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転生しました

 あり得ない。


 あり得ないよマジで。なんなの。


 夜更けの高速道路でアクセルを強めに踏み込んで、心中穏やかでない俺は自分に降りかかった出来事を思い起こす。


 大学時代から付き合っていた彼女と結婚を意識するようになって三年。ちょうど社会人になった時にお互いが結婚を意識し、そこから俺は結婚資金やらなんやらを必死に溜めようとブラックな残業百五十時間オーバーという暗黙の法律違反を犯しながら頑張ってきた。


 やっと纏まった額も溜まり、正式なプロポーズを敢行したのがついさっきだ。


 もちろん答えは《Yes》と思っていたのは俺が馬鹿だったんだろうが。


 答えは《No》


 なんで? Why? 一周まわって遠回しのYesってこと?


 石化した俺の前で淡々と話を続ける彼女が言った内容は今になってようやく頭の中で理解が進んでいるところだ。


 曰く、俺が貯金に執着し過ぎて彼女を放置していた。そりゃあ残業ばっかであんまり会う時間を取れなかったさ。


 曰く、結婚後も仕事ばかりで家庭が維持できるか不安である。待てよ、結婚するために俺は頑張ってんの。それはちょっと違うと思うの。


 曰く、そんな不安な自分を優しく見守ってくれる気になる男性が現れた。


 ……ざっけんなっ! 結局最後のが理由の全てだろうが!


 マジでないわ~。なんだよコレ。女性不信になっても許される出来事じゃね? もういい。なんかどうでもいい。人類滅びろっ。


 そんな危険思想が頭を支配しつつも家に帰ってふて寝するぐらいしか出来ない俺は、法定速度を軽く八十キロ程オーバーさせて家路へと向かっていた。


「あ……」


 俺の人生、やばい。


 不幸すぎる。


 対面から大型のトラックが中央分離帯を飛びだし、逆走してくる。


 ……居眠り運転とかマジないわ。

 というか、これはもうどうしようもない。死んだ。確実に死んだ。


 完全なる自暴自棄になっていた俺は叫ぶでもなく、ただその状態をどこか他人事のように思いながら、相対速度三百キロにおける乗用車 VS 大型トラックという無茶な対決に挑んだのだった。




 さてさて、そんなわけで俺は死んだ。

 もう完璧なまでにグチャグチャになったことだろう。


 ところがだ。俺はまだ自分を自分として認識できたのだった。

 まあ生きていたからではない。どうやら世の中には転生というものが本当にあるらしい。


 人間として、ではなく、《魔族》として。

 いや、そもそも地球じゃない世界って、どゆこと?


 前世の記憶が蘇ったのは、物心がついた三歳の頃だった。



 ――ニブルヘイム島というのが俺が暮らしている島の名前らしい。

 んでもって俺のことをジークって呼んでるのが親父とお袋だ。優しそうなお袋と違って親父は厳しそうだった。


 それもそのはず。お袋は俺が知っている人間と大差がない姿形をしているのだが、親父は人間と少しばかりかけ離れている様相をしているからだ。


 まあ、ちょっと角と牙と爪と翼と尻尾を除去した後、優しい表情をしてくれれば馴染みのある人間といえる姿になるかもしれない。


 そんな両親の下で俺は幸せに暮らしましたとさ、という話にはならない。


 どうやらこの親父はこの島の魔族の筆頭――つまりはボス的存在のようで、いずれは外大陸に進出を考えているらしい。


 そのための戦力強化として、身体能力の優れた親父、魔力の高いお袋が結婚して生まれた子供が俺ということらしく、大層将来を期待されているそうな。



 さてさて、そんな俺の教育方針はというと、ガチの修行生活であった。

 幼児虐待じゃね? と思うほどのハードな鍛錬を毎日のように叩き込まれ、俺はスクスクと成長していくこととなる。


 それでも日本で残業していたことを思い出すと、こちらの生活の方が幾分マシだと思えるのだから、サラリーマンという企業戦士の強さは相当なものだろう。 



 この世界において《魔族》と《魔物》というのは別物らしい。世界にはどうやら普通の人間族や亜人族、そして魔族など様々な人種が存在しているらしいが、魔物は等しくそれらを襲う存在ということだ。

 別に魔族だから魔物と仲良しなんてことはない。


 ニブルヘイム島には魔族が暮らしているが、魔物も存在する。俺が十五歳の頃、魔物の溢れかえる森へと放りこまれて三ヶ月帰ってくるなと親父に宣言された日には、軽く泣きそうになった。


 それでも現世における俺の身体が、それに耐えうる性能を持っていたことだけは神様に感謝したい。

 

