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01・久々のデートなのに!


「ふふふ……」


 雨が降るこの季節、鬱陶しい天気が続いていたにも関わらず、私、前園香澄の胸は弾んでいた。うっすら漏れる笑いに周りはちょっと引き気味なのは気付いていたけれど、そんなことはお構い無しに自分の世界にどっぷりと浸かっていた。


「ちょっと、その笑いどうにかならないの? 気持ち悪いよ、香澄ちゃん」

「え? あぁ、樹くんに言われるなんて心外だなぁ」

「どういうこと!? それって俺が気持ち悪いってこと!?」

「まぁまぁ、小さいことは気にしない気にしない」

「なんかムカつくなぁ」


 ここは相変わらず仲の良い渋沢三兄妹の住処。今日も私は渋沢家に遊びに来ていた。

 まもちゃんと付き合いだしてから一年ほど経った今でも、私達は相変わらずのらぶらぶっぷりで、まもちゃんの弟である樹くんはそれがちょっと面白くない。穏やかな渋沢家に私という色ボケ女が来たことで、どうも調子が狂うというのだ。樹くんの暴言をスルーする術も身に付け、私は我が家のように渋沢家のリビングで寛いでいたのだ。最近ではそんな私の態度に樹くんのほうが諦め気味だ。

 まもちゃんは同じ会社の先輩で、部署内恒例の飲み会で初めて話をした。彼の見た目はハッキリ言って物凄くダサかった。髪は染めた事がないようで真っ黒だし、後ろの毛は跳ねているし、挙句の果てに表情がわからないような瓶底眼鏡をかけていた。一般男性よりも背は小さく華奢すぎる体で男性としての魅力は皆無。しかも私の名前すら覚えてくれてはいなかったのだ。でも、まもちゃんはとても面倒見が良く、話してみるととても感じの良い男性だったのだ。人は見た目で判断してはいけない、そう思わされた。そんな彼となんだかんだで色々あって、私達はこうして付き合うことになったのだ。人に表情を読まれないように、我が身を守るようにとかけていた瓶底眼鏡はすっかり取り外されて、眼鏡に隠された可愛らしい素顔を今では見せている。そんな可愛らしい彼が私の自慢の彼氏、渋沢守だ。


「香澄、おまたせ」

「終わったんですか?」

「うん、もう終わり。出かけようか」

「はい!」


 今日は久々のまもちゃんとのデート。これから一緒に映画を観に行く約束をしていたので、早くから渋沢家で待っていた。まもちゃんのお仕事がまだ終わっていなかったため、少しだけリビングで待機していたのだが、なぜかいつも樹くんが側にいる。樹くんくらいの年頃の子が家でゴロゴロしているのも珍しいなぁと時折思っていたけれど、まぁいいか、位にしか思っていなかった。話し相手になってくれる樹くんは、こうして待機することが多い私にとってはありがたい存在だ。樹くんとお喋りをしている間にも、まもちゃんの仕事が終わったので私達はそのまま渋沢家を出て行ったのだった。

 今日のまもちゃんはやっぱり眼鏡を外している。というより、ここ最近は掛けなくなっていた。しかもなんとか頑張って寝癖を直しているようで、後ろの髪の跳ねがあまり目立たなくなっている。そして出かけるときはいつも手を繋ぐ。指を絡めて繋ぐのでいつもよりテンションが上がってしまい、思わずにやけ顔になってしまう。そんな私を見てはくすっと嬉しそうに目を細めて笑うまもちゃんが、頭を撫でてくれるのだ。もう、それだけで最高に幸せー!!


「最近、仕事はどう? 慣れてきた?」

「残業もかなり減ったくらい慣れたよ。まもちゃんのお陰だよ!」


 実はまもちゃんは先月いっぱいで会社を辞めた。今や売れっ子になってしまったまもちゃんは漫画の仕事が忙しくて、会社の仕事どころではなくなってしまったのだ。漫画だけ描いてればいいってものでもないらしく、挿絵やポスター、カレンダー、コミックの扉絵など、仕事はどしどし入ってきた。アニメもだいぶ好評のようでDVD、ブルーレイの販売も売れ行き好調だ。ひと段落したアニメも、もうワンクール放送されることがすでに決定している。そんな忙しい中でも、まもちゃんはちゃんと私を気遣ってくれている。確かに外で会う時間はかなり減ったけれど、それでもこうして側にいることを許されている、それだけで私は幸せだ。

