11・僕のこと、好き?
まもちゃんの女装姿を再び見られるのかと思ったら、不謹慎かもしれないけど少しわくわくしている私。当然、まもちゃんにはわくわくしていたら怒られたことは言うまでもない。もしもまもちゃんが、可愛らしい華奢な感じではなく、ゴツめのマッチョとかだったら女装した姿なんて見たくはない。可愛い男は女装させたい……! なんて言ったらまた怒られちゃうかな。
今日は貧血対策料理をたくさんご馳走になり、すっかり遅い時間まで渋沢家に入り浸ってしまった。でも、まもちゃんのお見合いの話はしていない。話そうかなとは思ったけれど、今、まもちゃんは仕事が忙しそうな上に突然の握手会というアクシデントが訪れた為、これ以上彼の心労を増やすのは得策ではないと思った。だから私は言わない。お見合いは私がなんとか解決しよう。勿論、お見合いなんてしたいわけではないけれど、父の立場やたろちゃんのお友達という繋がりがあるなら、会いもせずにお断りするのは悪いような気がした。本来、お見合いをするなら真剣に向き合わなくてはいけないのに、心に決めた人がいる私のような女がホイホイとお見合いなんかしていていいのだろうか。なんか……違う気がする。多分、父はまもちゃんのことが好きだという私に、なんとか心変わりしてほしいのだろう。漫画家という不安定な職業の彼と一緒になって幸せになれるかという心配から言っているのだとは思うけれど。例えまもちゃんの稼ぎが少なくなったとしても、私は彼以外の人と一緒になりたいなんて思わないのに。どうにかして私を、安定した職業の人と結婚させたいという父心もわからなくはないけれど、今回の父の行動はあまりにも身勝手すぎる。お見合いの相手には悪いけれど、私、お見合いめちゃくちゃにしてやります!
一人でそんなことを考えて拳を握っていると、横で私を家まで送ってくれているまもちゃんが不思議そうに私の顔を覗き込んだ。
「香澄? どうしたの、拳握っちゃって」
「え? や、ううん。なんでもないよ!」
「……ふぅん。何か隠してるんだ」
「な、何も隠してないよ!?」
「香澄はわかりやすいから隠しても無駄だよ。……僕にも話せないことなの?」
「そんな……ことないけど」
「じゃあ、ちゃんと話して。僕、隠し事されるとなんか寂しいんだけど」
しょげた顔でそんなこと言われると……困るよー!
まもちゃんに心配かけたくないから隠しているのに、こんなに悲しい顔されるとうっかり話してしまいそうになる。でも、ダメだ。まもちゃんには言えないよ。私が自分で解決してみせるって決めたんだから! 言いそうになる口をきゅっと閉ざして、無理矢理笑顔を作ってまもちゃんをまっすぐ見つめた。
「大丈夫! 隠し事なんて……最近太ったけど、まもちゃん気にしてないかなぁって思っただけ」
「……そうなの? というより、香澄、最近太ったどころか痩せた気がするんだけど」
「嘘!? ホ、ホント!? うわー、嬉しい!」
「僕は心配だけどね。手首なんて折れそうだよ……」
そう言いながら私の手首をそっと掴み、まもちゃんが掌で私の手首を包む。体の割りに大きくてしっかりしているその手が、私を何度も助けてくれる。だから私はつい、その手に頼ってしまうのだ。でも、自分でできることはできるだけ自分で解決したいの。まもちゃんに嘘をついてしまったことは、私にとって罪悪感以外何者でもないけれど、それでも……まもちゃんの負担になりたくないから。だから嘘をつくね。まもちゃん、ごめんね。
忙しい毎日を過ごしているのに、まもちゃんは毎日私を気にしてくれる。こまめにメールをくれたり、美味しいご飯を作ってくれたり、本当はとても疲れているはずなのに仕事が終わると必ず私との時間を作ってくれる。そのことがとても嬉しいけれど、本当はとても不安になるときがある。私という存在が、まもちゃんにとって負担になっているのではないか、と。私のことを気にかけなければ、まもちゃんはもっとゆっくり休めるんじゃないかって、時々思う事がある。思い過ごしだとは思っても、一度そう考えてしまうとなかなかその不安が頭から離れていかない。もっと、もっと私はまもちゃんに甘えずに、自立した女性にならなくちゃいけないかもしれない。だけど、どうしたらそんな女性になれるのか検討もつかない。だからこそ、このお見合いを自分の手で解決すれば、何かが変わるのではないかと何処かで自分に期待している。だから……私はまもちゃんには話さない。まもちゃんに頼らなくても自分で何でもできるようになるから、まもちゃん……待っててね。
まもちゃんは、まだ少しだけ私が何かを隠していると疑っているようだけど、私は笑って取り繕う。するとまもちゃんが私の腕を引き寄せて、力強く私を抱きしめた。ここは住宅街の真ん中。もう夜遅いとはいえ、駅方面から誰がやってくるかもわからない天下の往来だ。
「ま、まもちゃん!? どうしたの……?」
「……香澄。僕のこと、好き?」
「好き……だよ?」
「ん。ごめん、もう一回言って?」
「まもちゃんが、好き」
「……ありがとう」
まもちゃんがさらに力を込めて私を抱きすくめる。大好きなまもちゃんの匂いに包まれて、私は体の力を抜いた。彼に体を委ねて、そっと背中に手を回す。お互いのぬくもりがあれば、私達は何も言わなくても繋がっている気がする。こうして触れ合っているだけで、私はとっても幸せだ。
そんな幸せに浸っている私達……この時は、私の嘘がまもちゃんを傷つけることになるなんて、思いもせず。