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05・頑固者

 ケーキバイキングで久々の親子対面を果たしたまもちゃんは、ケーキバイキングをなんだかんだと言いつつ満喫し、私と一緒にその場から出て行った。久々の息子との会話で誠吾さんも満足したのだろうか、満面の笑みを浮かべながら手を振り私達を見送る。ほのぼのとしたその光景を見たら、なんだか私まで満足感でいっぱいだ。突然連れてこられたケーキバイキング、そして初対面の男性、なぜだか知らないけどオネエ言葉の男性はまもちゃんのお父さん、そしてなぜか私を知っていてまもちゃんが来るまで自分の正体を明かさなかった男性、この短時間でなんだか物凄く濃い時間を過ごしたような気がする。だからだろうか、私はちょっとだけ疲れていた。会場を出てからまもちゃんの横に並んで歩いていると、まもちゃんが急に足を止めて私のほうに振り向いた。


「あのさ、今日はもう帰って……その、香澄の家でのんびりしない?」


 おずおずと遠慮がちに私に問い掛けるまもちゃんは、まるでおねだりする小さな子供のようだ。二人きりで過ごす大事な時間を私の家で過ごすことに私は勿論大賛成だ。即座に首を縦に振ると、安心したようにまもちゃんが笑う。二人で過ごす時間に何処かに出かけなくては……と気遣って外に連れ出してくれるまもちゃんの気持ちは嬉しいけど、こうして時折家でゆっくり過ごすほうが実は私も好きだったりする。だからまもちゃんからの申し出はとても嬉しかった。ゆっくりと色々な会話を楽しんで、ちょっとだけいちゃいちゃしてもいいかな? 毎日のように渋沢家に顔を出しているとはいえ、樹くんや翠ちゃんの前でべたべたするわけにもいかない。渋沢家ではまもちゃんの家事を少しでも負担しようと思って、掃除や洗濯、食事の用意などできる範囲でお手伝いをしている私。漫画のお手伝いはできないけど、それくらいなら私でも役に立てるかなと思ってまもちゃんにお願いしたのだ。だから別に私は渋沢家でのんびりしているわけではないということを、ここで言っておこう。


「帰り際に何かDVDでも借りていこうか?」

「うん、そうだね。結局映画観れなかったし」

「今度はちゃんと映画観ようね。ごめん、なんか誤解させちゃって」

「まもちゃんは悪くないよ! 悪いのは勝手に勘違いした私だから……本当にごめんなさい」


 二人で何度も頭を下げて謝っていると、すれ違う通行人がくすくすと笑っている。深々と頭を下げては繰り返し謝っている私達は周りから見たら変な二人だろう。「ごめんごめん」と何度も謝る姿は周りから見れば滑稽以外何者でもないかもしれない。でも私達はそんなことも気にせず、お互いの気が済むまでいつまでも謝っていたのだった。そしてようやくDVDを借りにレンタルショップへと足を踏み入れた。話題の新作をチョイスせずに少し安くなった過去の作品を三作品借りた私達は、映画を観ながらつまめるおやつと少しのお酒をコンビニで買って、楽しく手を繋いで歩いていた。こんな楽しい気分は久しぶりで、まもちゃんと二人きりで過ごせる時間もとても貴重なものだ。ワンルームの狭い私の部屋までの道のりをルンルン気分で歩く私達。しかしそのるんるん気分は長く続かなかった。

 マンションの手前まで歩いてきた私の目に映ったもの、それはまさかの人物。


「お、お父さん!?」


 こちらを睨みつけるように見つめていたのは、紛れもなく私の実の父だ。その表情は鬼のように真っ赤に染まり、ずんずんと今にも恐ろしげな足音が聞こえてきそうなほどの重い一歩を踏み出した。そして父が真っ先にしたこと、それは私とまもちゃんが指を絡ませきっちりと繋がれた手を真ん中から真っ二つに割ること。繋がれた手が離れ、私の腕は有無を言わさず父に掴まれた。ぎりっと強い力で握られた手首に痛みが走り、私の表情が歪む。でも父はそんなことはお構い無しに力を緩めることもなく、まもちゃんをギロリと睨み付けた。


「……香澄、お前は東京に何しに出てきたんだ!? こんな男との交際を許した覚えはないぞ!」


 そう、私の父は昔気質の頑固な父で、人の意見を全くと言っていいほど聞かない。融通の利かない父だ。少しでも私の学生生活に乱れが見えるとすぐに父が鎮座している茶の間に呼ばれ、目の前で正座をしてお説教を延々と聞かされる。そんな父が鬱陶しくて私は就職先を東京に決めたのだ。これは父には内緒で決めた。当然頭ごなしに反対されたけれど、せっかく決まった職を働きもせずに辞退するなんて嫌だ! そう父に大声で言葉を放ち私は東京へ出てきた。母とは時折電話やメールをしているが、父とはあれから話していない。一体、突然東京に出てきたのはどうしてだろう? 嫌な胸騒ぎがして仕方ない。父に手首を掴まれたまま、引き摺るようにマンション内に入っていく私をまもちゃんが追いかける。それを見た父がさらにギロリと睨んでひと言。


「香澄はやらない! お前のような軟弱な男なぞ……認めないからな!」


 そう言ってエレベーターに私をどんっと押し入れる。あまりの強さにエレベーターの壁に体を強く打ち付けてしまった。


「香澄!!」


 まもちゃんが私の名前を呼んでいる声が聞こえた。だからまもちゃんの方を向いて精一杯腕を伸ばしたのに……無情にもエレベーターの扉は閉まり、大好きなまもちゃんの顔が見えなくなってしまった。私を背に隠すように立ちはだかる父を見上げるが、父はいつもと同じように無表情を貫く。一体……私が何をしたというのか、そしてまもちゃんのどこが悪いというのか。あまりにも一方的な父の決め付けに私は腹が立つやら情けないやらで、どうしてこんな頑固な男が私の父なのだろうかと思っていた。

 やがてエレベーターが私の部屋の階に止まり、扉が開く。父がエレベーターから降りた隙に私は『閉』のボタンを押した。父が気付くより一瞬早く、エレベーターの扉が閉まる。そして私は迷わず一階に降りて、まもちゃんの家に向かって走った。


「……なによっ! 冗談じゃないわ!」


 自分勝手な父に、いったいいつまで縛られればいいの!?

 こうして私は、怒りを発散させるように猛ダッシュで、住宅街を駆け抜けたのだった。

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