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花やはとり  作者: 雛芥子まとい


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9/10

番外・二 幾年経たとて



 季節が巡るのは早いものです。この間まできらきらと桜が舞っていたまちも新緑を見せて、淡く感じていた空気が輪郭を持っているような。

 特別な今日は、少しおしゃれをしました。

 ポノーテールに結えて。クリーム色のワンピースは、最近買った一等のお気にいり。靴は、靴擦れを起こすのが嫌なので、履き慣れた綺麗なラインのスニーカー。緑色のサコッシュに荷物を詰めて、家を出てきました。

 いつもの見慣れた通学路から少しズレて、商店街に入って、その先に「花やはとり」はあります。

 小さな古民家のこじんまりとした入り口、引き戸を、がたり、と音を立てて、なるべく慎重に閉めると、なんの飾り気もない玄関、そして横にはお座敷。

「ああ、千代さん。こんにちは。お久しぶりですね」

「こんにちは、花盗のおじさま」

「どうぞ、おあがりください」

「失礼します」

 スニーカー、脱ぎやすくて良いなあ、と思いながら、揃えておき、座布団をお借りして、ひといき。その間に花盗のおじさまは、お茶をお出ししますね、と、奥の方へ入っていかれます。今日は冷たいほうをお願いしました。

 花屋さんらしくない、ただのお家のような室内の、さらに奥を、多分誰も知りません。知ってみたいと思う、けれど、ここは花盗のおじさまのお城なので、いらない詮索はしません。

 しばらくも経たず、おじさまは、氷の音を鳴らしてお盆を持って戻られました。

「今日は緑茶の冷やしたものを、どうぞ」

「わあ、あんみつも!」

「頂き物です、特別美味しいですよ。今日は暑いなか、いらしていただきましたから」

「はあい、ありがとうございます。いただきます」

 綺麗なガラスの器に、寒天や小豆、果物も入った、黒蜜がけのあんみつは、口の中で幸せを醸し出してくれて、ふわああ、なんて、間の抜けた声が出てしまうほど美味しいものでした。その間抜けさを見られていることに気付き、でも、残念な姿なんて、おじさまには見られ慣れているのです。幼い頃から、両親に連れられてきているというのはそういうことです。

 半分ほどいただき、今日の本題に入ります。

「母の日なので、プレゼント用のお花をいただきたいんです」

「かしこまりました。どのようなお花をお求めですか?」

「ピンクの、今回は鉢植えが嬉しいです」

「承りました。少々お時間をいただきます、くつろがれてお待ちくださいね」

 おじさまはまた奥に入っていかれて、私は残りのあんみつに手を伸ばす。冷えた緑茶もすっとして美味しくて、すっかりお腹いっぱいになりました。

 本当にくつろいでいた頃に、お花はやってきます。

「お待たせいたしました」

「いいえ、ありがとうございます。綺麗なピンクの紫陽花ですね」

「はい、こちらをお出しするわけをお話いたします」

 

 

 紫陽花には、複数の色別の花言葉がございます。「移り気」など言われてしまう紫陽花ですが、ピンクの紫陽花にはポジティブな、「元気な女性」という意味あいがあるのです。

 千代さんのお母様は、元気で、強くて、凛々しい女性です……これは昔に、お母様が自負されたことです。

 そんなすてきなお母様と、お母様に似た、千代さんに、ぴったりのお花かと思いますが…。

 

 

「……ありがとうございます」

 お聞きしているうちに思わず俯いてしまいました。私は、嬉しいのに、なんだか切なくて、しようがなかったのです。

「お気に召しませんでしたか?」

「いえ、違うんです、違う」

 おじさまは何も悪くないのに、うまく笑って喜べなかった。これは勝手な嫉妬。

 私よりずっと、花盗のおじさまと関わってきた、お母さんに。

「羨ましいです」

「はい……?」

「花盗のおじさまは、お母さんをとっても可愛く思っていらっしゃるのだもの」

 ああ、言ってしまった。言ってしまいました。こんな幼稚なやきもち、口から溢れるなんて。

 頭を上げられないまま、いると、おじさまも沈黙してしまって。これ以上困らせないよう、私は奮って、笑顔を作って、真っ直ぐ前を向きました。

「素敵なお花をありがとうございます、いただきます」

「はい、……はい。では、こちらのプレゼント用のバックでお運びください。小さい鉢なので、そこまで重くはありませんが…」

「大丈夫ですよ、持って帰れます」

 紫陽花の鉢を受け取って、お代をお渡しし、脱ぎやすくて履きやすいスニーカーに足を滑り込ませます。

 どこか、何かを言いたげなおじさまに、何も言われないよう、手早く支度して、しっかりと、お辞儀をしました。

 

「ありがとうございました」

 

 もうお昼近くを回っているのを、腕時計で確認します。きっと家では美味しいご飯が用意されているだろうけれど、それが気を重たくさせて、もう、ずっと、どうしたらいいかわからない。

 中学一年生が必死で抱える恋心を、きっと、誰もとりあってはくれないのです。

 

「花やはとり」はすてきなお店。幼い頃から通った、馴染みの花屋。

 私の大好きな人が営んでいる。

 

 でも、来年も私は、ここに、来れるのでしょうか。

 ものわかりのいい子どもでいられなくなった、私は。

 

 これは加奈原千代と、花盗のおじさまのお話の、第二話。





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