ある日常の風景
割込投稿での補足的な話となります。
さっさと本編を進めろと言われそうです。
本編もちょこちょこ書き溜め中。もうしばらくお待ちください。
ちなみに、最新話である「打算なき感情」10/4 21:00にかなり改稿しています。まだの方はご覧ください。
フィリア視点での日常です。
スーヴェン城の一室、フィリアは机に並べられている書物の束に目を通していた。
フィリアは幼い頃より次期皇帝候補としての知識や教養を身につけるべく教育を受けた。
基本的な座学を学んだ後は、実践である。
元老院議会は月に一度の頻度で開催される。急を要する案件が発生した場合はその限りではないが、基本的にはその場に他の領地を治める元老院議員が参集するのだ。
勿論、その場には皇帝イルミナも出席し、今ではフィリアも政務を学ぶ良い機会として出席を許されている。
議会では、様々な意見が提起される。
例えば、領地を治める領主は一定の税を帝都に納める必要がある。交易が盛んなフォード領は幾分税率が高く設定されており、逆に農耕や畜産が主産業の領地においては、税率を低くする代わりに農作物や家畜などを輸出する際の適正価格をこの場で取り決めたりもする。
各々が自治領を豊かにするために意見するため、一つの事案が纏まるまでにかなりの時間を要することもあった。
最終的に纏まった事案を皇帝イルミナが裁可し次の議題へ、といった具合である。
フィリアが自室で眺めていたのはそれら議会の記録である。これらの内容から、次の議会までにフィリア自身の意見を述べるように言われている。
税率の数値的分析、領土権の問題、兵士や騎士の配備数、魔物の被害への対策と復興支援などなど、一朝一夕に答えが出せるものではない。
悩めば解決するものではない、と書物を閉じ、フィリアは椅子の上で控えめに身体を伸ばして一息つくことにする。
あの男は私のことを「暇なんだろう?」などと言ってくるが、こう見えてもそこまで暇なわけではない。
空いた時間を有効的に使っているだけだ。
もっとも、空いた時間の多くをあの男への注文に使っているため、向こうにとってはそう映るのかもしれないが。
そんなことを考えながら、フィリアは一人の騎士の名前を呼んだ。
しばらく経ってから部屋へとやってきた騎士は恭しく挨拶をしてから、すぐに砕けた口調へと変わる。自分から言い出したことだが、よくもまあ王族にここまで自然に接することができるものだなと呆れ半分、感心半分でフィリアはその男――ジークを観察する。
この男が持ちかけてきた条件を聞いた時には驚きもした。だが興味を持ちもしたのだ。
信頼しているドレイク公爵から父親の死についての真相を聞かされたフィリアは、気丈に振る舞ってはいたが、心の底では震えて、怯えていた。
それが真実であると信じたくなかったが、自分も狙われているという可能性は拭いきれない。この前の襲撃事件とて、偶然だったと判ずることができるほど楽観的にはなれないのだ。
そんな中、少なくとも目の前の青年はあの状況下で自分を救ってくれた。そして、何が相手でも守ってくれると言ったのだ。年齢も近く、短期間で本当に騎士になって目の前に現れたこの男のことを、フィリアは徐々に信頼し始めていた。
「どうした、何か用があったんだろ? それとも俺の顔が見たかっただけか?」
そんな軽口もすでに慣れてきているが、どうもこの男には王族を敬うという精神がないらしい。いつものようにボディーブローを放つことで黙らせる。
「ぐ……ふ……」
大げさにしているが、それはほぼ演技だ。護身術の心得があるフィリアの一撃はなかなかのものだが、この男が本当に痛がっているようには見えない。
とまあ、こんなやり取りを事あるごとに繰り返しているのだった。
それでも、ジークが冗談の一線を踏み越えてくることない。『子供を儲ける』というのは、フィリアがジークを認めた際のことで、その決定権はフィリアにある。
ジークはフィリアが次期皇帝としての立場にある限り、時には文句を言いつつも実直にフィリアの護衛を務めているのだった。
フィリアの身の内には、まだ一線を引かれていることを寂しいと思うほどの感情は発生していない。今はただ、自分のことを守ってくれる信頼のおける人物が側にいるという安心感が、フィリアの心を満たして余裕を与えてくれていた。
「ねぇ、ジークは魔法が得意なのでしょう。護身用に何か魔法を教えてくれないかしら」
気分転換というのが本当の理由なのだが、その言葉にジークが悩むような顔をする。
「なんか、誰かにも同じようなこと言われたな……ちょっといいか?」
言って、ジークがフィリアの手を軽く握る。次には腰、肩、頬や額に触れていく。本来であれば突き放すところではあるが、魔法の素養があるのかを調べているのだろうと、大人しく従った。
「う~ん、やっぱり魔力が少ないな……これじゃあ護身にならないと思う……」
「いいから、興味があるの」
やや強引に押し通し、室内では危険ということで場所を城の庭園に移動する。丁寧に整備された広い空間は、何かの練習をするにはもってこいの場所だった。
さすがに城内でそう危険なこともないだろうということで、護衛はジーク本人と若いリックという騎士だけだ。
「フィリア様が魔法の練習っすか、僕にも教えてもらいたいっす」
ジークの隣で辺りを見回すリックがそんなことを言った。
フィリアといえば、ジークの説明を受けた後、今は必死に魔法の練習中である。
単純な魔法というのは、大気中に存在する炎精や風精、水精に雷精といった精霊に自分の魔力を分け与え、方向性を与えてやることで発動する。
そのため、まずは自分が持っている魔力を外に放出することを学ぶ必要がある。これが以外に難しいようで、フィリアは苦労しているのだった。
「ねえジークさん、僕も魔法使えたりしませんかね?」
「ん……ああ、無理だな。お前はそもそも魔力がほとんどない。やるだけ無駄だから諦めろ」
「そ、そんなぁ……ひどいっす。魔力の有無なんて、見ただけで分かるもんなんすか?」
がっくりと肩を落とすリックがそんなことを言った。
「ああ、大体分かる」
触る必要など、ない。
その会話を聞き逃さなかったフィリアが、ジークを呼びつける。
「ジーク、そなたに言いたいことがある。後でもう一度部屋に来るように。よいな」
「……畏まりました。それでフィリア様、魔力の放出は成功致しましたか?」
「うむ、教えてもらった通りにやっておるが、なかなか難しいな……」
――結局、その日は成果は得られぬままに練習を終えた。
「ひどいっす……あんまりっす」
まだショックから立ち直れないのか、リックはしょんぼりしていたが「剣術は凄いんだからそっちで頑張れ」とジークに励まされてなんとか希望を見つけたようである。
フィリアは、そんな様子の二人を見てクスリと笑みを漏らした。
――このような平和な日常がずっと続いてほしい。
私室へと戻ろうとするフィリアの顔は、魔法の習得はなり得なかったが、どこか晴れ晴れとしたものだった。
エルナとフィリアのWヒロインが、ややエルナに天秤が傾いてそうなので、肉付けしました。
それでも勝てそうにありませんが。




