13・母
ガタンゴトン……
私は今、実家へ帰省すべく新幹線に乗っている。この前のたろちゃんの結婚式以来、久しぶりに帰る地元。あの時は、隣にまもちゃんがいて楽しかったけど、今日は私一人だ。なんといってもお見合いだ。それをぶち壊さなくてはならない。父に正面からの説得は無理だと判断した私は、なんとしてでもこれから行われるお見合いを台無しにしなくてはならない。相手の方には申し訳ないけれど、ここは一発、嫌われなくては!
ちなみに私のお見合いぶち壊し作戦はこういうものだ。
お見合いは着物で行く事が決まっているので、まずは着物なのに大股で歩いて女度の低さをアピールする。そして相手の話よりも目の前に出された料理をがっつりといく。ここできっと相手はかなりドン引きするに違いない。そして食事の後に二人で散歩というお決まりのコースを勧められたら、嬉しそうに笑顔を作り、彼の腕を強引に引っ張る。話す内容は、まぁ最初はだいたい相手のことを知りたくて色々話しかけてくるに違いないから……その都度、ぶち壊す話をするとしよう。……ここまで来れば、大抵の男はドン引きするでしょう。勿論、私もお断りの返事を用意しておく。
「……我ながら完璧」
ぎっしり書き詰めた手帳をパタンと閉じ膝に置きながら、片手で窓側に置かれたペットボトルを手に取った。そしてペットボトルの脇に置かれている携帯は、この一週間、うんともすんとも言わない。無言を貫き通して、ついにお見合い当日になってしまったのだ。
まもちゃんは、どうしてるかな……お仕事忙しいのかな。
待ち受けに設定しているまもちゃんの写メ。そこに映っているのは穏やかな陽だまりの微笑みを浮かべるまもちゃんの顔。それを見るだけで、胸がきゅうっと締め付けられる。なんでも打ち明けていたのに、このお見合いだけはまもちゃんに内緒にしている。そのことが時々罪悪感に変わり、変に胸がモヤモヤするのだ。この一週間、まもちゃんに一度も触れていない。私の中のまもちゃんが、なんだかとっても少なくなってしまった感じがする。
「会いたいな……」
その言葉は、まもちゃんに届かない。ただ、電車の音によってかき消されてしまうだけの言葉だ。窓の外に流れる景色を眺めるも、脳裏に浮かぶのはまもちゃんの笑顔だけだった。会いたくて、会いたくて……だって本当は凄く不安だから。このまま、まもちゃんとの仲を引き裂かれることになったらどうしよう、そんなことはさせないとは思っていても、こうして一週間も離れているとなんだか心細くて……。私ってダメだなぁ、結局まもちゃんを頼りにしすぎているからこうやって突然不安に襲われるのだ。私は気分を切り替えようと、両頬を掌でパンッと大きな音を立てて叩いた。少しは頭もすっきりするでしょう! そしてそのまま、目的地まで私は目を瞑っていたら気がつけば眠りについていた。
目的地へ到着のアナウンスと共に目覚めた私は、荷物を持ってあわてて新幹線を飛び降りた。すっかり熟睡してしまったようだ。お見合い当日だというのにこの緊張感の無さ……我ながら大物のような気がする。駅前で待機しているタクシーに飛び乗り、実家へ向かったのだった。
「ただいまぁ」
久しぶりの実家は、やっぱり懐かしかった。小さな家だけど、思い出がたっぷり詰まっているこの家は、昔から何一つ変わらない。変わったことといえば、この家から私が出て行ったことくらいだろうか。父と母が暮らすこの家に足を踏み入れると、昔と変わらぬ笑顔で母が私を迎えてくれた。
「おかえり、香澄」
「お母さん、ただいま。元気?」
「元気よ、香澄も元気そうで良かったわ。本当に帰ってこないんだから……薄情な子」
「それはごめんってばー」
母と娘の他愛無い会話だけど、久しぶりの母との会話は心地良いものだ。いつだって母は私の味方をしてくれて、父と私が喧嘩しても必ず母が仲裁に入ってくれる。でも、今回のお見合いに関しては、母は何も触れてこなかった。父が帰った後、母に電話をしたけれどお見合いの話には一切触れない。もしかして、母も私がお見合いすることを望んでいるのだろうか。なんだかさっさと嫁に行ってくれ! と邪魔者扱いされているような気がして、ほんのちょっぴり寂しい気持ちになる。
実家の玄関を上がりリビングに入るが、そこに父の姿は無かった。
「お父さんはどうしたの?」
「お父さんはね、先にお見合いのお店に行ってるわよ」
「……ねぇお母さん? どうしてお見合いに反対しないの……?」
「……反対、したのよ? でも、お父さんは香澄の為だって聞かないの。だったら香澄に判断してもらえばいいかなって思って」
「お母さん、私……大切な人がいるの。だから本当はお見合いなんてしたくないよ」
「じゃあ、先方さんに素直にそう言いましょうね。お相手には悪いけれど……香澄が辛い思いするくらいなら、お母さん助け舟だしてあげる」
にっこりと微笑む母の姿を見ていたら、なんだか私……小さい頃に戻ったような気がした。いくつになっても母は母だ。その暖かな空気に触れると、つい弱音も吐いてしまうし甘えたくなってしまう。私はいくつになっても大人になりきれないのかな。でも、たまになら……甘えてもいいよね? お母さん。
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