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07・父 vs 娘

 マンションの入り口でウロウロしている父の元へ駆けていく私の姿を見つけた父は、心配そうな表情から怒りの表情へと変わっていく。その表情を見て、私は一瞬だけどここへ戻ったことを後悔していた。けれど、父の口から零れた言葉は怒りではなく、安堵の溜息と共に私の身を案じたものだった。


「……馬鹿娘。心配かけるな」


 乱暴だけど父の声は少し震えていた。その声を聞いた私は、心の底から申し訳ない気持ちになり、小さく頭を下げひと言「ごめんなさい」と言い、マンションへと入っていったのだった。

 自分の部屋に戻り、父が床にどかっと腰をおろす。きっと疲れていたのだろう。肩に力が入っていたのか、ゆるゆると肩を回しながら溜息を吐いた。父が一人暮らしの私の部屋に入るのは初めてのことで、きょろきょろと部屋を見回した後、少しだけ居心地が悪そうに小さく肩を竦めた。


「狭い部屋だな。家に戻ればもっと広いのに」

「いいの。私は東京に出てきたことを後悔してないから。それに一人暮らしをして、自分で稼いだお金で生活する大変さもよくわかったし。自立するには一人暮らしって大事だよ」

「……いつのまに、そんなに大人になったんだろうな」


 少しだけ遠い目で窓の外を見つめる父、哀愁漂う姿が大きいと思っていた父が小さく見える瞬間だった。そう、私は大人になった。いつまでも父に懐いて遊ぼうとせがむ子供ではない。でも、父にとっては私はいつまでも小さな子供のままなのだろう。年月が過ぎるのはとても早い。若かった父も、もうすっかり白髪頭のおじさんで、顔にはもう深い皺も刻まれている。大きく見えた父も、私が大きくなったせいか小さく見えるくらいだ。たそがれている父に日本茶を淹れて差し出すと、何も言わずに湯飲みを手に取り、ずずっと静かな音を立ててお茶を飲んでいた。


「香澄……あの男は……」

「あの人は、私を大切にしてくれる人だよ」

「……お前を泣かせたりしないか?」

「しないよ。とってもとっても大切にされてる」

「……そうか。で、結婚するのか?」


 『結婚』という言葉が出たとき、お茶をぶっと噴出してしまった。唐突にその言葉を出されて動揺してしまったのだ。でも、でも……まもちゃんはきっと、私をお嫁さんにしてくれる、そんな気がしていた。


「まだ具体的に決めてないけど」

「そいつは何の仕事をしてるんだ?」


 内心、「来た!」と思った。親が娘の結婚相手に望むのはきっと、普通に暮らせるだけの稼ぎがある職業だと知っているから。まもちゃんの職業は、ハッキリいって不安定といえば不安定に違いない。今は人気ある作品で、普通のサラリーマンなんかよりよっぽど稼いでいるけど、その後はどうなるかなんてわからない。でも、人気がなくなったとしてもまもちゃんと別れたいだなんてこれっぽっちも考えたことはない。ずっと死ぬまで一緒にいたい、そう今でも思っている。私は父にまもちゃんの職業を言うことに躊躇いを感じていたが、それでも認めてもらうために素直に話すことにした。


「……漫画家さんなの」


 その職業を聞いた瞬間、父がテープルを強く叩いた。あまりの力強さに私の体がびくっと震える。見上げれば父の恐ろしい表情が目に入ってきた。


「漫画家なんて……! そんな不安定な職業のやつにお前を嫁に出せるなんて思うなよ!」

「でも、まもちゃんの作品は人気があって、ちゃんと稼いでるんだよ!?」

「人気が全ての不安定な職業のヤツだぞ!? 誰が認めるか!」

「まもちゃんは今の仕事に誇りを持ってるの! 漫画家になるのが夢で、それを叶えたんだよ!? とても立派だと思わないの!?」

「……夢を叶えたのは立派だが、お前をまかせられるかと言ったらそれはまた別の話だ」

「そんな!」

「……香澄、お前には父さんがちゃんと立派な男を紹介してやる。すでに話は整ってる」


 父がにやりと笑う姿はどこか不気味で、私は怪訝な表情をした。何を企んでいるのか、それは次に発した父の言葉で明らかになった。


「見合いの席を設ける。だから来週末の連休に戻ってきなさい」

「見合いって……え!? お見合い!? 私の!?」

「そうだ。他に誰がいるんだ」

「嫌だからね! 誰がお見合いなんて……! 私にはまもちゃんがいるんだから」

「見合いをすっぽかそうなんて思うなよ。相手はなんと、たろちゃんの友人なんだから」

「たろちゃん!?」


 たろちゃんとは私の幼馴染のお兄ちゃんで、とても優しくて頼れる、一時恋心を抱いた相手だ。今では昔から付き合っていた彼女とめでたくゴールインして、彼らの和やかな結婚披露パーティーにまもちゃんと行って来たのだ。たろちゃんは私とまもちゃんがお付き合いしていることを知っているのに、父に自分の友人を私の見合い相手として紹介したのだろうか。あんなに私達のことを知った時、たろちゃんは喜んでくれたというのに……信じられない。何かの間違いではないだろうか。だってたろちゃんが友達を私の見合い相手に紹介するなんて考えられない! それよりもそのお見合い! それをまず断らないといけない。


「お父さん、それでも私……お見合いなんて嫌だよ」

「一度会ってみればいい。断るならそれからでもいいじゃないか」

「お父さん! だから私にはまもちゃんがいるって言ってるのに!」

「父さんは認めない、そう言ってるんだ! いいからつべこべ言わずに会ってみろ!」


 頑として譲らない父の頑固さに腹が立つ。頑固もここまでくると、いくら父といえどガツンと壊したくなってくる。……だったらそのお見合い、ぶち壊してやろうじゃないの!

 その晩は、父の大きすぎるいびきにも父の態度にも腹が立って眠れなかった。

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