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29・そのままの君でいて


 電話から三十分後。部屋の中にインターホンが鳴り響く。

 私は慌ててリビングの壁に掛かっている液晶を見ると、そこにはマンションの入り口にいる、息を切らしたまもちゃんの姿が映っていた。どれほど急いで私に会いに来てくれたのだろうか。それは額に浮かぶ汗を見れば、一目瞭然だった。

 そのまま、まもちゃんが入れるようにロックを解除して、彼をマンション内に招き入れる。そして玄関の扉を開くと同時に、私はまもちゃんに飛びついた。


「まもちゃん、心配かけてごめんなさい!」


 扉が開いたと同時に飛び出したものだから、まもちゃんは私を受け止めきれずに尻もちをついてしまった。その、尻もちをついた状態のまま、私はまもちゃんの首に腕を絡めてぎゅっと強く抱きしめた。すると、まもちゃんも私の背中に手を回し、同じようにきゅっと抱きしめてくれる。この優しさが、やっぱりまもちゃんだなぁ、と感じながらしばらく私達は抱き合っていたのだった。



「あの、とにかく中に入れてくれるかな……?」


 ちょっと恥ずかしそうにまもちゃんが私にそう言うと、私はふと我にかえり、まもちゃんから体を離した。別に何日も会っていなかったわけでもないのに、なぜかずっと会っていなかったような気がしてしまい、思い切り抱きしめたまま、まもちゃんを堪能していたのだ。


「あ、ごめん。とりあえずじゃあ、中に入ろうか」

「うん、入ろう」


 そう言って立ち上がり、お尻をパンパンと叩きながら私とまもちゃんは、部屋の中に入っていった。

 部屋に入ってからのまもちゃんは先程までの私の行動とそっくりで、珍しいものを見るようにきょろきょろと部屋を見回している。それはそうだろう。こんなに立派な部屋、一般庶民の私達には考えられないほどの豪華さで、思わず見入ってしまうほどだ。そしてやっぱり目についたのは、一際大きな窓。そこから見る景色には、本当に圧倒されてしまう。辺りが程よく暗くなってきたので、窓から見える景色にちらほらと明かりが灯る。その光がどんどん増えていき、やがて幻想的な夜景へと変化していった。


「すごく綺麗だね」

「そうだね。父さん、こんな豪華なところに住んでたんだなぁ。住所しか知らなかったから、ここに着いた時は吃驚した」

「私も! 連れてこられたときは、どこの世界に来たのかと思ったよ」


 私もまもちゃんも、完全に庶民丸出しの会話を楽しみ、夜景と共におしゃべりは弾んでいく。しかし次の瞬間、まもちゃんが「あ」と声をあげ、真剣な表情で私の顔を覗き込んだ。


「実は、香澄が父さんに連れて行かれてからすぐに、母さんに電話したんだ」

「え? 早いね、まもちゃん」

「だって、早く香澄を取り返したかったから」


 ストレートな言葉を、照れることなくぶつけてくるまもちゃんに、私の胸は大きく跳ねた。こうして、まもちゃんは時々、私をとても幸せな気持ちにさせてくれる。本人は自覚していないようだが、何気なくさらりと人が喜ぶことを言えるって、本当に凄いなぁって思う。いつだってまもちゃんが私を幸せな気持ちにさせてくれる。だから、本当は一刻も早く、まもちゃんの家に帰りたい。でも……。


「まもちゃん。私、ここで待ってるね。まもちゃんがちゃんとお母さんに正直に話せた時は、まもちゃんの家に帰ってもいいんだよね?」

「うん、勿論だよ。でね、来週頭に両親揃って、久しぶりに日本に帰ってくるんだ。滞在期間は短いけど、その時、香澄のこと紹介したいんだ」

「う。き、緊張するなぁ」

「大丈夫。そんなに緊張するような相手じゃないよ」


 まもちゃんはケラケラと笑っているけど、女にとって彼氏のお母さんというのはなんとなく怖いのだ。お母さんに気に入られなければ結婚も危うくなる、ような気がする。嫁姑問題は主婦向けの番組でしょっちゅう取り上げられているテーマだ。番組を観て嫁姑関係っていうのは、いかに難しいのか思い知ったけれど、気に入ってもらえるのだろうか。不安と緊張が今から押し寄せているというのに、一体当日はどれほど緊張するのだろう。もしかしたら、呂律が回らなくて馬鹿なことを口走ってしまうかもしれない。それとも、何かとんでもない失態を犯してしまうかもしれない。

 もしかしたら、の状況ばかりを想像していたら、私の顔色はみるみる青くなっていった。ぐるぐると表情を変える私の姿を見て、まもちゃんがぷっ、と笑いながら優しく頭を撫でてくれる。


「僕が傍にいるからね。そんなに緊張しないでね」


 まもちゃんの優しい瞳に見つめられると、変にこわばっていた体からふっ、と力が抜けて、不安でいっぱいだった心に安心感が溢れてくる。

 不思議だな。まもちゃんの言葉は、どうしてこんなに安らぐんだろう。

 いつもの自分を取り戻した私は、そっとまもちゃんの肩に寄り添って、ゆっくり瞳を閉じた。まもちゃんの体温を感じながら、穏やかな時間を肌で感じ、幸せすぎるこの時間を堪能していた。


「まもちゃん」

「ん?」

「私、良いお嫁さんになるように、頑張るね」

「……頑張らないで、今のままの香澄でいてね。僕は今の香澄が大好きだよ」


 ああ。今この瞬間、私の頭の中に、教会の鐘の音が鳴り響いた気がした。

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