 そんなこんなで十八歳となってしまった俺は、どうやら親父も感心するほどの能力を得ることになった。


 親父は満足気な顔で、俺に外大陸への侵略を命令しやがりましたとさ。



 ニブルヘイム島は小さな島だ。日本でいうなら東京都の一区ぐらいの大きさでしかない。今後魔族の人口が増えると土地が足らないのは明白である。


 しかし世界はもっと広大なのだ。この島よりも遥かに巨大な大陸が数多く存在しているらしい。人間族が多く存在するエウメネス大陸、亜人が住むアーシャ大陸などだ。


 何故魔族もそこに移住しないのか? と思うのだが、どうやら魔族は他の種族に忌み嫌われている存在らしく、ボッチなのだそうだ。


 これに親父は憤慨しており、なら侵略しちゃおうぜ的なノリである。

 もうね、アホかと。馬鹿かと。


 圧倒的な数の差があるんです。無理に決まってます。

 とまあ、そんな俺の叫びは心に留めておいて、俺はその役目を丁重にお受けした。


 なんでか? 勿論俺をどういうかたちであれ育ててくれた両親には感謝しているし、魔族の将来どうすんの? という問題はどげんかせんといかんからだ。

 この親父に十八年間育てられた俺は、日本で培ったヒューマニズムをかなり魔族寄りに歪められてしまっている。


 前世で「人類滅びろっ」とか願ったのは本気ではないし、そう物騒なことをするつもりはないが……。


 俺は翌日にはエウメネス大陸に渡ることを告げた。


 何人か魔族を連れていけと言われたが、それを断る。俺の外見は有難くも母親似である。肌はやや浅黒く、瞳は紅で髪は漆黒。話に聞く人間族と大差はないため、まず魔族とばバレない。情報収集する際には俺だけの方が動きやすいだろう。実際に何か行動を起こすならそれからだ。


 うん、まあ、というのは半分タテマエで、やっと修行を終えて自由に羽を伸ばせることが嬉しく、付いてくんなっていうのが一番大きいんだけどね。




「――ここがエウメネス大陸か……おお~地平線があるじゃんか」


 小さな島国には地平線というものがなかったため、少しばかり感動する。


「でもまあ、来ようと思えば結構簡単に来れたんだな……お前のおかげだけど」


 言って、俺をこの大陸まで運んでくれた生物を褒めて、頭を撫でてやる。

 そいつは嬉しそうに舌を出して鳴き声を上げた。


 体長三メートルを超える獣だ。毛皮は銀白色でところどころに黒く斑が入っており、黄金色の瞳は穏やかな雰囲気を称えている。最初にこいつを見た時は巨大な狼だと思った。親父に放りこまれたユルドの森で出会った中でもっとも手強い相手だったこいつは、半日ほど俺と戦闘を繰り広げ、最後には俺に懐いてしまったのだ。


 魔物が懐くことは本当に稀にしか起こり得ないことらしく、こいつを連れ帰った際は親父も驚いていた。


 シロと名付けたこいつは空を駆けることもできる。その速さは俺が前世で激突死した時のものよりもさらに速いと思われるが、不思議と空気抵抗などはない。この大陸まで丸一日ほどで到着したのはシロのおかげだった。


 そして用がない場合は俺の影の中に潜んで大人しくしてくれるのだ。驚きの忠犬……いや忠狼ぶりといえる。餌は雑食で何でも喰う。


「グルルゥ」

「そうだな、シロがまだ疲れてなければどこか最寄りの町まで飛んでくれるか? 正直、全然地理が分からないから、そこで地図とかその他色々を揃えたい」


 了解とばかりに頷いたシロが身体を伏せる。俺はシロの背に乗ってふたたび宙へ飛びあがり、上空から町を探す。


 緑の山野がどこまでも続いており、シロの飛行高度でも越えられなさそうな山脈の峰。流れる川は豊かな水源となって地を潤している。

 

 やはり島とは全然違うな。すぐに見つかるかと思ったのだが、ちょっと甘かったか……。いくらシロとはいえ、ずっと当てもなく飛んでいると疲れが溜まるだろう。一度下りて歩くほうがよいかもしれない。

 などと不安になりつつ空中を疾駆していると、シロがピクリと耳を反応させた。


「ん? なんか見つけたか?」

「ワウッ!」


 うん、鳴き声はワンコだな。


「よし、そっちに向かえ」


 急降下する勢いはまるで自由落下のようだが、全く嫌な浮遊感を感じない。最高の乗り心地だと改めて感心しつつ、地上の豆粒の大きさのナニかが次第に判然となってきた。


 どうやら馬車が追われている。追っているのは馬に乗った男達が四人。それぞれ手には武器を持っているな。


 そんでもって馬車は、どうにも高級感溢れる仕様が可哀そうなほどに無残なことになっている。矢を射かけられたせいでハリネズミみたいなことになっているが、あれ中の人大丈夫かね? 御者台の人には矢が数本刺さっていておそらくもう死んでる。馬が暴走してるから捕まるのは時間の問題か。


 さてさて、どうするか。人としてここは介入するべきか。

 でも俺今は魔族だし。別に放っておいてもよいか。


 ああ、俺ってば冷たい。でも親父は人間嫌ってたからな。息子がすすんで人助けをする性格に育つわけがないさ。前世の記憶がもし無ければこの場で全員皆殺しにしたっておかしくない。


