19・同居宣言
結局、お見合いの席は台無しになり、結果、両親はまもちゃんと私の仲を認めてくれたが、父はまだ渋々了承したと言いたい様な顔をしている。まぁ、父がお膳立てしてくれたお見合いの席を台無しにしたのだから仕方ないと言えば仕方ないけれど、それでもまもちゃんとの仲を認めてくれたことは素直に嬉しかった。またまもちゃんと一緒に過ごせる、私はそう思ったけれど、立ち去っていった藤野さんの言葉を思い出したら、少しだけ怖くなってしまった。
『諦めが悪い』
こういい残して立ち去った藤野さん、これから先、私の前に現れるのだろうか。それは怖いというより、どうしたら諦めてくれるのだろうか、こればかり考えてしまう。まもちゃんと別れるなんて絶対に嫌だし、これからも平穏な毎日を過ごしたい。東京に戻ればいつもの日常になるのだろうか。言いようのない不安が胸に渦巻く中、横からそっとまもちゃんの掌が私の手を包み込んだ。
「……藤野さんだっけ? 彼がこれからどう出てくるか、怖い?」
「う、ん……正直言うと、ちょっとだけ怖いかな」
「香澄、僕に提案があるんだけど」
「ん? 何か良い案があるなら教えて」
「じゃあ、ご両親に了承してもらわないとね」
にっこりと微笑んで私を和ますまもちゃんだけど、一体何を了承してもらうというのだろうか。私は訳が分からないまま、まもちゃんの笑顔を見つめていた。そしてまもちゃんが両親に向かって再び正座をして、口を開いた。
「あの、実は一つお願いがあります」
まもちゃんが真剣な表情で両親に切り出すと、父は怪訝そうな表情でまもちゃんをギロリと睨みつけた。母は相変わらずにこにこと笑みを浮かべていたが、まもちゃんがこれから話そうとしていることに、しっかり耳を傾けているようだ。睨みつける父に怯むことなく、まもちゃんはまたまた私の想像を超えるようなことを言い出したのだ。
「香澄さんとの同居を許してもらえませんか?」
再び訪れた沈黙。父は目を見開き、冷静な母までも驚いているようだ。何より一番驚いたのは私。そんな、同居って……一緒に住むってことだよね!? そんな話は今まで一度だってしたことなかったのに、ここにきて突然なぜそんな話になったのか、私にはさっぱりわからない。けれど、今までの話を考えると、まもちゃんは私を自分の近くに置くことで、私を守ろうと考えているのかもしれないと、そう思った。言いようのない不安を抱えながらの一人暮らしは、とても不安だ。でもまもちゃんの傍にいれば、まもちゃんもいるし、樹くんや翠ちゃんもいる。一人でいるより沢山いたほうが私が安心できる、そう思ってくれたのだろうか。そうだとしたら、こんなに心強いことはない。しかし父が首を縦に振る筈もなく、まもちゃんの言葉はバッサリと切り捨てられた。
「嫁入り前の娘を、男と同居させるなんて絶対に認めん!」
「お父さん、僕の家は僕の他にも弟と妹が同居してます。だから香澄さんが一人で暮らすよりも僕の家族と一緒に住むほうが、ご両親も安心ではないでしょうか」
「弟と妹と住んでいるとは……ご両親はどうしたのかね」
「うちの両親は、父の仕事が海外を拠点にしてますので……母は物書きですから海外で執筆しております」
「すると弟と妹の面倒は君が……?」
「そうですね。僕がずっと面倒を見てます」
まもちゃんが家族のことを語ると、今までまもちゃんを敵視していた父が、突然態度を変えた。それはまるで掌を返したように、まもちゃんを褒めちぎり始めたのだ。
まもちゃんが自分の兄妹の面倒を見ていると知った父は、まもちゃんをどうやら見直したようだ。ただの漫画ばっかり描いてるものだと思われていたのだろうか。漫画家という職業を立派に全うしながらも、しっかり兄妹の面倒は見るまもちゃん。それはまもちゃんが幼い頃から一人でいることが多く、家族団欒する機会がとても少なかったから、樹くんや翠ちゃんには寂しい思いをさせたくなくて、必死に親のような存在になろうと頑張ってきたから。そんな優しいまもちゃんだからこそ、樹くんも翠ちゃんも心を開き、まるで本当の兄妹のようになれたのだと思う。
私の父がまもちゃんのことを見直してくれたこと、まもちゃんが私と住みたいと言ってくれた事で、今日は私にとってもまもちゃんにとっても、とても嬉しい日になったに違いない。頑なに首を縦に振らなかった父も、まもちゃんという人柄を知ってから、ようやく同居することに賛成してくれた。
「香澄をどうかよろしく」
「了承してくださって、ありがとうございます。香澄さん、大切にお預かりいたします」
まもちゃんはいつだって誠実に相手と向き合ってくれる。そんなところが私はとても大好きだ。
こうして父に認められた私とまもちゃんの同居生活は、ついにスタートすることになったのだ。