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騎士の心得

ジーク君には騎士としての何かが欠落していますね。



 どうやら今度は読み違えなかったようだ。もっとも話を鵜呑みにするつもりはないが。

 にたりと笑みを浮かべたドレイク公は椅子に深く座り直して息を吐いた。


「今度は正解だ」

「それが真実だという証拠はあるんですか」

「物的証拠は、ない」


 空になったカップに紅茶が注がれ、ドレイク公は話を続けていく。


「さて、勘違いの原因となったフィリア様襲撃の件についてだが……あれは無論ワシのやったことではない。カーネルが殺されてから、ワシは元老院議員の立場を利用し、フィリア様の護衛はご自身で信頼できる者を選ぶべきだと議会で主張した……何かと苦労はしたが、今ではフィリア様の護衛はワシの息のかかった者となっている」


 あの二人いた護衛はこのオッサンの配下ってことか。そりゃあ筒抜けだわなぁ。


「よくフィリア様に信頼していただけましたね」

「結婚後においても、カーネルは生前に何度もガイラル国へと赴いていたからな。その際、小さいフィリア様も一緒におられたからワシのことは良く知っておられる」

「なるほど」

「そのため、城内での干渉は難しいと考えてあのような襲撃に至ったのだろう。カーネルの死で、ガイラル国とスーヴェン帝国の交流は些か不和が生じたのは間違いない。フィリア様は二国を取り持つかたちで定期的にガイラル国を訪問されているため、そこを狙われたと考えておる」

「ということは……野盗に扮していた奴らは、ドレイク公爵とは無関係ということですか」


 一歩踏み込んだ質問だが、ドレイク公は別段不快には思わなかったようで、当然だとばかりに息巻いた。


「護衛についていたのはワシが用意した騎士だ。一人瀕死の状態で報告を持ち帰った者の話では、あれは野盗などではない。訓練された兵としか思えん」

「同感です」


 その点においては、俺も感じた通りだ。


「フィリア様を助けてくれたこと、礼を言うぞジーク」


 ふたたびにやりと笑うドレイク公。ん? このオッサン、俺がフィリアを助けたこと知ってるんだよな。そりゃあの護衛騎士から筒抜けなんだろうけど、それなら初めからもう少し俺のこと信頼してくれたってよかったんじゃ……やっぱ喰えねえオッサンだ。


「その、襲った奴らの死体から皇帝に繋がるようなものはなかったのですか?」

「ない。……万が一それを皇帝が指図していたと判明しても、どうとでも言い逃れはできる。なにしろ相手は腐っても皇帝だからな。無論、咎の無い王女を殺せば元老院議会で追及されることになるし、ガイラル国からも抗議が殺到するだろうから、暗殺が望ましいのだろう」


 なんだよ。じゃあどうしろってんだ。


「だから、今のところワシにできることはフィリア様をお守りする騎士を育てるぐらいしかないのだ」


 ふむ……しかし、イルミナはなんでまたフィリアを殺そうとするのかね。政略結婚とはいえ、自分の娘を殺すっていうところが根本的に理解できん。


「皇帝がフィリア様を殺そうとする理由に心当たりはありますか?」


 すぐに答えが返ってくる。


「カーネルを殺した理由と一緒にこっちが教えてほしいぐらいだ」


 それは皇帝自身しか分からない、か。


 考えても仕方ない。ドレイク公の下で騎士になればフィリアの護衛に回してもらえるのなら好都合。フィリアにも色々と訊いてみたいしな。

 さて、騎士になれるのはいいが、このオッサンを信じてもいいもんかな。


「一つ、質問させてもらっても?」

「構わぬぞ」


 返事をしたドレイク公には申し訳ないが、俺が質問したいのはお隣のレヴィにだ。それを察した向こうも改めてこちらへと視線を向けてくる。


「レヴィさんは、エルフですよね? なんでドレイク公に仕えてるんです? エルフって基本的にアーシャ大陸に住んでるはずですよね」


 見たとこレヴィはドレイク公の側近だ。上司の客観的評価は部下で判断できるってのはどの世界でも同じだろうからな。こいつを掘り下げていくことにしよう。隣に本人がいるとはいっても、吐く言葉が嘘か本当かぐらいは分かるつもりだ。(まあ勘違いしてたけどね)


「分かっているんでしょう?」


 ……何が?


「私はハーフエルフです。エルフの髪は金色……私の髪は茶褐色です。耳もエルフほど尖ってはいません」


 生憎とそこまで世間に詳しくないもので。


「ハーフエルフはエルフにも属さず、人間にも属さない……中途半端な存在なのですよ。特にアーシャ大陸では迫害が酷く、疎まれる存在でした。ついには無理やり奴隷とされてここエウメネス大陸に流れ着き、地獄のような生活でしたね」


 お、おう。思ったよりもずっと暗い話が飛び出たんだけど、これどうしよう。聞いたら不味かったんでないか?


