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04・言葉の宝物

 ケーキバイキング会場内で抱き合う私達の姿は、周りから見たらかなりしらける状態に違いない。それでもまもちゃんの腕の中は暖かくて、誰がどう思おうと安心できるのだ。しかし隣にいる誠吾さんはひとつ溜息を吐いて、再び席につきケーキを口に運んでいた。まるで今まで何もなかったかのように普通にケーキをむしゃむしゃと食べている。まもちゃんも衝動的に私を抱きしめたので、ふと我にかえると共に私を体から離した。そして真っ赤に染まった顔で小さく「ごめん」と謝る。あぁ、どうしてこんなに可愛いのだろう? 私の可愛いまもちゃんは。


「と、とにかく! 僕達は行くからね」

「ケーキ、もう食べないの? 守も食べていけばいいじゃない」

「僕はいいよ。香澄は……食べたい?」


 正直、ここのケーキバイキングは魅力的なスイーツが勢ぞろいしている。食べたい? と訊かれれば食べたいと首を縦に振るだろう。でも、まもちゃんと二人きりでデートする時間はこの先どれくらいあるのかな……。忙しい仕事柄、家から出られることが少ないので二人きりで過ごせるなら、少しでもいいので二人で過ごしたい。ケーキとまもちゃんを天秤にかけるつもりはないけれど、それくらいここのケーキは魅力的だ。恐るべし、スイーツパワー! 

 そんな私の考えを見抜いたのか、まもちゃんはふっと笑って席に着いた。そして私も席に着くように促す。


「少しだけ、食べていこうか」

「……はい!」


 その優しさが嬉しかった。そして目の前にいる誠吾さんの表情も明るい。多分、久しぶりの息子との会話をもう少しだけ楽しみたいと思っていたんじゃないかなぁと心のどこかで私は思っていた。ずっと会えなかった我が子が、目の前にいる。そんな状況に実の父親なら喜ばないわけがない。ほんの少しでも親子の時間を二人に堪能して欲しかった。

 それにしても……まもちゃんの親子関係って凄いなぁと思う。父親は売れっ子メイクさん、母親は小説家、そしてまもちゃんは漫画家だ。うちの父親は普通のサラリーマンだし、母親はスーパーでパート務めをしているごくごく普通の家庭だ。えらい違いだなぁと思いつつも、なんだか両親が懐かしくて少しだけ会いたくなってしまった。元気にしてるだろうか? 田舎から東京へ出ることを最後まで反対していた父親、いつも私の気持ちを汲んでくれる母親。時々電話をかけても父親と話す機会もなく、帰省もしていない。幼馴染のたろちゃんの手作り結婚式の時だって次の日は仕事だった為、実家には寄らずに真っ直ぐ帰ってきてしまったのだ。今日、帰ったら電話してみようかな……。珍しく感傷的になってしまい、少しだけ鼻声になってしまった。

 気がつくと目の前にはケーキがどんどん積まれていて、誠吾さんとまもちゃんが楽しそうに話をしている。いや、楽しそうなのは誠吾さんでまもちゃんは少しだけ嫌な顔をしていたけれど。楽しそうに話をしていたけれど、ずっとケーキを食べる為に動かしていた誠吾さんの右手がふと止まり、持っていたフォークをお皿に置いた。カチャッと小さな音を鳴らしてから、誠吾さんの表情から笑顔が消えた瞬間だった。


「……お母さんは元気?」


 少し緊張しているのか、誠吾さんの声は震えていた。お母さんというのはまもちゃんの母親のことだろう。それはすなわち誠吾さんと別れた女性なわけで……。まもちゃんも同じようにフォークをお皿に置いて真っ直ぐ誠吾さんを見つめ返す。そしてゆっくりと口を開いた。


「元気だよ。会ってないけど。……でも、人生で一番幸せそうだ」

「そう。それならいいの。ありがとう、守」

「父さんはどうなの? 幸せなの?」

「勿論幸せよ? 仕事は順調だし、心配してくれる友達もいるし、こうして私を気遣ってくれる可愛い息子もいるしね」

「何馬鹿なことを……。それより、さっき奈美さんに会ったよ? これから仕事だって?」

「奈美ちゃんったら、ケーキバイキングを断って映画に行っちゃうんだもの……。そう、仕事よ。今日は夜からなのよね」

「相変わらず売れっ子メイクさんなんだね」

「まぁね。守が実験台になってくれたからお陰さまでここまで売れました」


 ふざけて三つ指をテーブルの上で揃え、深々とまもちゃんに頭を下げる誠吾さんが面白かった。それにしても奈美ちゃんって誰だろう? 首を傾げて考えていると、まもちゃんがいつものように私の考えを察して奈美ちゃんという人のことを教えてくれた。


「奈美さんは父さんのお弟子さんだよ。いつも一緒に現場を回っている一番弟子。さっき映画館で話していた人が奈美さん。……それで誤解は解けた?」

「そうだったんだ……ごめんなさい。勝手に妄想膨らませてまもちゃんに無実の罪を着せるところだった」

「無実の罪を着せられなくてよかったよ。僕は香澄だけしか見えないからね」


 どうしてこうあっさりと凄い台詞を私に向けるのだろう。本人は気付いていないのかな。自分がどれだけ凄い台詞を言っているのか……。

 『香澄だけしか見えない』

 今日、ここでまた、新しい宝物を貰ったような気がした。まもちゃんの気持ちが詰まった嬉しい言葉の宝物、これからどんどん増えていくといいな。

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