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47・理想の二人


 いよいよ運命の土曜日。

 先日道で蹲っていた妊婦さんを助けた事が縁で、その旦那様である黒川社長直々に、ご自宅へと招待されていた。しかし、その厚意は嬉しいけれど、会って間もない人の家に一人で行くには少々勇気が必要だ。そこで黒川さんに電話を掛け、もう一人連れて行ってもいいかと尋ねたところ、すんなりOKしてもらえたので今日、こうしてまもちゃんと一緒に黒川邸を訪ねたのであった。


「……僕は全く面識ないけど」

「ごめんね、まもちゃん。でも、断れなそうだったし一人じゃ心細いし……」

「いや、いいんだけど。でもこの威圧感ったら」


 私達は今、目の前に聳え立つ大きなお屋敷を見つめながら冷や汗をかいている。

 あまりにも大きすぎる門構えに、インターホンを押すことさえ躊躇ってしまう。立派過ぎる門構えからは、中の庭や家すらも見えない。改めて黒川商事という会社の大きさを痛感した瞬間だった。

 しかし、ここでいつまでも二人で突っ立っているわけにもいかない。私は「えいっ」と掛け声を発しながらインターホンへと指を伸ばしたのだった。

 インターホンを押したのだが、応答される前に横から一台の車が近づいてきて、私達の目の前でピタリと止まり窓が開いた。


「どうもどうも」


 へらっと笑みを浮かべているのは、黒川さん本人だ。ひらひらと手を振りながら緩んだ笑顔を浮かべる黒川さんを見て、今まで緊張していたのは何だったのか、とガックリ膝をつくくらい、疲れがどっと出てきた。


「ごめんごめん。ちょっと仕事で社の方に行ってたから。どうぞ乗って乗って」

 

 言うが早いか、運転席からサッと素早い身のこなしで降りてきたのは一柳さん。笑顔で後部座席の扉を開き、妖艶な笑みを浮かべながら「どうぞ」と乗るように促した。

 やっぱり一柳さんは、素敵だなぁ。

 隣にまもちゃんがいるというのに、私はほんの少し一柳さんに見惚れてしまった。それに気付いたまもちゃんは、ちょっとだけ拗ねたように唇を尖らせる。


「どうせ僕は、子供っぽいですよ」


 ふて腐れながら小さな声で、ぽつりと嫉妬の心を見せる。

 いやいや、まもちゃん。そんなまもちゃんが私は大好きだって、まだ気付いてないの?

 ふふっ、と笑いながらまもちゃんを見つめると、まもちゃんはまだふて腐れている。じぃっとまもちゃんを見つめると、ようやく私に視線を向けてくれて、私はにっこりと笑みを浮かべた。にこにこしているうちに、まもちゃんは目を泳がせた後に笑顔になり、私達は周りを無視してらぶらぶしていた。


「おーい。べたべたするなら二人でいる時にしてくれ」


 堪りかねた黒川社長が、一つ咳払いをしてから私達に警告をした。

 流石に私もまもちゃんも恥ずかしくなり、俯いたまま声にならぬ小さい声で「すみません」と二人同時に謝ったのだった。

 黒川さんの車に乗り、門を潜っても家の前はまだ見えない。どれだけ広いんだ! と突っ込みたいけれど、突っ込む前にお屋敷の入り口が見えてきた。

 門から真っ直ぐお屋敷に向かって伸びる道を、一台の車が通っていく。広大な花畑や噴水、バラのアーチなど、どこか別の国に迷い込んだような気がする、この黒川邸の庭に目を奪われているうちに、車はお屋敷の玄関先でゆっくり停車した。


「どうぞ」


 またもや素早い動きで、一柳さんが扉を開いて私達が降りるのを待ちわびていた。出来すぎる秘書一柳さん、やっぱり彼は只者ではない。一柳さんはそのまま車をガレージに、黒川さんはお屋敷の玄関を潜っていった。


「ようこそ。さ、日菜子が首を長くして待ってるぞ」


 玄関に入ると、あまりにも広い玄関に思わず溜息が漏れる。ここだけで、私の部屋の何倍か! 広い玄関に吹き抜けの天井。絨毯張りの廊下にいくつもの扉が見える。部屋を彩る観葉植物やアンティークの置物など、いかにも「社長ですが何か?」みたいな空気が流れている気がした。

 内装に目を奪われてキョロキョロしていると、会談の上から鈴のような声が聞こえてきた。


「おかえりなさい。あ……いらっしゃい! お待ちしてました!」


 ふわりとした淡いブルーのワンピースに身を包み、おくるみに包まれた赤ちゃんを胸に抱いてゆっくりと階段を下りてくる女性、それは黒川社長の奥様の日菜子さんだった。日菜子さんの姿を見て、私はぺこりと頭を下げ、「こんにちは」と挨拶をしようと近づくと、素早く黒川社長が来て、私達の前に立ちはだかる。


「こら! しっかり消毒しろ! 日菜子、菫は俺が抱くからゆっくり降りて来い!」

「もう、譲ったら。心配性は治りませんね」


 黒川社長が日菜子さんから子供を受け取り、胸に抱きながら、とても愛おしそうに我が子を見つめている。その表情は、すっかり社長の顔から父親の顔へと変わっていた。

 日菜子さんに聞いたところ、黒川社長は子供が産まれてからといものの、色々なことに気を遣い、ちょっと厄介な性格になってしまったのだという。赤ちゃんが悪い病気にかからないように、私もまもちゃんもきっちり消毒をして、そっと赤ちゃんの顔を覗き込んだ。


「名前は菫だ。可愛いだろ?」


 少し自慢げに黒川社長は、ふふんと鼻を鳴らしながらデレデレに崩れた表情で話しかけてきた。デレデレすぎて締まりはないけれど、とても幸せそうなので、なんだかこちらまで幸せな気持ちになってくる。


「うわ、可愛い。お名前は、すみれちゃんっていうのね」

「香澄、見て。りんごのほっぺだね」


 ふわふわで丸々した菫ちゃんは、ほっぺがりんごのように赤く、ぎゅっと手を握ったままスヤスヤと気持ち良さそうに寝息を立てている。


「可愛い、ちっちゃい指にちっちゃい爪! お人形さんみたい」


 黒川社長の隣で、嬉しそうに笑みを浮かべる日菜子さん。黒川社長は「そうだろ?」と得意げな顔をしている。

 日菜子さんは産後、少し貧血気味のようで少しフラフラすることはあったものの、黒川社長が赤ちゃんを抱きながらも日菜子さんに気遣っている。まさに、彼ら夫婦は私にとって理想の夫婦の姿だった。

 素敵だなぁ……黒川社長と日菜子さん。私達もいつか、こんな風に赤ちゃんができて……。

 彼らの姿を見て、私は未来に思いを馳せる。まもちゃんとの、そう遠くない未来、こうして赤ちゃんを胸に抱き、幸せな気持ちを経験する事ができるのだろうか。母親という役割を、私はちゃんとこなすことができるのだろうか。色々思うことはあるけれど、何はともあれ、彼らの幸せそうな姿に、私とまもちゃんはお互い顔を見合わせて、少しだけ照れくさそうに笑い合ったのだった。

 


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