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49・準備はバタバタ!


 夕暮れの帰り道から、私達の結婚への意識が急速に高まり、まもちゃんは忙しい仕事の合間を縫って、色々と準備を手伝ってくれた。

 結婚式は、交通の便が良い駅の近くのホテルに決め、式はホテルのチャペルで、披露宴はそのホテルのレストランで行うことにした。

 結婚式の準備は山ほどある。衣装決め、披露宴の料理、会場の装花、ブーケ、引き出物、音響……などなど、他にも沢山決めることはある。招待状は式の二ヶ月前発送だし、ドレスは一度決めたら体型が崩れないように、維持していかなくてはならない。


「結構あるなぁ」


 渋沢家のリビングで、私は結婚式までの「やることリスト」と「招待客のリスト」を、しげしげと眺めていた。まもちゃんは今日は仕事がいっぱいいっぱい。だから二階でアシスタントさんと、ひいひい言いながら机に向かっている。一人で出来ることは全部やる、とまもちゃんに宣言した手前、音を上げるわけにはいかない。でも、焦らずゆっくり、丁寧に結婚式というイベントを迎えたい。その思いが私を再びリストに向かわせた。

 

 数週間後、結婚式の準備もほどほどに、両家の顔合わせをすることになり、私の両親にはこちらに出てきてもらった。まもちゃんのご両親はまだしばらく日本にいるが、国内を飛び回っているので今日だけは帰ってきてもらい、こうして無事顔合わせをすることになったのだ。

 都内のちょっと名高い料亭を私の会社の部長に紹介してもらい、顔合わせをすることに。そこにはお互いの両親の他に、樹くんや翠ちゃんも顔を出した。

 樹くんは今、父親の仕事を継ぐために大学院を辞めて一緒に行動し、翠ちゃんは一人暮らしを始めた。少しでも早く自立したい、という彼女の意思を尊重して、一人暮らしを認めることとなった。勿論、まもちゃんはあまり良い顔をしない。「そんなに早く自立しなくたって……」と、翠ちゃんが一人暮らし宣言をした日に、ぽつりと呟いたのを覚えている。可愛い妹がこんなに早く巣立ってしまうなんて、と、まるで父親のようにがっくりと背中を丸めていた。この家から、樹くんも翠ちゃんもいなくなってしまった寂しさを、私が埋められるかな? 

 顔合わせは終始和やかなムードで行われ、両家の父親は見事に酔っ払いへと変貌し、傍らで母親が溜息を吐いている姿は、なんとも言えぬおかしさがあった。でも、私達のことをちゃんと認めてくれた両親にはとても感謝している。これから先、家族ぐるみで仲良くしていければいいなぁと思いながら、顔合わせは終了したのだった。


「そういえば、あなたたちはあの家にそのまま住むのよね?」


 帰り際に、まもちゃんの母親が聞いてきた。私とまもちゃんは顔を合わせ、今頃になって気がついた。

 新居の相談、してなかった!!

 全く何の疑問も持たず、私もまもちゃんもあの家に住むものだとばかり思っていたので、結婚式の相談ばかり盛り上がっていたのだ。新居? え、何それ? くらいの勢いで、私とまもちゃんはようやく、お義母さんの言葉で気がついたのだった。


「母さんたちがいいなら、僕達はあそこに住もうかと思ってるけど、ね?」

「う、うん」


 まもちゃんも私も少し動揺していたが、お義母さんにそう告げると、にっこりと微笑んで「住んでくれると助かるわ」なんて言いながら、けらけらと笑っていた。

 人が住まない家は傷みやすい。あの家にはきっと、渋沢家の沢山の思い出が詰まっているだろう。そこに私は新たな家族として加わり、思い出をさらに増やしていきたいと思う。だから、新居なんて考えずに、あのままあの家に住むことは大賛成だった。

 いつかは、ご両親が家に帰ってくるかもしれない。翠ちゃんや樹くんも帰ってくるかもしれない。皆が帰ってきて家族が揃ったら、きっと皆喜ぶに決まってる。だったら、皆が帰ってくるまで、私とまもちゃんであの家を守っていこう。

 顔合わせが終わり、私の両親はそのまま都内をブラブラするからと言って、この場を去っていった。まもちゃんの両親は、なんと、このあとまだ仕事があるらしい。忙しい両親だとは思っていたけれど、改めて本当に忙しい人たちなんだなぁと実感した。


「ね、ね、おねぇさん」


 いつもならご両親に一緒について仕事を教えてもらっている樹くんが、私に擦り寄ってきた。ほんの少しお酒を飲んだせいか、少し甘えた声で私を「おねぇさん」と呼ぶ。


「樹くん、酔ってる?」

「こんなの、酔ったうちに入らないって。それよりさぁ、本当に兄ちゃんでいいの?」

「ん?」

「兄ちゃんから俺にするなら、今のうちだよ。こんなにお買い得物件を目の前にしてるんだからさぁ。ねぇ、どう?」

「あのねぇ……」


 きゃはは、と明らかに酔っ払っているような高い笑い声をあげて、樹くんは冗談を言う。懲りないなぁと思い、溜息を吐きながら樹くんに、ちょっくら説教でもしてやろうと思った瞬間のことだ。「ごん」と鈍い音が、樹くんの頭上に降り注ぐ。


「いってぇ!」

「樹……またそうやって、香澄をからかうのもいい加減にしろよ!」


 まもちゃんの拳骨が、樹くんの頭上に思い切り降ってきたようだ。樹くんの方が身長が高いので、まもちゃんの拳は頭上から真っ直ぐ降りず、横殴りのようになってしまっていたけれど、樹くんには効果覿面だったようだ。

 

「ほら! こんな乱暴な兄ちゃんより、絶対俺の方が優しいって」


 涙目になりながら、まだ冗談を言い続ける樹くんに、くすっと大人びた笑いを向けるのは翠ちゃんだ。


「樹兄は素直じゃないんだから。守兄に構ってもらいたいからって、香澄ちゃんをダシにしちゃ駄目だよ」

「ち……違う!」


 図星をさされてしまったようで、樹くんの顔がみるみる赤く染まっていく。兄妹が仲良しで、しかもまもちゃんは樹くんと翠ちゃんにとって、親のような存在でもある。頼りになる兄に甘えたい気持ちはわからないでもない。でも。


「樹くんは、そろそろ兄離れしないとね! だってまもちゃんは私の旦那様になるんだから」


 びしっと人差し指を向けて、樹くんに釘を刺す。

 穏やかな笑いと、兄妹の仲良い光景が、心を暖かくしていく。素敵な家族に恵まれて、私はなんて幸せなんだろう。

 これからの明るい未来を願って、私はもうすぐ、渋沢香澄になる。

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