26・拉致
まもちゃんは、自分の職業を母親に言うことをずっと拒んできたけれど、今日、少しずつ素直に話してみようという気持ちに変化していき、私と誠吾さんは顔を見合わせて微笑んだ。もしかしたら大反対されるかもしれない。でも私は、まもちゃんが立派に仕事していることを知ったら、お母さんは嬉しいのではないかと思う。勿論、断言できるわけではないけれど。まもちゃんのお母さんが、まもちゃんを認めてくれるといいなぁと、心から思っていた。
「あ。そうだ」
突然声を上げたまもちゃんが、テーブルの上に置いといたウィッグを手に取り、頭にばさっと乗せる。そして慌てて椅子から立ち上がり、慌しく二階へと向かっていく。
「まもちゃん、どうしたの?」
「二階にアシスタントさんいるの、すっかり忘れてた!」
そう言って、ばたばたと二階に上がっていくまもちゃん。私と誠吾さんはその様子を見て、呆気にとられてしまった。お互いポカンと大きな口を開けたまま、まもちゃんの後姿を見送っていた。
アシスタントさん。まもちゃんは一体、私のことをどう説明するつもりだろう? 樹くんや翠ちゃんは兄妹だから良いとしても、私は一応、まもちゃんの恋人なわけで。それに紹介するより何より、まもちゃんの家でこのまま一緒に暮らしていると、自然に二人の空気が滲み出て、アシスタントさんにバレてしまうのではないか? そんな心配が私の中に過ぎった。不安に思う中、二階からまもちゃんがアシスタントさんを連れて、リビングに入ってきた。
「えっと、アシスタントさんたちを紹介しておこうかなと思って」
「う、うん」
目の前には、私と同じくらいの年齢の可愛らしい女の子が一人、そして少々年上のような男性が一人立っている。アシスタントさんは、どうやら二人いるらしい。私はどこかで、アシスタントさんが女の子一人出なくて良かった、と胸を撫で下ろしていた。いくらまもちゃんが女装しているからといっても、こんなに愛らしい女性と一緒に何日も同じ部屋にいるなんて、耐えられない。情けないけど、嫉妬してしまう。もっともっと、自分に自信が持てればいいけれど、それは一生かかっても無理そうな気がする。
一通りアシスタントさんたちの自己紹介が終わると、今度は私が自己紹介をする番になった。しかし、私の自己紹介を横から遮るように明るい声を出したのは、他ならぬ誠吾さんだ。
「私は父親の誠吾です。で、この子は私の可愛い可愛い恋人です」
その発言に、私とまもちゃんは声も出ないほど驚いてしまった。
え? 何? それってつまり、私と誠吾さんが恋人同士ということ?
一体誠吾さんが何を企んでそんなことを言っているのか、私には全くわからなかった。そんな私の意思を無視する誠吾さんは、さらに発言を続ける。
「さて、そろそろ帰ろうか? 私達のお家に」
「え? え?」
「やだなぁ、帰るんだよ。香澄」
言うが早いか、誠吾さんは私の腕を掴んで立ち上がり、そのまま手をひらひらと振りながら玄関へと歩いていった。私もその誠吾さんに引きずられるように玄関へ行き、靴を履いて誠吾さんとまもちゃんの家を後にした。ちらりと後ろを振り向くと、まもちゃんの心配そうな瞳の色が私を見てる。私は、その瞳を忘れられないまま、誠吾さんの後ろ姿についていったのだった。
いつのまにか腕を掴んでいた誠吾さんの手が、私の手と繋がれている。大きな掌に包み込まれる私の手から、誠吾さんが男の人だということをはっきり認識できる。普段の言葉遣いは女性のようだが、包みこむ掌は、まさしく男性のものだ。私は、パッと誠吾さんの手の振り払っていた。まもちゃんの家から駅までの道のりの途中、私は誠吾さんの背中を見ながら立ち止まる。そしてまもちゃんの家の方向を振り向くが、まもちゃんが追いかけてくる気配は、感じられない。私が辛うじて持ってきたものは、まもちゃんから貰った左手のダイヤの指輪と手荷物一つのみで、他の何もかもを置いてきてしまった私は一体どうなってしまうのだろう。
「香澄ちゃん。手荒な真似をして、ごめんなさいね?」
「どうしてあんなこと言ったんですか」
「守が、ちゃんとお母さんに本当のことを話すまで、香澄ちゃんは人質にするつもりだから」
「人質!?」
くすくすと手を口元に当てながら笑う誠吾さんに、私は戸惑いの瞳を向ける。でも、誠吾さんが私を見つめる瞳はとても優しくて、柔らかく微笑むその顔を見て、ほんの少しだけホッとした。人質だなんて物騒な言葉を向けられたものだから少々戸惑ってはいたけれど、誠吾さんはそんな言葉とは裏腹に、とても優しさに満ちた笑みを浮かべている。
「嘘を重ねていくうちに、きっと守は耐えられなくなってしまうと思うの。自分のことより人のことばかり考える子だから、いつか耐え切れなくて壊れてしまう気がしてね。ちょっと厳しいかもしれないけど、身辺を綺麗にしてからじゃないと香澄ちゃんを帰す気はないわ」
「……やっぱり誠吾さんは、まもちゃんの『お父さん』ですね」
ふふっと少しだけ笑って私の頭を撫でてくれた誠吾さんの掌から伝わる、まもちゃんへの愛情。それはきっと、どんなに年を重ねても変わらない、誠吾さんの父親としての愛なのだろう。改めて、まもちゃんは愛されているんだなぁと感じた瞬間だった。