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学校内はいつもと変わらぬ一日を迎えていた。昼下がりの校舎、勉学に勤しむ学生、サボりに興じる鷲。何一つ変わらない、青春の一ページ。
そんな日常に異変が起きたのは、放課後のことだった。
「剣斗、後ろ乗せてって」
「オウ、いいぜ。淳、行こうぜ」
「オッケー。帰るか」
鷲は剣斗のバイクの後ろに乗って帰るのがこの所日課になっていた。そんな彼らと一緒に帰るのが、水泳部の淳という少年。部活が終わるのと生徒会の会合が終わるのが同じ時間で、尚且つ淳は剣斗と同じくバイク登校なので、三人は一緒に帰っていた。今日もその予定だった。しかし―
駐輪場にあったのは、剣斗のマークⅡのみ。隣にあるはずの淳のゼファーが、ない。
「ど、どこだ俺のゼファー!」
淳が叫んでも、返ってくるものはない。剣斗のマークⅡは持ち運びができる鍵を使って施錠してあるが、そもそもバイクは出先では鍵をかけないのが主流だ。淳のゼファーも例外ではない。
「ぬ、盗まれた」
力の抜けた声で呟くと、剣斗がギリ、と歯軋りした。
「淳、大丈夫。ゼッテー取り返すから。学校内で盗みだぁ?そんなんしたら、生徒会が黙っちゃいねーよ」
剣斗の怒りを湛えた言葉に、淳はただ「頼む」としか言えなかった。
今日の生徒会は、穏やかではなかった。学校内で盗難事件が発生した。それは瞬く間にニュースになった。警察に届け出はしたものの、最近似た事件が頻発しているとかで、本格的に調査してもらえるのはまだ時間がかかるだろうということだった。
「今日の議題は、昨日校内で起きたバイク盗難事件についてです。昨日の放課後、三年二組の西塚淳君のバイクが盗まれました」
生徒会員の間に、厳しい空気が走る。とりわけ、剣斗の纏う空気が鋭い。鷹は役員の顔を見回して、一枚の写真を黒板に貼った。
「これが盗まれたバイクです。カワサキの青いゼファー。400ccのネイキッドバイクで、リアフェンダーにステッカーが貼ってあります。警察によると、最近この辺で活動している窃盗グループの仕業ではないかということです。窃盗グループは、バイクや車を盗んでパーツ等を売ったりしているということです。しかし、警察は同グループの他の事件も追っているため、残念ながら捜査には時間がかかりそうです」
「それじゃ遅すぎんだよ、会長!」
机をバンと叩いて、剣斗が立ち上がる。鷹はいきり上がる剣斗を手で制して、頷いた。
「設楽君、落ち着いて。君の言い分はよくわかります。そして僕も、そう思う」
鷹はゼファーの写真を剥がし、その後に学校近郊の地図を貼った。そこには赤い点がいくつも書き込まれていた。
「これは窃盗グループが犯行をした場所です。そして今回は学校。ここから、一つの推測が導かれます」
その言葉に、役員全員が鷹に注目する。剣斗も座って、語られる言葉に耳を傾けた。
「この地図は近郊のもの。そして、普通は狙われない学校。つまり、グループの一人がこの学校にいる」
「はぁっ!?」
鷲と剣斗の声が重なる。二人で顔を見合わせて、一緒に鷹を見る。
「事件が近場でしか発生していないということは、地元の人間で構成されている確率が高い。それに加え、この学校にバイクが置いてあることを知っている人間。そして、門から離れた駐輪場の周囲をうろついても怪しまれない人物。そうなると、この学校の人間である可能性が濃厚になってくる。あくまで推論だが」
そう言われてくると、その可能性もなくはない。鷲と剣斗が押し黙ると、翔が挙手をした。
「その仮説が真実だったとして、どうやってその犯人をおびき出しますか?僕らが調査する素振りを見せれば、相手は穴に潜ってしまいます」
その正論に鷹は頷いた。そして、両手を机の上で重ね、今日の議題の核心ともいえるべき問題を提起した。
「今相田君が言ってくれましたが、今回のポイントはそこです。いかにして犯人を挙げるか。それこそが肝要です。みんなの意見を聞きたい」
皆が黙る。最善の策とは何か。どうすれば犯人をあぶりだすことができるのか。相手の居所がわからないだけに、動けないのが現状だ。
「俺が……囮になる」
全員が頭を悩ませていると、剣斗がポツリとつぶやいた。視線をめぐらせると、剣斗がいつになく真面目な顔で鷹を見据えていた。
「囮?」
「ああ。俺のマークⅡの鍵を外した状態で置いておく。そしたら、きっとそいつらは飛びつくはずだ。そこを捕まえれば……」
「……いいのか?」
鷹が確認すると、剣斗は静かに首を縦に振った。一歩間違えれば愛車を失いかねない危険な賭けだったが、ここはこの手しかない。
「わかった。みんな、今聞いた通りだ。設楽君のバイクを、囮として鍵を外して置いておく。それに飛びついたやつこそ、窃盗グループの一員だ。そいつを捕まえれば、あとは芋づる式だ」
鷹の言葉に、皆の顔が引き締まる。
「いいか、ここでは僕達生徒会が内閣であり政府であり、司法だ。学校で悪事を働くやつを放り出してはいけない。必ず、捕える」




