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次の日から、剣斗はマークⅡの鍵を外して置いた。超小型のカメラをその近くにつけ、いつでも監視ができる状態で置いておく。剣斗は常にその映像を見ながら、自分のバイクに不審な影が近づかないか見ていた。
鍵を外した初日は何も起こらなかった。異変が起きたのは、その次の日。二日目だ。授業中にもかかわらず、剣斗がカメラの映像を見ていると、ふと怪しい影が映った。
「!」
誰かが、バイクの近くをうろついている。カメラに顔は写らないものの、足や影が映る。その影の主は、マフラーに手を当てたり、タンクやハンドルを点検している。メーターを覗き込んでいるのは走行距離を確認するためだろう。
すると、カメラに映っているその怪しい人間が、バイクのハンドルに両手をかけた。そして車体を真っ直ぐにすると、スタンドを足で払ってバイクを押し始めた。このままどこかへ持っていくつもりだ。
「もう我慢できねぇ……」
剣斗は立ち上がって、教室から飛び出した。隣の四組に寄って鷹と鷲に声をかけていく。
「会長、鷲!例の奴が出たぞ!」
授業中の突然の出来事に、先生やクラスメート達は驚いて何事かと剣斗を見たが、鷹は慣れたものと言わんばかりに席を立ち、先生に「生徒会の用事です」と一言断って教室を出た。一歩出遅れた鷲は急いで立ち上がり、慌てて教室から出た。三人で駐輪場へ向かう。
「待てコラァ!」
重いリッターバイクを押して裏門から出ようとしている犯人の前に剣斗が立ち塞がる。犯人はびくりと体を震わせて、歩を止めた。
「テメー……俺のマークⅡに何しようって気だ!」
「い、いや……これは……」
凄みを利かせる剣斗とは対照的に、鷹はあくまで冷静に、犯人の前に立った。その長身で犯人を見下ろす。
「もう逃げられませんよ、先生」
犯人の男―孔明高校教諭の近藤がごくりと唾を飲み込む。額からは冷や汗が流れ落ちた。もう言い逃れはできない。
「まさか先生がこんなことをするとは思いませんでした。全く、堕ちたものですね」
鷹がため息を吐くと、近藤は詰まった息を歯の隙間から吐き出した。彼はここの物理の教師で、去年の春から教師になったばかりだった。若い故に生徒からの人気もあり、授業も受けが良かった。そんな彼が窃盗をするというのは正直信じがたいが、今の状況からしたら、信じざるを得ない。
「オイ」
震える近藤に、地獄の底から這い上がってきたような剣斗の声が向かう。剣斗は怒りに顔の筋肉をぴくぴくと動かしながら、眉間に皺を寄せた。
「な、なん、ですか?」
恐怖のあまり生徒相手に敬語を使うほど堕ちた教師に、剣斗はバイクを指さして言った。
「まず、スタンド立てろ。俺のマークⅡ倒されちゃ敵わねー」
「は、はいっ」
弾かれたように返事をした近藤は、すぐにスタンドを立てて、バイクから手を離した。
「ほら、返すから!だから見逃し……ぐぶっ!」
近藤がバイクから手を離した瞬間、剣斗の右ストレートが近藤の鼻を砕いた。その衝撃で仰向けに倒れた近藤は、鼻血を垂らしたまま気絶した。
「剣斗……これじゃ窃盗グループのことを聞き出せないんだが」
「あ」
鷹が荒い息を整える剣斗に控えめに言うと、その場を沈黙が支配した。




