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40・もう君を離さない

 せっかくご両親が帰国されたというのに、まもちゃんは私の手を引いて実家を出て行ってしまった。今日はこのまま家族団欒で食事でもするのかと思っていたので、まもちゃんが私と二人きりで過ごしたいと言ってくれたことが嬉しくもあり、少々悪いような気もしていた。


「ねぇ、まもちゃん。本当にいいの? せっかくご両親が帰国されてるのに」

「うん。大丈夫。それに、全部終ったら香澄と二人きりで過ごしたいって思ってたから」

「でも、ご両親に悪い気がするんだけど」

「僕ももう、子供じゃないし。それにほら、しばらくは日本にいるみたいだから、改めて香澄をきちんと紹介するからね」


 まもちゃんがそう言うなら、私はこれ以上何も言えない。

 ご両親がしばらく日本にいるというのなら、私の両親とも会ってもらったほうがいいのかなぁ。

 私はまもちゃんにプロポーズされてから、色々なことを考えていた。

 結婚するまではやることが山ほどある。まず始めに考えたのが『結納』のことだ。最近では結納というのは行わず、簡略化されてしまっているようだ。顔合わせといって、両家揃ってどこかで食事をするだけという方法が、最近では主流だという。まもちゃんに色々聞きたいことはたくさんあるけれど、今はひとまず、まもちゃんについていってみよう。

 まもちゃんが私の手を引いて歩いていく背中を見つめていると、まもちゃんが私のほうを見ないまま、ぼそりと何かを呟いた。


「え、何?」

「なんか、ごめん。僕、ちょっと強引だったよね」

「まもちゃんにしては珍しいなぁとは思ったけど、でも気にしてないよ」

「そう? それならいいけど」


 ちらりと振り向いたまもちゃんの横顔からは、安堵の色が窺えた。きっと、強引に私を引っ張り出してきたことを気にしていたのだろう。そんな細やかな気遣いが、私はとても嬉しかった。ああ、さすがまもちゃんだなぁって思った。

 手を繋いだまま駅に行き、十分くらい電車に揺られて着いた場所は、日本で一番人の往来が激しいのではないかと思われる繁華街。その中でも、一番目立つホテルへとまもちゃんは足を向けていく。

 もしかして、あのホテルに泊まるの?

 それはあまりにも大きく、立派な、そして最近では充実したプランが口コミで広がり、なかなか予約がとれないと聞いていたホテル。女性なら誰でも憧れるような、女性のためのプランが頭を悩ませるほど多くあるという。そして、どのプランをとっても完璧なまでにお客様を喜ばせるという。そんなホテルが今、私の目の前にある。


「ま、まさかここに泊まるの?」

「うん。運良く予約が取れたんだ。……嫌?」

「まさか! 凄く嬉しい! ずっと憧れてたの」

「そうか。それなら良かった」


 微笑むまもちゃんに手を引かれ、スマートなエスコートでホテル内へと踏み込んでいった。

 フロントで予約の名前を告げ、部屋へと向かう。最上階にはいくつかレストランがあり、他の階にもエステルームやプール、シアタールームやお洒落なバーがある。客室も多くあるけれど、週末ともなれば予約はぎっしりの大人気ホテルだ。そんなホテルの一室に入った瞬間、私は感嘆の声をあげた。


「うわぁ……! 素敵……」


 ドアを開いて中へ歩いていくと、そこには十人くらい座っても余裕がありそうなレザーのソファーがあり、大きな窓からはたくさんのビルが見える。ローテーブルの上にはカードが置かれてあり、そこには『贅沢な時を、お楽しみください』とメッセージが添えられていた。メッセージカードの隣には色とりどりのウェルカムフルーツが置かれている。こんな立派なホテルでもてなされたことは、未だかつてない私は、初めての経験に感動を覚えていた。


「気に入ってくれた?」

「うん、うん! すっごく素敵!」

「良かった。女の子がどういうものが好きなのかわからないから、僕なりに調べてみたんだ。良かった、気に入ってくれて」


 私も嬉しいけれど、まもちゃんも嬉しそう。それは、私が喜んだから嬉しくなってくれていると思ってもいいのかな。

 それにしても、まもちゃんったら忙しいのに、私の為に下調べまでしてこんなサプライズを用意してくれているなんて。なんだか、とても愛されているような気がして、心の中がほっこりと暖かくなった。

 自然にこういうことができるのも素敵だけど、まもちゃんみたいに「下調べした」と見栄を張らない方がなんだか嬉しい。そういうところが、まもちゃんらしいなぁと思う。


「香澄。今日はね、二人でゆっくりしたいなぁと思ったから、夕飯はルームサービスにしようと思っているんだ。いいかな?」

「うん! ルームサービスってちょっと憧れてたんだ」


 レストランにならホテルに泊まらなくても行けるけど、ルームサービスってなんとなく映画なんかで見たことしかなかったから、少し憧れていた。二人きりでルームサービスを楽しみ、シャンパンをあけ、ほろ酔い気分で楽しい時を過ごせると思ったら、なんだかわくわくしちゃう。

 しばらく、部屋の中の備品やアメニティなどのチェックを楽しみうろうろしていたが、隣の部屋の扉を開けた瞬間、私は固まってしまった。そこには、存在感たっぷりなキングサイズのベッドが、部屋の中央にどん、と鎮座していたのだ。まもちゃんと一緒に泊まる、ということは、まもちゃんと今夜はこのベッドで……なんて考えていたら、急に恥ずかしくて顔が熱くなった。まもちゃんと一緒に寝るのは、久しぶりだ。ましてや、こんなに素敵な部屋でまもちゃんとだなんて……。

 香澄、しっかり! まもちゃんと初めてなわけじゃあるまいし、そんなに緊張しなくたっていいじゃない!

 自分に言い聞かせながら、自分の頬をぺしぺしと叩く。するとまもちゃんが、私の腕を掴みながら、にこりと微笑んだ。


「緊張してるの?」

「う……少し」

「僕も。香澄と同じように緊張してる」


 「ほら」といって、まもちゃんが私の手のひらを自分の胸に当てた。私の手のひらから伝わってくるまもちゃんの鼓動は、私と同じくらい速く打っている。

 そうか。まもちゃんも緊張してるのかぁ。そっかぁ。

 自分だけが緊張して、まもちゃんは余裕なのかと思っていた。でも、緊張していたのはまもちゃんも同じで。それがなんだかとてもホッとした。

 気がついたらまもちゃんは、キングサイズのベッドにころんと横になって、まもちゃんの隣をぽんぽん、と手で叩く。


「香澄。おいで」


 優しく誘われて、私は自然にまもちゃんの隣に行くと、優しく抱きしめられた。

 首筋にかかるまもちゃんの息が、なんだかくすぐったい。背中に回された腕は、包み込むように優しく私を抱きしめている。


「もう、香澄を離さないからね。ずっと僕の傍にいて」


 囁くような声が、私の全身に駆け巡る。それは、愛おしいまもちゃんの愛に溢れた言葉。

 「ずっと傍にいるよ」そう言いたかったけれど、胸いっぱいで言葉が出ない。だから私は、返事の代わりにまもちゃんを抱きしめる腕に力を込めた。

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