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夜八時、バー「JOKE」の前には生徒会のメンバーが勢ぞろいしていた。学校にいるときの制服とは違い、それぞれ私服に身を包んでいる。
「よし、行くぞ」
鷹が言うと、メンバーは彼について店に入った。店員は若すぎる客に少し顔を歪ませたが、すぐにそれぞれの仕事に戻った。
鷲がどうしようかと迷っていると、鷹が奥の扉の前にいる屈強な店員に何かを話しかけた。少しばかり小さな声で話すと、その男が扉を開けて鷹達を招き入れた。
「兄貴って一体……」
生徒会に入って何度となく抱いた疑問を口に出すが、それは誰の耳にも届かなかった。
扉の中に入ると、暗闇の中に通路があった。それを進むと、もう一枚分厚い扉があった。先頭を歩いていた店員がその扉を開ける。すると、そこには華やいだカジノが広がっていた。
小さいバーではバーテンがカクテルを作り、着飾った男女がルーレット台を囲んでいる。ディーラーの男はポーカーのトランプを配り、スロット台ではカップにコインをためた客達がスリーセブンを狙っていた。
「上の方を呼んでいただけますか?」
鷹が店内を巡視しているマネージャーに話しかける。彼は生徒会の面々にも笑顔を絶やさずに応対した。
「申し訳ございません。オーナーはただいま席を外してまして」
マネージャーは腰を折って謝罪すると、彼はそのまま店内を歩いて行った。
「鷹、どうするんだよ?もう暴れちゃっていいのか?」
「いや、これだけ客がいる中ではまずい。混乱に乗じて逃げられかねないからな。奥の部屋に通してもらうにはどうするか……って、三田さん?」
鷹が案を練っていると、愛依がいつの間にかブラックジャックの台にちょこんと座っていた。にこにこしながらカードを受け取っている。
「三田さん、やるのも違法なんだけど」
「会長、毒を以て毒を制す、ですよ」
にこっと微笑んで、愛依は次のカードを受け取った。クイーンの次に来たカードはエース。
「ブラックジャック!?」
周囲の人間が騒ぎ立てる。座っていきなりブラックジャックをたたき出したのだ。
「もう一勝負しましょう」
ディーラーの男に笑顔でそう告げ、カードを配るように促す。今度はジャックとエース。またブラックジャックだ。
「あの……三田さん?」
鷲が恐る恐る愛依に話しかける。愛依は相変わらずカードを受け取ってはブラックジャックを叩き出したり、相手のバストを誘ったりしている。
「何ですか、鷲先輩」
「いやその……何でもないです」
結局すごすごと下がる。彼女はその後も快進撃を続け、チップはどんどん溜まっていった。カジノが俄かに騒がしくなる。
「兄貴……三田さんって……」
「彼女は強運の持ち主なんだ。まさかこんな所で発揮されるとはな」
うんうんと頷きながら、鷹は変わらず淡々とした調子で喋った。その間にもチップは溜まる。カジノ側に焦りの表情が見えてきた。ディーラーの男が先ほどのマネージャーに何かを耳打ちする。マネージャーは早足で奥へと向かっていった。
愛依がさらにチップを稼いでいると、マネージャーが微笑みながら近づいてきた。しかしさっきまでとは違い目は笑っていなかった。
「お客様、オーナーが直々にお会いしたいそうです。来ていただけますか?」
「あら、わざわざすみません」
愛依はマネージャーに連れられて奥へと歩いた。生徒会の面々もそれについていく。扉の前まで来ると、マネージャーが振り返って鷹達を止めた。
「申し訳ありませんが、ここからはこちらのお客様のみのご案内になります。お連れ様はここでお待ちください」
「……わかりました」
鷹は素直に引き、そのまま愛依だけがマネージャーについて扉の奥へと進んだ。
「兄貴、どうすんだよ!愛依ちゃんだけ行かせちまって……」
「大きい声出すな。大丈夫だ」
鷲にそう言うと、鷹は耳に手を当てた。よく見ると、袖には小さなマイクがついている、とすれば、今耳に手を当てたのはイヤホンの音を拾うため……と気付いた鷲が、兄の耳に自分の耳を寄せる。
『私だけこんなビップ待遇で、先輩達怒らないかなぁ?』
(いや、心配するとこ違ぇ!)
鷲はそう突っ込みたかったが、音を拾う鷹の邪魔をするわけにもいかないので、そのまま黙っておいた。
『こちらです、どうぞ』
マネージャーの声が聞こえる。続いてドアを開ける音がして、それが閉められた。
『ようこそ、「JOKE」へ』
重苦しい声が聞こえる。オーナーだ。すると鷹は翔に何かを合図した。翔は頷いて、袖から銀色の棒状のものを取り出した。鷹と剣斗が監視カメラと周囲の人間から見えないように体で壁を作る。
(え、これって……ピッキング?)
様々な器具を用い、あくまで目立たないようにそれをかちゃかちゃと動かしていく。少しいじると、カチャンという音がした。
(マジで外れた!)
『随分儲けてもらったみたいですが……おかしくないですか?その連勝は。今ならこのままお返ししますから、ネタをばらしたらいかがでしょう?』
重く、有無を言わさぬ口調だった。並の人間なら泣き出しかねない重圧である。
『私、運がいいみたいで』
オーナーの圧力にも屈せず、愛依はいつもの調子で言葉を紡ぐ。
『あくまで口は割らないということですか……。しかし、あなたが黙っていると、お連れ様にご迷惑がかかりますよ?』
『彼らなら迷惑かけても怒りませんからー』
ガクッと鷲の肩が落ちる。何かもう心配しなくても大丈夫な気がしてきた……。
『……っ!とにかく、あなたの身柄はこちらで預からせていただきます。嫌とは、言わせませんよ?』
そこで鷹が頷いた。ドアを開け、その中に入る。鷲が最後に入ったところで、ドアを閉める。鷹達が中に入ったという異変に店員が気付くまでの、時間との勝負だ。
「ったく、何なんだあの女……」
向かいからマネージャーが歩いてくる。そして鷹達を見て「あっ」と声を上げる。しかし鷹が素早い動きで彼に詰め寄り、手でマネージャーの口を塞ぐと同時に腕の関節を締めた。
「静かにしていただけますか?少々急いでますので」
そういうと翔が、どこかに仕込ませていたガムテープを取り出して、マネージャーの口に貼った。後ろに回した両手首もテープで縛り、足も同様にして転がす。
(これ、強盗とかがやることなんじゃないか……?)
鷹達はそのまま足音を忍ばせて、奥へと進んでいった。しばらく歩くと、一枚の重そうな扉が現れた。
「『おい、マネージャー、彼女を別室に』」
扉の奥の声と鷹のイヤホンから聞こえる声がダブる。中からは「まぁ、更なるビップ待遇」と言っている愛依の声も聞こえる。
「剣斗」
鷹が親指で扉を差す。
「おうよ」
剣斗が扉の前に立ち―前蹴りで扉をブッ飛ばした。




