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27・デザイナーズマンション


「ところで誠吾さん」

「何かしら?」

「私、本当に誠吾さんのところに住むことになるんでしょうか?」

「そうよぉ。今から一緒に帰りましょうね」


 確かに、今の私は宿無し状態だ。まもちゃんの家に住むと決めてから、早々に前に住んでいたマンションを解約してしまったし、だからといってまもちゃんの家に住むことになればアシスタントさんの目もある。まもちゃんと友達同士を演じるには無理がある。まもちゃんが目の前にいたら、やっぱりどうしても『女』の顔になってしまうだろう。ホテル住まいにするにはお金がかかりすぎるし……などと考えていたら、やっぱり最終的には誠吾さんのお宅にお世話になるしか答えは見つからなかった。

 誠吾さんの家までは電車で駅五つほど。会社まで通うのも大変ではない。だけど、どうしてもどこかで躊躇してしまうのは、女言葉とはいえ誠吾さんは男性だからだ。男性と二人きりで暮らすなんて父が聞いたら、どれほど怒られるだろうか。父が鬼の形相で怒っている姿を想像したら、身震いしてしまった。絶対、バレないようにしないとね。

 誠吾さんと電車に乗り、車窓に映る流れ行く景色をぼんやりと眺めていた。通勤時は景色を眺める余裕などはなく、ただひたすらラッシュとの闘いでぼろぼろになって駅に辿り着く。今の時間は、電車内の乗客は疎らで、私も誠吾さんも無言のまま景色を眺めていた。


「着いたわよ」


 ぼんやりしていて気付かなかったが、どうやら降りる駅に着いたようで、誠吾さんに手を引かれながらホームに足を下ろした。通り過ぎたことはあったけれど、この駅は初めて降りる駅だ。何処に何があるのかなんてさっぱりわからない。右も左もわからない私と並んで歩く誠吾さんは、色々説明しながらゆっくりと家までの道を歩いてくれた。駅前からは商店街になっていて、その賑やかな商店街を通っていくと、実家を思い出す。実家の近くにもこうして賑やかな商店街があり、町全体が知り合いのように顔を合わせれば挨拶をする。そんな光景を思い浮かべていたら、ちょっとだけ懐かしさを感じた。だからだろうか、この町が自分に合っているような気がしてならない。商店街は八百屋さんやお魚屋さん、お肉屋さんに床屋さんなど商店街にはよくあるお店が並んでいる。そろそろ閉店時間が迫っているのだろう。商店街の人は、みんな店じまいの仕度を始めている。そして時折、誠吾さんの姿を見つけた商店街の人たちが声をかけては、少しずつ色々なものをくれた。みんな笑顔で、誠吾さんも笑顔で、なんだか見ている私まで笑顔になってしまう。人と人との結びつきが、この町にはちゃんとあるようだ。


「こんなにもらっちゃったわ」

「誠吾さんって人気者なんですね」

「そうなら嬉しいわ」


 いっぱいの野菜やお肉、そしてお惣菜などを私と手分けして持ちながら歩く。その姿は他の人から見れば、夫婦に見えたのだろう。実際、商店街の人に「若い奥様ね」なんて何人もの人に言われてしまった。そして誠吾さんは否定もせず、ただ笑うだけ。

 ……本当に誠吾さんの家に住んでもいいのだろうか。う~ん……。

 商店街を抜けてもうしばらく歩くと、なんだか立派な住宅街に入り、その中でも一際目立つデザイナーズマンションが目に飛び込んできた。


「うわ、素敵なマンション! 誠吾さん、私実は、いつかあんなマンションに住んでみたいって思ってるんですよー」


 なんて言ったら誠吾さんは、ふふん、と笑う。


「あそこ、私が住んでるところよ」


 私は驚いて目を見開いたまま、誠吾さんとマンションを交互に見てしまった。ここが誠吾さんのマンションなのかと思ったら、戸惑いよりもわくわく感で胸がいっぱいになってしまった。デザイナーズマンションの中をみるのは初めてだ。だから内装がどんな風になっているのか、とても楽しみだ。

 マンションの前に着くと、当然入り口はオートロックになっていて、部屋番号を押して掌をかざすと入り口の自動ドアが静かに開いた。掌認証のオートロックは初めてだ。私は感嘆の息を漏らしながら、マンションの中へと入っていった。入り口には二十四時間体制で管理人さんが入り口を管理していて、誠吾さんは管理人さんに私を紹介した。掌認証で自動ドアを開けるのに、私の掌は登録されていないので、マンションに一人でも入れるように管理人さんに相談しているらしい。私は誠吾さんの後ろ姿を見ていただけだったが、やがて管理人の男性がこちらに向き、にこりと微笑む。眩しい笑顔を見せてくれる管理人さんは、かなりの男前だ。そして管理人さんが何やら機械のようなものを取り出し、そこに掌をかざすように言われた。言われるままに掌を翳すと、機械が私の掌を読み取り、管理人さんがパソコンを素早く打ち込む。そしてものの一分ほどで、私の掌は登録されたのだった。


「随分簡単なんですね」

「管理人ですので登録するのは簡単ですよ。一般の方には操作できないように工夫されてますので、不審者などは通れませんからご安心ください」


 そして再び眩しい笑顔を向けられて、私はつい、頬を染めてしまう。まもちゃんという人がいながら……うっかりドキドキしてしまったなんて! 自分で自分を怒って、頭をぽかぽかと殴る様は、誠吾さんも管理人さんも呆然と見ているだけだった。いや、むしろ、私の滑稽な行動のせいで、二人は私に声をかけられなかったに違いない。そんな二人の呆然とした様子に気付いた私は、恥ずかしさで思わず背を向けてしまったくらいだ。絶対におかしな女だと思われたに違いない。私の株は、下がりまくってる気がした。

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