 迷っている間にも馬車と追手の距離はみるみる縮まっていく。

 まあ、町の場所ぐらい訊けるかもしれないな。

 しかし、そもそもどっちに理があるのかもわからん。


「シロ」


 名前を呼ぶだけで、俺がどういう判断を下したかを理解してくれたようで、シロは馬車と追手の間へと駆け下りる。


「な、なんだお前は!?」

「取り込み中のとこ、ちょっとすんません」


 追手達の足が止まり、馬車は当然止まらず後方へと走り去っていく。


「なにしてるんですか?」

「……あの魔物、飛天狼か!? なぜ人が乗ってるっ」


 よかった。どうやら俺は人間として認識されたらしい。

 実はちょっと不安だったのだ。そしてシロ、お前はそんな名前の魔物だったのか。


「ちょっとばかり事情を訊きたいんですが。その後に最寄りの町の場所を教えてくれれば嬉しいかなと」


 よいしょっとばかりにシロの背中から下りる。

 馬に乗った男達は警戒を強め、いっかな武器を収めるつもりはないようだ。

 それにしても服装はいかにも野盗と言わんばかりのオッサン達だが、以外に構えはしっかりとしている。


「邪魔だっ! 殺せっ」


 うわぁ、こりゃあどっちに加担するかは決まりかな。

 

「シロ、手出すなよ」


 言って、俺は男達の前へ出る。


「ぬありゃあぁぁっ!」


 騎乗したまま男が疾走して俺へと両手剣を勢いよく振り下ろす。一発で首を切り落とすつもりのようだ。速度も悪くないけど……やっぱこんなもんか。親父のスパルタ教育はやっぱり一般的なものじゃなかったということだ。


「ば、馬鹿なっ」


 男の剣は俺の首筋から数センチほどのところで止まっている。刀身にはヒビが入り、男がそのまま最後まで強引に振り抜くと両手剣が根元からバキリっと砕け折れた。


 ――親父譲りの身体は頑強で、よほどのことでないと傷はつかない。もっとも剣での一撃を無傷というわけにはいかないので、魔力障壁を展開すればこんなものだろう。わざわざ避ける必要もない。


 茫然となっている男に、掌をかざす。大気に存在する雷精に魔力を適当に配分し、力の方向を指定する。もっとも原始的な魔法だから、運が良ければ死ぬことはないだろう。


 次の瞬間、紫電の糸が男の身体を包み込み、空気を震動させる放電の渦が巻き込んだ男を黒く焦がした。ボトリと馬から崩れ落ちた男は微かに痙攣している。


「まだ、やる?」


 後ろにいた三人の男達は一瞬顔を硬直させ、何かをいわんとしたが、すぐに撤退することに決めたようだ。


「ひ、退けっ」


 退き際も手慣れたもので、倒れた男を担いですぐさま馬に乗せて全員撤退していく。


「さて、あっちの人に道を訊くか。ちゃんと生きてるかな……」


 走り続けている馬車までシロは一瞬で追いつき、俺は御者台へと座って馬を停止させる。


「無事かな? ……おわっ!」


 馬車の扉を開けて中を確認すると、困ったことに、十七、八歳の気絶した女性が横たわっていたのだった。



 ――どうやら死んではいない。息はある。着ている服は高価なものっぽく、気絶していても気品が感じられる。というか、めっさ可愛い。栗色のサラサラとした長い髪は光沢があり、整った顔立ちにちょこんとした桜色の唇、ぐったりしている体は妙な色気さえある。

 

 なにこの美人と可愛いを足して2で割ってないような女性。


 俺はその場で少々いけない思考にふける。そりゃね、前世の死の間際は軽く女性不信になってたよ。でもね、今の身体は健康な十八歳なわけさ。


 そんで魔族の女性ってお袋みたいなほぼ人間タイプは稀なんだよ。皆して翼とか鱗とか角とか生えてんの。そういう好みは前世が勝ってるので受け付けないんです。


 だからね、誰に言い訳するわけじゃないけど、俺は十八年ぶりにまともな女性――いや美しい女性を目にしたんだから、興奮するなというのが間違いなのだ。ここで何がしかの不埒な行為をせずに思考だけで止まっていることを褒めてほしい。マジで。


 そんな自問自答を終えてから、俺は改めてその女性を抱きかかえる。どうやらすぐに起きる気配はない。追われているんなら顔ぐらい隠した方がいいかと思い、馬車の室内にあったカーテンを千切って女性を覆った。


 そのままシロの背中に乗せて、馬車の進行方向へと進むように促す。御者が死んでいたのでこの方向が合っているか断言できないが、闇雲に町を探すよりもこちらの方がいいだろう。もし見つからないようなら、女性が起きてから道を訊くことにしよう。

 

 シロは二人を乗せても全く問題なく、軽い足取りで宙を駆けてくれた。


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