「私は死ぬ一歩手前のところでドレイク公に拾われ、育てていただいたというわけです。私にとっては恩人ですね」

「気にすることはない。使える手駒が欲しかっただけだ。ハーフエルフは優れた魔力にくわえ、肉体的にもエルフより勝っているとされているからな。興味があったのだ」


 せっかくの良い話にドレイク公は自ら水を差した。

「いいえ……私は、恩人と思っておりますよ」


 レヴィの顔はひどく端正であり、表情の変化はあまり感じられない。だが、その一言だけは、確かな暖かみを含んだものであった。

 もうさぁ、俺ってやっぱり騙されやすいのかもしんない。

 ……信じますよ、信じればいいんでしょ。こんな人情劇、見てらんない。


「ドレイク公爵。もし許されるのなら、私を騎士に叙任していただけますか。是非フィリア様の護衛にしていただきたく」


 そんな俺の返答に、ドレイク公は頷き、騎士の一人に合図をした。


「そうか。ならば叙任は略式でさっさと済ませてしまおう」



 ――早速といわんばかりに、儀礼用の騎士剣が用意される。それを俺の肩へ――反対の肩へと洗礼の儀を終え、一声だけドレイク公が発する。


「そなたの剣を――誰に捧げる」

「勿論――フィリア・シャロン・ドゥ・スーヴェン様に」


 よし、噛まずに言えた。

 あれ? 当然だと思っていた名前を挙げたのだが、些か周りの皆の視線が痛い。なんか間違ったこと言ったっけ?


「……一応、ワシが叙任するんだが?」

「公爵様がフィリア様のために私を駒として使われる限り、同じことです。何か問題がおありでしょうか?」

「いいや、問題ないな」


 今度こそ、ドレイク公は満足気な顔で首肯して、騎士の叙任を終えた。




「――それにしても、まさか二ヶ月ほどで騎士になった上に、ドレイク公の肝いりで現れるとはな。少しばかり驚いたわ」

「恐悦至極にございます」


 フィリアの私室で跪き、騎士の白銀鎧を身にまとって頭を垂れ、未だに慣れない敬語で俺は挨拶を述べる。勿論、公式なお目通りは皇帝イルミナがいる謁見の間で一度あったのだが。


「面をあげよ」


 栗色の光沢ある髪に鳶色の瞳……やはりイルミナとフィリアは親子だよなぁ……まさか実の娘じゃないのかも、などと思ったが外見的にも記録的にもそんなことはなく正真正銘の血縁だった。


「どうした、私の顔に何かついているか?」

「いえ、ところでフィリア様……件の提案は受けていただけるのでしょうか」


 まさか、ここまできて断ったりしないよな。


「そうだな……そなたは私を守ってくれると約束してくれるか?」

「はい」

「私のいうことはどんなことでも聞いてくれると?」

「……はい」


 おいおい、あんまり調子に乗ってると押し倒しちまいますぜ、奥さん。


「じゃあ、受けてあげる」


 言って、クスクスと笑う少女はくだけた口調で返答した。今までのどこか堅いものではなく、歳相応の少女のようなやんわりとした笑顔をこちらに向けてくる。ちなみにフィリアは十七歳で俺より一つ年下である。

 っく! なんだこの可愛い生物。


「えーと、二人でいるときは敬語である必要はないんでしたっけ?」


 今、室内にいるのは俺とフィリアだけだ。もう一人の騎士は扉の前で見張りをしてくれているため、不敬罪になるとかいう心配はない。


「守りはするが、そのためにフィリアの我儘を何でも聞くわけじゃないからな」

「あら、失礼ね。私はそんな我儘ではないわ……ねぇ、どうやって騎士になったのか聞かせてくれない?」


 フィリアは基本的に城内から出ることはないため、ぶっちゃけたところ暇、なのだそうだ。そのために外の話に非常に関心があるらしい。勿論俺は話したとも。


 魔物を討伐しに森を探索し、バッタバッタと敵を薙ぎ倒し、時には何人かの討伐者と手を組んで魔物と相対し、最後には巨大なヒュドラと渡りあった戦闘についても身振り手振りを加えて話してやりましたとも。


 ……エルナのことについては一切触れておりませんが、それが何か?


 興味津々といった風に瞳を輝かせているフィリアだったが、ヒュドラとの戦闘には特に驚いたようだ。「さすがにそれは嘘でしょう」とか言ってるので、今度何か証拠でも見せてやろう。


 フィリアに隠す必要はないと判断し、シロについても一応紹介をしておくことにした。驚かないように注意をしてから、そっとシロを影から呼び出す。


「ふわぁっ……!!」


 と、微かに声を上げ、しかし恐怖するわけでもなく、フィリアはシロに近づき……


 ボフンッ!


