2-1
次の日から学校は本格的に始動した。授業も始まり、生徒はみな新しくまだ折り目のついていない教科書を開いていた。
そんな中で、まるで机が母の胸だというように爆睡している生徒が一人。
「えー、つまり地球の構造は外殻と内殻、それからマントルと核に分かれているわけで……高羽君?」
「はい?」
「いや、鷹君じゃなくて、鷲君」
教師である男性の声にこたえたのは、いびき。
「鷲君、寝るならもう少し静かに!」
若干見当違いのことを注意する教師だが、鷲はその注意にも全く動じずに快眠を続けている。教師はもう注意することを諦め、説明の続きを再開した。
「ああ~よく寝た」
放課後、生徒会室で大あくびをする鷲に、鷹はこれ見よがしに大きなため息をついた。
「お前な、仮にも生徒会役員なんだから、もう少しそれっぽくしろ」
「いやね、兄貴。しょうがないんだって。昨日はゲームがラスボス戦まで行ったんだけど、そいつがなかなか強くてね。レベル上げてたり戦ってたりしてたら……朝になってて」
その後もくどくどと鷲の言い訳は続いた。鷹はそんな弟の言葉にはすでに耳を貸さず、役員が来るまで宿題をこなしていた。
ガラガラ
鷲が言い訳を熱弁していると、生徒会室の扉が開かれた。二人がそちらの方を向くと、後ろで髪を束ねた人形のようにかわいらしい少女が鷲を見て少し驚いていた。
「三田さん、こんにちは」
「会長、お疲れ様です」
彼女は生徒会で書記の役に就いている三田愛依。二年生だ。その整った容貌は男子から大人気なのはもちろんのこと、女子からも羨望の目で見られていた。古風な言い方をすれば、彼女は学校のアイドルだ。
「こいつは今年から生徒会に入った俺の弟の鷲。よろしく頼むよ」
「はじめまして、三田愛依です。よろしくお願いします、鷲先輩」
「はじめまして。こっちこそよろしく」
鷲がデレデレとした表情で挨拶をする。まさかこんなところでアイドルとお近づきになれるとは思わなかった。彼が初めて生徒会に入ってよかったと思った瞬間である。
「失礼します」
続いて現れたのは鷹と同じく真面目そうな風貌の少年だった。名札のカラーは二年生を表している。すべてが校則に則った人間で、顔は不細工ではないのだが、真面目すぎる硬さが手伝ってどことなく近寄りがたい。この中で一番生徒会らしい人間と言えた。
「翔君、お疲れ。紹介するよ。こいつは弟の鷲。一応生徒会では監査をやってもらおうと思ってる」
「相田翔です。副会長をしています。先輩、よろしくお願いします」
「どもー」
きっちりと頭を十五度下げ、翔は鷲の隣に座った。残る机はあと一つ。
だが、最後の一人がいつまで経っても現れない。集合時間はとうに過ぎているのだが、廊下を歩く足音すらしない。
「しょうがない、剣斗はなしで始めよう」
集合時間から二十分経っても現れない役員を除いて会議を始めようとした時、廊下でバタバタと騒がしい音がした。
「……来たか」
鷹が小声で「もっと大人しく来れないものか」とブツブツ文句を言っているが、その音は止むことなく、生徒会室の前で止まった。
ガララ、バン!
