5-3
「本当に一人で来てくれたみたいですね。弟思いのお兄さんだ」
鷹は例のカジノに一人でやってきた。カジノの中は驚くほどひっそりとしていて、華やぐ光とは無縁の薄暗い空間だった。
「鷲はどこだ」
「こちらです」
以前愛依が連れて行かれ、尚且つ自分達も強引に踏み入ったオーナー室。そこへ鷹が連れて行かれる。
「どうぞ」
中へ入ると、そこには頭から血を流して項垂れる鷲がいた。壁を背にして、両手をロープで縛られている。
「鷲!」
鷹が急いで鷲の元へと向かう。彼は細い息を何とか吸って吐き出しながら、命を保っていた。まだ意識は戻らないらしく、鷹が呼んでも答えない。
「それでは、ごゆっくり」
オーナーが、部屋の扉を閉める。鷲の元にかがみこんでいる鷹の背後に、何人もの男が立ちはだかる。
「お前ら……鷲をこんな目に遭わせて、タダで帰れると思うなよ?」
すうっと、鷹が静かに立ち上がる。
「鷲は、兄貴思いの弟なんだよ。オレの自慢の、弟なんだよ」
鷹が振り返ると、にやついた男達の顔が一変した。鷹の無表情で冷徹な顔。そして、纏うオーラが、普通ではなかったからだ。
「お前らぁ!許さねぇ!」
「オイ、いい子ぶってんじゃねーぞ?カラコン野郎」
「これは本当の目の色だ」
「じゃオメーは外人野郎だな」
「誰が……」
「あ?」
「誰が外人だコラァ!」
鷹と鷲が中学校に入ると、鷹はすぐに上級生に目をつけられた。その目の色のせいだ。
鷹の目の色は、父母どちらから継いだものでもなく、彼はハーフでもクォーターでもない。突然変異としか言いようがなかった。その証拠に、双子である鷲の目は普通の黒色で、鷹だけが透き通るような青い目を授かった。
しかし、その目はいつもトラブルを呼び起こした。小学校の頃からその奇異な目の色のせいで何かと陰口を叩かれたり、上級生からいじめられたりした。
その青い目はとても日本人のものとは思えず、外国人のようだということから、ずっと「外人」と呼ばれ続けていた。
中学になると、それはエスカレートした。この頃、中高生がファッションでつけていたのがカラーコンタクトだ。色々な目の色を楽しむことができるこのアイテムは、とりわけ不良達の間で広まっていた。
鷹の目の色も勿論カラーコンタクトに見られていた。カラーコンタクトを学校にまでつけてくる生意気な奴、と上級生の間では噂され、その美貌で女子に人気があることも相俟って、鷹はあっという間に目をつけられた。今のように部室の裏に呼び出されるのも、これで三度目だ。その度に穏便に済ませようとはするのだが、その目の色がコンプレックスである鷹にとって、ずっと言われ続けた「外人」という単語は、禁句だった。
好きでこんな目に生まれたわけじゃない。それなのに、生意気だと呼び出され、虐げられるのは我慢できない。そういう思いから、鷹は「外人」と言われると感情の箍が簡単に外れてしまうのだ。
そして、またこうして喧嘩に発展してしまう。
「兄貴、その手、また喧嘩したの?」
「呼び出された」
「キレちゃったのか……」
鷲が頭に手を当てて溜息をつく。その頃、鷲はまだ黒い髪をしていて、周囲の評判も上々だった。成績優秀で才色兼備な鷹と比べられることも多々あったが、本人はそんなことは気にせず、自分は自分、兄は兄として割り切っていた。いつも兄のために動いて、兄に尽くそうとする。昔から、弟の鑑だった。
「兄貴、暴れたら余計目ぇつけられちゃうよ?」
「外人って言われたんだ、仕方ないだろ」
「そりゃ向こうが悪いけどー」
そんなある日、部活の朝練習で鷲が部室に入ろうとドアノブに手をかけた時、部室の後ろから声が聞こえた。
「よし、今日こそ高羽鷹をやるぞ」
「おお。俺らのことナメくさってまだカラコンで登校してやがるからな。この間のケリ、つけてやんぜ」
「今度は三年もついてっし、数もいる。フクロにしてやる……ん?」
部室の裏で煙草を吸いながらそんな話をしていたところに、鷲が姿を現した。
「お前、高羽の弟か。どうした、そんなコエー顔し……がっ!?」
鷲は二年生の頭を引っ掴むと、そのまま部室の壁に叩きつけた。手を離すと、二年生はずるずると地面に倒れた。
「兄貴やるんなら、まず俺をやってからにしてくんないすかね、センパイ?」
「う……。いいのか?俺らには三年のバックがついてんぞ!?」
「カンケーねーよ……」
鷲はもう一人の二年生の顔面に蹴りを入れた。ぶしゅ、と鼻血が噴き出る。
「三年でも何でも連れて来い!兄貴は俺が守るからよぉっ!」
「鷲、その顔どうした!?」
「めずらしーじゃんかよ。兄貴がそんなに取り乱すの」
家に帰ってきた鷲はひどい顔をしていた。目の上は腫れ上がり、眼球は圧迫されている。鼻と口から血が出ているし、全身が土や砂で汚れている。
「言ってる場合か!どうしたんだ、そんなにボロボロになって」
「いやー、ちょっと上級生とモメちゃってね。大丈夫だよ、返り討ちにしたから」
「お前まさか……オレのために?」
「い、いやっ、んんんなこたぁねぇよ!ああくまで俺が、け喧嘩売られて、それを買ったまで……」
「鷲、ありがとな」
鷹にそう真っ直ぐ言われると、鷲は頷くしかない。それが嘘を本当だと認めることになっても。
鷲が頷くと、鷹は救急箱を持ってきてケガの手当てをしてくれた。
「悪いな、お前にも迷惑かけて」
「いいんだよ。兄貴守るのが、俺の役目だし」
「大層な役目だな」
「おはよー」
「お、鷲、おはよう。傷の具合は……いっ!?」
いつもと変わらない清々しい朝。のはずだった。鷲が現れるまでは。
「お前、どうしたんだそれっ!」
「へっへー、いいだろ」
鷹は驚きのあまり茶碗を落としそうになったくらいだ。鷲の髪の毛が、輝かしい金色に覆われていたからだ。
鷹と共に食卓を囲んでいた両親は呆れてものも言えず、鷹は驚きのあまりものが言えなかった。
「まぁ俺も中学生になったわけだし、なんつーかその、オシャレ?」
「お前……」
オシャレなんかじゃない。鷹を守るためだ。
その青い目から外人と罵られてきた兄を守るために、鷲は自らの髪の毛を金に染めた。鷲の金髪の前には、鷹の青い目などかすんでしまうし、鷲の方がよっぽど外人だ。
鷹は「オレのために」という言葉を飲み込んで、鷲の頭をくしゃくしゃっと撫ぜた。
だが、新たな問題が浮上した。それは、この一件で鷲が不良に見られてしまったということだ。
今まで兄思いの真面目な弟で通っていた鷲だが、髪を染めたことと上級生と喧嘩をしてしかも勝ってしまったということで、一気に不良としての格が上がった。本人はそれを不服としており、自分では自らのことを不良と認めていない。それどころか、「不良」と言われると我を忘れるほどに切れてしまうのだ。まるで、鷹に「外人」と言った時と同じような行動をとる。そこはさすが双子というか、なんというか。
そんな経緯があり、鷹と鷲はお互いに支え合って生きてきた。それが、その絆が、何よりも強みだった。