 今日観に行く映画は、なんと内海先輩にチケットを頂いた恋愛物の映画だ。内海先輩曰く、彼女もいないのに恋愛映画一人で観に行くのはなんとなく辛いというのだ。そんな内海先輩のご厚意で頂いたチケットを無駄にしないためにも、まもちゃんに映画の話を持ちかけたのだった。ところが、まもちゃんは恋愛映画は苦手だという。でもちょっと甘えた口調で「観に行きたいです」と言ったら、あっさり首を縦に振った。そんな心優しいまもちゃんと一緒に甘々恋愛映画を観に行くと、映画館はすでに長蛇の列ができていた。並ぶのは面倒だけど私達もその列に混ざり、ゆっくりと前に進んでいった。そのまま映画館の中に入り席に着くと、まもちゃんが席を立ち飲み物を買いに立つ。にっこり笑って「大人しく待っていなさい」と、立とうとした私を制して館内から出て行った。さりげない優しさが本当に嬉しい。まもちゃんのそんな素敵な性格にしばし一人でうっとりしていたが、待てど暮らせどまもちゃんはなかなか戻ってこない。

 どうしたんだろう。まさか迷ってるとか……?

 一抹の不安を抱えながら、そわそわと彼が戻ってくるのを待っていた。待っている間は手持ち無沙汰で、おろしたてのワンピースの裾をぎゅっと握ってみたり、髪の毛をくるくる指で巻いてみたりしていたが、彼は戻ってこない。迎えに行ってみようかな……そう思って席を立つと、ちょうど入り口からまもちゃんがドリンクを二つ持って映画館に入ってきた。


「まもちゃ……」


 彼の姿を見つけてすぐに席から立ち上がり声をかけようとしたその時、まもちゃんの後に続いて入ってきた綺麗な女性がまもちゃんと仲良さげに話をしていたのだ。にこにこと微笑み合う二人の姿が、私の胸の真ん中に穴を開けるほど突き刺さる。

 どうして? 今日は久しぶりのデートなのに……。隣の女性は誰?

 楽しそうに話している二人、しかもまもちゃんの肩を女性がふざけて叩いている。正直、私以外の人に触れられてもそんな風に笑っているまもちゃんを見るのは、とても辛かった。私の知らないまもちゃんのようで、なんだか全然知らない人にすら見えてくる。まもちゃんが、遠い……。楽しいはずのデートが、この一瞬でダメになりそうな気がしていた。それでも久しぶりのこのデートを堪能したくて、私は彼に気付かないフリをした。ここで怒り出して出て行くのはとても簡単だったけれど、変にまもちゃんとの仲をこじらせたくはない。もしかしたら私が勝手に妬かなくてもいい相手に妬いてるだけかもしれないし……そう思った私は、まもちゃんの姿を見つけたと同時に立ち上がった体を、一度椅子に沈めることにしたのだ。ちらちらと視線だけまもちゃんの方に向けるが、彼はまだ隣の女性と楽しそうにお喋りを繰り広げていた。

 ……なんか、みじめ。

 折角まもちゃんに可愛いと思ってもらえるように着てきたベビーピンクのおろしたてのワンピースは、いまだに褒めてもらえないし、しかも本当に久しぶりのデートなのに私以外の女性と楽しそうに喋っている。何のために私はここにいるのか、自分でもよくわからなくなっていた。もやもやと嫌な気持ちだけを抱えて、膝の上でギュッと握っていた拳を見つめる。やがて映画が始まり、それと同時に館内の照明が落とされたというのに……彼は戻ってこなかった。それどころか映画が始まったことで彼らは再び映画館の外に出て行ったのだ。ぽっかりと空いている席を見つめていると、悲しみよりも怒りが湧いてきて……ついに私はブチ切れてしまった。ガタンと席を立ち、出口から出て行く。まもちゃんとその女性も映画が始まったのにも関わらずお喋りは弾んでいたようで、館内のロビーへと続く廊下でまだ喋っている。その二人の楽しそうな姿を見て、私の中の怒りという名の火山がついに爆発を起こす。そしてそのまま、まもちゃんのもとへ向かい……大声で彼に向けて怒鳴っていた。


「まもちゃんの馬鹿! せっかく久しぶりのデート楽しみにしてたのに! もう帰る!」

「え!? な、なんで……」


 まもちゃんが何かを言いかけていたけれど、私の耳にはその言葉が届かない。

 もういいよ! 勝手にその女性と楽しめばいいじゃない!

 みっともないし大人気ないとは思ったけれど、それだけまもちゃんのことが大好きだということはわかってほしい。今はまもちゃんの隣で冷静でいられる自信がない。だから私は逃げ出したのだ。

ようやく始める事ができました。

7月中に始めると言って、こんなギリギリになってしまいました…。

前回の「ミステリアス眼鏡」を読んでくださった方も、読んでなかった方もどうぞ宜しくお願いします。彼らの変わらないテンションをお楽しみくださいませ。

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