勢いよく扉を開けるあまり、壁に衝突して大きな音を立てる。しかし開けた本人はそんなことを気にしていないようで、切れる息を整えるのに必死になっていた。少年は鷲と同じ金髪で、生え際だけ黒くしていた。ウルフカットの髪型は不良を彷彿とさせる。少し童顔で、左目元に小さい傷跡があった。
「すんまっせん!遅れました!」
「……理由は?」
鷹がしらけ顔で問いかけると、少年は直立して大きな声で理由を述べた。
「教室で寝てたらいつの間にかこんな時間でした!寝坊です!」
「……席に着け」
「うぃっす!」
上半身を九十度傾けて一礼した少年は、そのまま空いている席にどかっと腰掛けた。名札を見るに三年生なのだが、何故か鷹には敬語だ。
「……剣斗!」
そんな少年を見た鷲が大声を上げる。彼は設楽剣斗、会計担当で、鷲とは小学校の時からの友人である。
「あれっ?鷲じゃん!何、遊び来たんか?」
「ちげーよ。俺も今季から生徒会役員だぜ」
「マジかっ!」
ゴホン、と大きな咳が聞こえた。大声で話を盛り上がらせる鷲と剣斗を鷹が威嚇する。
「そこ、静かに」
細く青い目を鋭く尖らせて、鷹が二人に注意した。二人はびくっと震えてすぐに静かになった。
「では、会議を始めます。最初の議題は今年度の生徒会興伸案について……」
その後も鷹を中心に、会議は進んだ。それぞれが意見を述べるときには起立して、主張をする。鷲は初めてだったので発言を求められた時しか喋らなかったが、剣斗は存外真面目に会議に参加していた。
「さて、それではここから本題に入ります」
鷹が今まで使っていた書類をパタンと閉じて、前を向いた。その顔には今まで以上の覇気があった。鷲はごくりとつばを飲み込んだ。一体本題とは何なのだろうか。
「ここ日本では、違法カジノがありふれています。禁止されているにもかかわらず、立件数は上昇を続けるばかり。その違法カジノの手が、ついに学校にも伸びました」
いやいやいやちょっと待て。何でもいいからちょっと待て。おかしい。話の前後が全くつながっていないと思うのは俺だけか?何で他の役員何にも突っ込まないんだ?おかしいだろオイ。と鷲が思っても、言葉が喉から先に出ることはなかった。その場の雰囲気はいたって普通で、鷹は当たり前のことをただ並べているにすぎないといった表情だ。
「地下カジノの一部が、わが校の敷地内に入り込んでいるということです。立ち退きを要望しても受け入れられないとのことです。これには学園長先生もほとほと困られています。したがって、我々生徒会ではその違法カジノを駆逐すべく、作戦を立てようと思います。誰か、意見のある人は挙手してください」
頭の上にクエスチョンマークを並べる鷲とは対照的に、役員たちは本気で悩んでいる顔をしている。その内、翔が手を挙げた。
「相田君」
「爆弾を仕掛けたらどうでしょう?」
突然出されたその案に、鷲はがたりと椅子から飛び上がった。意味が分からない。
「いや、それだと学校の敷地にもダメージを与えることになってしまう。なるべく学校は無傷で残したいというのが学園長先生のご意見だ。爆弾はさしずめ最終手段と言ったところだ」
「はーい」
「設楽君」
「んじゃあよー、俺のバイクでカジノまで乗り込むってのは?中ぐっちゃぐちゃにしてやんぜ」
「その案も考えたんだが、君のバイクでは入り口が通り抜けれないんだ。幅が狭くてね。だから、それをやるなら入り口を爆破した後だな」
いやだから何でそんな物騒なの!?と口に出そうとしたら、次なる挙手によってそれは妨げられた。
「三田さん」
「特攻をかければいいんじゃないですか?中に入って、みんなで好きなだけ暴れれば」
俺のアイドルが!?
「ふむ、今のところそれが一番現実的かな」
どこが!?
鷲の心の中のツッコミはすべて受け入れられそうになかった。確かに兄は無謀なところがあるが、こんなにとは思いもよらなかった。家では学校のことをお互いにほとんど話さないし、鷹も生徒会のことなど滅多に喋らない。だからと言って裏でこんなことをしていたとは……。
「それでは、三田さんの意見を採用します。今日の夜八時、学校の裏手にあるバー『JOKE』で待ち合わせましょう。今日はここまで。お疲れ様」
鷹が立ち上がると、他の役員も立ち上がる。それぞれに帰り支度を進める中、鷲だけが動けなかった。
「オウ、鷲、一緒に帰ろーぜ」
剣斗がにかっと笑いながら話しかけてくる。先ほどまでの物騒な話など、意に介していない様子だ。
「お、おお。そうだな」
「鷲、俺は先生と話があるから、先に帰っててくれ」
「わかった」
鷹にそう答えて、鷲は剣斗と共に生徒会室を後にした。そのまま駐輪場に向かうと、剣斗のバイクがあった。
「お前歩きだろ?乗ってけよ」
「サンキュー。相変わらず大事に乗ってんな、このマークⅡ。タンクもきれいなままだ」
「おう、無免の時からの相棒だぜ」
にこにこしながらバイクのシートを撫ぜる剣斗はやはりいつもと変わらない。
「あのよー」
鷲が帰る途中、バイクの音に負けない声で剣斗に話しかけた。
「生徒会ってのはこんな無茶ばっかする集団なのかよ?」
「まぁなー。俺は鷹に誘われて入ったんだ。生徒会入ったらバイク登校認めてやるっつうから。したら今回みたいな無茶しやがるからよ、最初はそりゃビビったけど、段々気にならなくなってな。結局バイク登校は餌だったんだけどよ、バイク乗れるし暴れられるし、サイコーだぜ」
楽しそうに話す剣斗の話を聞いていると、それなりに生徒会もいいのかもしれないと思えてくる。そして「段々生徒会に呑まれてるな、俺」とも思う。




