第2話
「午前二時のコンビニ」
夜は、静かすぎると人を壊す。
それを知ったのは、たぶん高校生くらいの頃だった。
昼間はごまかせる。
人混みも、笑い声も、学校のチャイムも、世界の音が僕の思考を押し流してくれるから。
でも夜は違う。
静かになった瞬間、頭の中だけがうるさくなる。
「今日の会話、変じゃなかったか」
「また詰まった」
「相手、困ってたよな」
「なんで普通に話せないんだろう」
そんな反省会が、毎晩、勝手に始まる。
終わらない。
誰も止めてくれない。
だから僕は、その日も外に出た。
時刻は午前二時過ぎ。
眠れない夜の逃げ場所みたいに、コンビニの光が滲んで見えた。
自動ドアが開く。
冷房の風。
おでんの匂い。
雑誌コーナー。
誰もいないイートイン。
深夜のコンビニは、不思議と安心する。
誰も期待してこないから。
「いらっしゃいませー」
店員の声に軽く会釈する。
声は出さない。
僕は飲み物コーナーの前で立ち止まり、カフェオレを手に取った。
「また、それなんだ」
後ろから声がした。
驚いて振り返る。
そこにいたのは、あの子だった。
眠れない彼女。
黒いパーカーに、少し眠そうな目。
でも今日は、前より少しだけ元気そうに見えた。
「あ……」
声が引っかかる。
喉が閉まる。
出てこない。
彼女はそれを見て、少し笑った。
「大丈夫。ゆっくりで」
その一言だけで、少し呼吸が楽になる。
普通の人なら、気にも留めない言葉かもしれない。
でも僕にとっては違った。
“急かされない”って、こんなに安心するんだ。
「……ね、眠れ……なくて」
「私も」
彼女は即答した。
「仲間だ」
小さく笑う。
その笑い方は、どこか寂しそうだった。
僕たちはそのまま、コンビニの外にあるベンチに座った。
五月の夜風は少し冷たい。
街灯の下。
車の音。
遠くで鳴くカラス。
「さ、どうして眠れないの?」
彼女が缶コーヒーを揺らしながら聞いてくる。
難しい質問だった。
理由なんて、一つじゃない。
不安障害。
吃音。
人間関係。
将来。
恋愛。
後悔。
全部だ。
でも全部を言葉にするには、僕は少し不器用すぎた。
「……考え……すぎて」
「わかる」
彼女はまた即答した。
「頭の中で、一人反省会始まるよね」
「……うん」
「しかも深夜開催」
思わず少し笑ってしまった。
彼女はそれを見逃さなかった。
「あ、今笑った」
「……」
「初めて見たかも」
なんだろう。
この人といると、少しだけ“普通”になれる気がする。
話すことは怖い。
でも、沈黙は怖くなかった。
しばらくして彼女がぽつりと言った。
「私ね、人の声が怖い時あるんだ」
僕は顔を上げた。
「怒ってなくても、“責められてる”って感じちゃうの」
彼女は空を見たまま続ける。
「だから通知音が鳴るだけで心臓跳ねるし、電話とか本当に無理」
少し笑っていた。
でもその笑い方は、“慣れたフリ”に見えた。
「だから夜って嫌いなんだけど……」
彼女は僕を見る。
「同じ時間に起きてる人がいると、ちょっと救われる」
胸が、少し痛くなった。
たぶん僕も同じだったから。
一人じゃないと思えた瞬間、人は少しだけ呼吸ができる。
その時だった。
彼女のお腹が小さく鳴った。
「……」
「……」
「今の忘れて」
「……無理」
彼女は顔を赤くして笑った。
「最悪」
でも、その空気が妙に心地よかった。
僕は少しだけ勇気を出して言った。
「……な、何か……食べる?」
言えた。
ちゃんと言えた。
詰まりながらでも。
彼女は少し驚いた顔をして、それから柔らかく笑った。
「うん。じゃあ、付き合って」
その瞬間。
コンビニの白い光が、少しだけ温かく見えた。




