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花やはとり  作者: 雛芥子まとい


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8/10

番外・一 幾年経て


 よく晴れた心地よい日和です。からっとした空気が五月の空を、さらに綺麗に思わせます。

 私はあまり気乗りしないような、けれど早く行きたくもある不思議な心もちで、商店街の人なみをなるべく人にぶつからないよう歩き、目的地を目指していました。目的地は「花やはとり」、両親の行きつけの花屋さん。

 がたり、と、引き戸が音を立てる、この音を、何回も聞いてきました。一人で入るのは、今日が初めてです。

 小さな玄関、足を踏み入れて、横のお座敷を見れば、

「いらっしゃいませ、千代さん。こんにちは」

 そこには店主の、花盗のおじさまがいらっしゃって、こんにちはとともにお辞儀をした。

「今日はお一人なんですね」

「はい、その……母の日の花が、欲しくてきました」

「かしこまりました。では、こちらに上がってお待ちください。今、お飲み物などもお持ちします」

「あ、ありがとうございます」

 靴を脱いで、失礼します。とお座敷に上がらせていただくと、冷たいのとあたたかいのは? と訊ねられたので、あたたかいのが良いです、とお答えしました。おじさまが、ささ、と奥に入られたので、いつも連れられてくる時のように、座布団をお借りします。足はくつろげても良いと言われているので、ゆっくり伸ばしました。

 ふう、と、ひといきついて、そこでおじさまが、お盆を持って戻られました。

「お待たせいたしました」

「わ、ありがとうございます! ねえ、おじさまもご一緒に」

「では失礼して」

 置かれたお盆、その向こうにおじさまが座って、改めて向かい合うと、どうぞ、カモミールティーです、と。

「いただきます」

「おあがりください」

 こくり、こくり。熱すぎなく飲めて、カモミールの香りが幸せに包まれている気分にさせてくれます。この花屋さんのすごいのは、お花も素敵なうえにお出しいただく飲み物なんかも最高、なところです。ひといきどころかふたいきくらい、落ち着いたところで、向かいのおじさまが、いつもの問いかけをくださいます。

「今日は、どんなお花をお求めですか?」

「仲直りの花が……いいなって」

「喧嘩ですか?」

「そうです! お母さん…初恋は実らないなんていうから」

「おや、そうでしたか。では、千代さんはお母様を許すのですね」

「許しはしません。でも、わかってもらいたくて。本気だって」

「なるほど。承りました。では、ご用意いたしますので、少々お待ちください」

 再び奥に入られた花やはとりの店主は、本当に少々の時間で戻られました。その間、カモミールティーに添えられたカステラをいただいていたので、退屈でもなんでもありません。

 花盗のおじさまは、ピンクで纏めらえれた、いたって普通の母の日向けのようなミニブーケをお持ちになりました。

「ふつうの、一般的なブーケをご用意いたしました。本日お出しするわけをご説明いたします」



 千代さんのお母様は、オレンジなどもお似合いなので、迷いましたが、今回はピンクでまとめさせていただきました。花言葉を意識してのものです。

 ガーベラは「感謝」。日頃の感謝の気持ちを表しています。

 差し色の赤いカーネーションは「母への愛」あるいは「母の愛」、そして「愛を信じる」。言葉通りの意味です。

 そして言葉通りの意味ではないのが、ピンクのバラ。「愛の誓い」という意味がございます。

 これは千代さんの気持ちが本物であるという証明、という意味あいで合わせて入れました。

 感謝はあるけれど、それとこれとは話が別。というブーケです。

 

 

「いかがでしょうか」

「さすが花盗のおじさま、とっても素敵です」

「ありがとうございます。それにしても、私も歳を経るはずです、千代さんが恋をするお年になるくらいですからね」

「花盗のおじさまはいつでも素敵ですよ」

「ありがとうございます。ぜひ、好きな方にも、たくさん伝えてください」

「だからいつも言っているじゃないですか」

 その瞬間、おじさまは、みたことのない、きょとん、とした、何を言われたのかわからないという顔をされました。

 もう、本当に。

「花盗のおじさまは、素敵です。私の中で一番すてき」

 大人というのはいつだって、子どもを舐めてかかっています。だからこれは長期戦、私の恋は、初恋は、いつだって目の前の老紳士を見つめているのですから。

 お代をおいて、答えあぐねている店主に、しっかりとお辞儀をする。

 

「ありがとうございました」

 

 がたり、音を立てて外に出れば、陽がのんびりと傾き始めてて、そろそろ帰らなければならない時間なのがわかります。

 小学六年生の門限なんて、そんなものです。

 

「花やはとり」はすてきなお店、幼い頃から通った、馴染みの花屋。

 私の大好きな人が営んでいる。

 

 これは加奈原千代と、花盗のおじさまのお話の、第一話。



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