれている青年が登城し、言ったのは
『あなたはガイラル王国の皇子と結婚するべきです』
という一言だった。
後で分かったことだが、当時の皇帝アイリは強引な性格も相まって、現皇帝イルミナよりもかなり強い権力を有していた。幼馴染の青年の公爵家に圧力をかけ、無理やりにそう言わせたことを知った時には、既に遅かった。
放心状態のままのイルミナは流されるままとなり、結婚を止めることは叶わなかったのである。
それ故、イルミナはずっと後悔してきた。どうしても愛情を持つことができない夫と娘。それが到底人間の道から外れていることと知りながら、イルミナは戻ることのできない道へと足を踏み入れたのだった。
今さら、夫を殺してしまった今さら、戻ることなどできはしない。
娘を殺し、やり直すという道しかない。
自分が本当に愛する男性と結ばれ、その子供が皇帝となる。まだ、間に合う。
狂気に満ちた嗤いを浮かべ、イルミナはベッドの上から目の前の男へと声をかける。
「まあ、いいでしょう。ですが次こそ結果を出すように」
イルミナの言葉に、ヒュメルは静かに首肯した。
ヒュメル自身、この行為が正しいものでないことは十分理解している。だが、それでも、目の前の女性の言葉に何かを言うことはない。
「ふふ……大丈夫よ。失敗したとしても、私があなたを罰することなどないのだから」
「はい」
「あなたがあの時、本当の気持ちを言ってくれていたら……今頃どうなっていたでしょうね」
イルミナが幾度となく、ヒュメルに言ってきた言葉だ。
これに対するヒュメルの言葉も、また寸分違わず変わらぬものである。
「今度こそ、私はあなたをお守りします。これから何があろうと、ずっとあなただけを」
その言葉に満足したのか、イルミナは微笑みを浮かべ、横になろうとした。
「――痛っ……」
「どうなされました!? また例の発作ですか」
頭を押さえて呻くイルミナに、ヒュメルが駆け寄る。このような突然の発作が、イルミナの身に二月ほど前から数回起こっていた。
「違う……違うのよぉっ! 私はっ、あなたがどう思っているかを知りたくて……そんなつもりじゃなかったのよっ。なんでそのまま死んじゃうのよっ! 嫌ぁ……嫌ああああああああああぁぁぁぁぁぁっ!! ……マサ……ト」
「落ち着いてくださいイルミナ様っ。私は死んでなどおりません。ここにおります。どうか、お気を確かに」
イルミナが叫ぶ内容から、自分が原因であると感じているヒュメルは、苦い感情を胸に押し込め、呼びかけを続ける。
「は……ハア……はあ……ヒュメル……ごめんなさい。私、また変なことを叫んでいたのね」
「いえ……」
落ち着きを取り戻したイルミナは、だが肩を震わせたままヒュメルの手を握り続けている。
「ねえ、ヒュメル。お願いだからこのまま一緒にいてくれない」
「は、しかし……」
「お願い」
その言葉に、ヒュメルは断ることをしない。もう何度か、こういったことを繰り返している。イルミナの身体を優しく抱きしめ、ヒュメルは先程の発作について思考する。初めての発作は二月前。そのときに何があったか……。
そういえば、ちょうどあの厄介な男がここへやってきたのもその頃だった。関係はないと思うが、奴は自分にとって邪魔者でしかない。
――さて、どうしたものか。
一瞬、ヒュメルの顔に殺気が混じり、それはすぐに夜の空気の中へと溶け込んでいった。
さて、今後どうなっていくのでしょうか。
ついにジークに匹敵する強さを持ったヒュメルさんが動くようです。(もっと早く動けよw)
次回はまたジーク視点のお話になるかと思います。
感想いただければ燃料にします。