 顔を毛皮の中へと埋めた。何か……似たような反応をした奴がいたな。なんだよ、シロ大人気じゃねえか。軽く嫉妬すんぞ。


「もふもふ~」


 最高級の毛皮を楽しんでいるフィリアを引き剥がし、シロには影の中に戻ってもらう。べ、別に嫉妬したわけじゃないんだからね。


「でも、もしそれが本当なら、私は母様と同じぐらいに安全と思っていいのかしら? ヒュドラと単身で向き合えるような人間は、ヒュメルぐらいだと思っていたから」


 フィリアが毛皮の余韻を楽しむように頬を緩ませ、そんなことを口にした。


「誰だ? ヒュメルって?」


 フィリア曰く、ヒュメル・ユーゴはスーヴェン帝国随一の騎士だそうで、肩書き的には聖騎士の位にあるそうな。剣の腕は並ぶ者なし、過去にSSランクの魔物をほぼ一人で討伐したこともあるという。


 そして……聖騎士であるということは、皇帝唯一の剣となり盾となることを誓った者であり、それは常に一人しか存在しない。何よりも皇帝の安全を優先し、命令を実行する。


 そういえば……イルミナに謁見の間で会った時に、なんか側にいたな。銀髪の男が鋭い目つきでこっちを見据えていた気がする。あれか? 

 まあ、俺だって今のところフィリアの安全を何より優先するつもりである。勿論皇帝よりも、だ。


「安心しろ、しっかりと守ってやるから……その代わり……」

「なにか?」


 いやね、なんというか、ここ数日の間、溜まりに溜まってるわけでして。もうね、なんていうか我慢が限界に近づいているわけです。

 その上、こんな狭い密室で将来を誓った美しい女性と二人きり、これは拷問に他ならない。ドキがムネムネである。


「ものは相談なんだが――成功報酬の前払いとかって……無理か?」

「前払い……? というのは……」


 何を言っているのか理解できないといったフィリアだったが、俺の視線がフィリアの顔からやや下方にシフトしていることに気付くとやっと理解したらしく、顔を赤らめてからこちらへとチラリと視線を向け、微笑む。


「――この、無礼者がっ!」


 ですよねっ!




 さて、こんな馬鹿なことをやっているわけにもいかない。フィリアにはいくつか訊いておくこともあるからな。俺は頬をさすりながら話を再開する。


「それで、フィリア自身は誰から狙われているかは、知っているのか?」


 その言葉に、柔らかな笑みを浮かべていた表情が曇るのは一瞬だった。色を無くしても美しいと思える顔が、泣きそうにクシャリとなってしまう。


「ドレイク公が教えてくれた内容は、たぶん正しいのだと思う。父様は私に優しくて……亡くなってしまった今でも暖かな温もりを感じることができる。でも……母様が同じように私を愛してくれているかは……自信を持って頷くことはできない」


 涙で滲む瞳を、それでも流すまいと努力する姿はどこかいたましく、俺はフィリアの視線の先にある壁に掛けられた肖像画へと目を向ける。


 描かれているカーネルの顔は、優しくフィリアを見守っているかのようだ。どことなく誰かに似ていると感じたが、目の前にその娘がいるのだから当然かと、意識を切り上げる。


「それでも、私は母様を信じていたい……」


 そう小さく囁くように声にしたフィリアの頭を軽く撫でてやり、俺も覚悟を決める。


「ちょっとやる気、出てきた」

「……しっかりお願いね」


 さあ、こんな湿っぽい空気を吹き飛ばして任務をこなしてやんぜ。


「なあ、フィリア……ちょっと、ちょっとだけでいい。一回だけでいいんだ」


 いやね、これはちょっとした冗談で、笑わそうとしたんだ。何もそんな怒ることはないじゃないか。

 今度は横腹を強く殴られた。もちろんグーでだ。器用に鎧の隙間を狙ってきやがった。


 はぁ……エルナどうしてっかな。こんな状態で夜の行為だけのために会いに行ったら、それこそこんな一撃じゃ済まなさそうだ。


 くそぅ、また歓楽区のお世話になるか。基本的に護衛する騎士の部屋は城内に用意されているため、見張りを交代した時にシロをフィリアの影に潜ませてから単身抜け出すようにしなけりゃな。他の奴らだけだと護衛として不安もあるし。


 俺の騎士としてのフィリアの護衛は、こうして開始されたのだった。


さて、次回は少し視点を変えて書くつもりです。

何かが分かるかもしれません。


読んでいただき、ありがとうございました。

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