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42・マリッジ・ブルー


 お酒も回り、私もまもちゃんもふわふわとした気分になり、呂律もあまり回らなくなってしまっていた。

 時計を見ると、すでに夜中の一時を指しており、私はゆらゆらと頭を揺らしているまもちゃんの肩を、とんとん、と叩いた。すでに船を漕ぎ始めているまもちゃんは、少し肩を叩いたくらいでは起きてくれないので、少し肩を揺らしてみることにした。


「まもちゃん、起きて。こんなところで寝たら風邪引いちゃう」

「むー……」

「まもちゃんったら!」

「むぅ」


 起きない。握手会を終らせ、両親に自分の職業を打ち明け、精神的にも体力的にも疲れきっていたのだろう。そんな中、私の為にこんなに素敵なホテルの部屋を予約してくれたり、誠吾さんに連絡してくれたりと、自分が疲れているにも関わらず動いてくれる。それはとても嬉しいけれど、同時に心配でもあった。

 もしかして私、まもちゃんに無理させてはいないだろうか。

 無意識のうちにまもちゃんに無理をさせてしまっているのではないかと、とても不安になってしまう。そう訊いても、きっとまもちゃんなら笑顔で「大丈夫」と言うに違いない。だからこそ余計に心配になってしまう。

 まもちゃんと一緒に過ごすこの時間は、私にとってとても大切なものだ。でも、まもちゃんの足手まといになってないか。そして、彼に無理をさせていないだろうか。幸せな結婚を迎える前にどうしてこんなに不安になるのか、自分でもよくわからない。あまりにも幸せすぎて、突然ネガティブになってしまうって、私、何か変だ。

 左手にきらりと光る、まもちゃんから貰った指輪を見つめながら、これからのことを考える。すると、どんどんネガティブな自分が顔を出し、このまままもちゃんと一緒にいてはいけないような気すらしてしまう。さっきまであんなに楽しく笑い合っていたのに、私、一体どうしたのだろう。


「本当に、まもちゃんと結婚してもいいのかなぁ……」


 ぼそっと独り言を呟き、はぁっと大きな溜息を吐く。窓から見えるネオンの煌きを目にしても、どこか心が満たされない。素敵な眺めに美味しい料理、そして愛しい彼が傍にいる。それに不安があるわけじゃないのに、うまく言えないけれど必ず不安が見え隠れする。

 窓辺の椅子に膝を抱えて座っていると、背後からまもちゃんが私に話しかけてきた。


「結婚、嫌?」


 振り返ると、とても寂しそうなまもちゃんの表情が見えた。

 そうじゃない。結婚するのが嫌なわけじゃない。でも、うまく言えないけど、なぜかとても不安なの。

 そう言いたかったのに、言葉が喉まで出掛かっては飲み込んでしまう。このままでは、まもちゃんとの結婚はおろか、まもちゃんに嫌われてしまうのではないか。それだけは絶対に嫌だ!

 私の言葉がまもちゃんに届く前に、まもちゃんはふっとはにかみながら私を見る。そして少し肩を竦めながら、照れくさそうに私に告げた。


「もしかしてだけど、マリッジブルーってやつかな?」

「これが、そうなの、かな」

「だとしたら、僕は少し安心かな。香澄が本心から僕との結婚を嫌がっているわけではないってことだから」

「嫌じゃないよ! むしろ、一緒にいたいもん。でも、なんだか不安が広がって、収拾つかないの」

「香澄。僕の言うこと、ちゃんと聞いてね?」


 まもちゃんは照れくさそうに頭を掻きながら私の耳元に近づいてきて、静かに囁いた。


「僕を幸せにできるのは、世界中で香澄、唯一人だよ。僕にとって、誰よりも大切なのは香澄だけだ」


 宝石のような言葉が耳から体全身へと巡ってくる。囁かれた耳が熱を帯び、その熱はやがて全身を覆いつくしていった。

 なんという幸せを、私は手に入れたのだろうか。

 まもちゃんの言葉一つで、私の中から不安の二文字が綺麗さっぱり消えていった。

 そう。目の前の彼を信じて、一緒に歩いていくと誓ったのだ。疲れたら肩を貸して、借りて、お互い助け合って歩んでいくと決めたのに。なぜあんなに不安だったのだろうか。

 

「ありがとう、まもちゃん」

「僕の気持ち、伝わった?」

「うん。沁みてきた」

「それは良かった。でも、あぁ、恥ずかしかった……」


 よっぽど恥ずかしかったのだろう。まもちゃんが顔を両手で覆っている。手のひらで隠しきれなかった耳朶は、愛らしいくらい真っ赤に染まっていた。

 大好きな人と、幸せな結婚をする。それって、本当に奇跡みたいだ。奇跡なのか、運命だと言うべきなのか。何が正しいかなんてわからないけれど、確かに言えることは唯一つ。

 私は、世界一の幸せものだ。

 それは、他の人から見たらそうは見えないかもしれない。でも、私にとっては世界一幸せな出来事。


「まもちゃん。一緒に幸せになろうね」


 ぎゅっと抱き合いながら、蕩けるほどのキスを交わし、熱く熱を帯びた夜に私達は何度も肌を重ね合ったのだった。

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