12・聞かれてしまった!
まもちゃんにマンションまで送ってもらい、私達はそこで別れた。まだまもちゃんは仕事が残っているらしい。翠ちゃんが家にいないと、アシスタントは樹くんだけになる。私はまもちゃんの仕事を手伝えないので、そこにいてもなにもできないから。だからまもちゃんは、私を送るとすぐに家に帰っていった。彼の背中を見つめながら、私は今週末に控えているお見合いのぶち壊し作戦を考えることにしたのだ。夜中に一人で色々考えて、ああでもないこうでもないと頭を悩ませているうちに、私は深い眠りに落ちていた。翌朝、さんさんと差し込む朝日で目覚め、変な体勢で寝た為か体のあちこちが痛い。
……あぁ、会社に行きたくない! でも行かなくちゃ。
私は自分を奮い立たせて重い腰を上げ、出勤したのだった。
「うう……眠い……」
仕事中は、常にパソコンと睨めっこ状態。だけど今日はパソコンの画面を見ていると眠くなり、途中で手が止まり、意識が吹っ飛びそうになる。うつらうつらと船を漕いでいると、隣からワザとらしい咳払いが聞こえてきたり、無意識に自分の足がびくっと動き、それで目が覚めたり。もう、午前中の仕事は散々だった。昼休みになり、私は眠気を吹き飛ばすドリンクをコンビニに買いに行き、お昼はそのドリンク一本で終わらせた。あまりにも眠くて食欲なんてまるでない。まもちゃんがいたら、絶対怒られるだろうな……なんて考えながら、屋上でそのドリンクを飲みながら景色を眺めていた。東京のビル群がここから一望できるし、都会の真ん中だというのに緑も見える。そこはこのオフィス街で働く人にとってはオアシスだ。今の時間帯は昼休みの人が多いのか、このオフィス街は楽しそうに笑いながら歩いている会社員が多く見受けられる。私もたまには外で食べようかと思っているけれど、あまり外食癖がつくと金欠になってしまうので、なるべく自分で作ったり安い社食で食べたり、時折お昼ご飯は抜いたりと色々工夫はしている。服やコスメ道具など買いたいものは沢山あるし、いつかはまもちゃんと旅行だってしたい。だから私はなるべくお金を貯める。まもちゃん……なんか、昨日会ったばかりなのにもう会いたくなっちゃったなぁ。
胸を押さえながら遠くの景色を見つめているけれど、頭の中にはまもちゃんの笑顔ばかりが浮かんでくる。やっぱりお見合いが不安だから、本当はまもちゃんに言ってしまいたい。きっと急にまもちゃんが恋しく感じられるのは、それが原因なのだろう。そんな時、突然私の携帯がけたたましく鳴りだした。
「も、もしもし」
『香澄。父さんだ』
「なんだお父さん……何?」
『お前、週末は予定なんか入れてないだろうな』
「……ちゃんと空けてるよ、お見合いすればいいんでしょ!?」
『……わかっていればいいんだ』
「もうお昼休み終わるから切るよ」
私は乱暴に携帯を切り、携帯をバッグの一番奥にしまいこんだ。
何よ……そんなに娘を結婚させたいの!?
父は私をさっさと嫁に出したいのだろうか。もう、せっかくの昼休みだというのに気持ちが沈んで仕方がない。はぁっと重い溜息を吐くと背後から肩をぽんっと叩かれた。
「香澄ちゃん、あのさ……」
「ううう内海先輩!」
「どうしたの? ずいぶんな驚き方だなぁ」
「今の電話……聞いてましたか……?」
「電話してたの? いや、それすら気付かなかったけど……」
「そうですか、あ、じゃあいいんです」
ホッとした。
内海先輩はまもちゃんが辞めてからなぜかまもちゃんに懐きだし、時折電話をしてはたまにお酒を飲みに行ったりしているらしい。高校時代、一度はねじれたその友人関係が、今ではすっかり元通りの仲良しになっている。時間が経ち、大人になり……昔とは違う見方ができるようになると、昔は仲違いしていた関係でも不思議と仲良くなれたりする。大人になるって、丸くなるってことなのだろうか。考え方が変わる……とは言うけれど、自分ではよくわからないなぁ。とにかく、まもちゃんと内海先輩の仲はかなり良くなっているので、うかつにお見合いの話を内海先輩に話すわけにはいかない。いつ、まもちゃんの耳に入るかわからないから。せっかく隠しているのに、バラされちゃたまらない。
内海先輩は、やっぱり今度の握手会の話をしに私のところに来たらしい。あぁ、普通に平穏な昼休みを過ごしたいのに、内海先輩の話は半分以上わからない。漫画の話ばかりされると、あまり詳しくない私の頭の中はハテナマークでいっぱいになるのだ。まもちゃんの描いた漫画の話だからわかるものの、あまりにもマニアックな話はちんぷんかんぷんだ。やがて昼休みが終わり、私は内海先輩と部署へ戻っていった。なんとなくドリンクの効果がでてきたのか、あんなに午前中は眠くて欠伸を噛み殺していたのに、今ではすっかり目覚めている。いやぁ、こんなに効くなんて思わなかったなぁ。バリバリと午後は働いたけれど、午前中の仕事の進まなさ故に今日は残業が決定。久々の残業に肩を落としたものの、自分で蒔いた種だ、そう自分に言い聞かせて仕事に取り掛かった。パソコンと資料を交互に睨めっこしていたら、いつのまにか集中力が上がってきて、他のことには気が利かなくなってしまっていた。
そう、私が集中して仕事を終わらせようと頑張っているその頃、外回りから帰ってきた内海先輩が私に声をかけたのだ。でも、内海先輩の声には全く気付かない私。そこで彼の言葉に耳を傾ければ何かが違ったのか……? 内海海先輩は、どうやら本当は昼休憩の私の電話内容を聞いてしまったのだと、謝罪したようなのだ。でも私は気付かない。そしてその晩、内海先輩はまもちゃんに電話して、うっかりその内容を話してしまったのだという。当然、このときの私はそんなこと思いもしなかった。だからかな、今週はまもちゃんに一回も会えないまま、お見合いに行くことになってしまったのだ。