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花やはとり  作者: 雛芥子まとい


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7/10

花を買おうというはなし 祝福


 そうだ、花を買おう。

 思いついたように、というか、思いついて、職場の入り口で、慌ててこっそり、お財布の中身を確認した。お給料日後なので、多めにお金を持っていた。よかった。

 春も近く、気温も徐々に上がってきているこのごろ、仕事が忙しいのもあって、お部屋の彩りをすっかり忘れていた。

「花やはとり」を訪れるのは、年末の帰省の時以来だ。あの時のお礼もしよう、パンジーのおかげでやり取りが増えて、母との距離がゆっくり縮まっている。

 今日はどんなお花をいただけるだろうか。

 るんと弾んだあしを踏み出そうとした、瞬間に。

「伊織屋さん。お疲れ様です」

 振り返ると、加奈原さんがそこに立っていた。緊張しているように見えた。

「お疲れ様です加奈原さん」

 かくいう私も途端に緊張して、クリスマスとバレンタインを思い出していた。加奈原さんは、クリスマスに綺麗なミニブーケをプレゼントしてくださって、そして言ったのだ、好きです、と。私に。

 お返事が上手くできなかった私に、バレンタインにもう一度、猶予をもらって、その時にはチョコレートを用意した。私が渡す側だと思っていたのに、またミニブーケをいただいて、あわあわしたのが今も少し恥ずかしい。

「ご一緒してもいいですか?」

「はい、あの、花屋と、その前に和菓子屋にも行きたいので、寄り道が多くなってしまうのですが」

「大丈夫です」

 入り口でまごまごしていたのを、ゆっくり、私の歩調に合わせてくれて、歩き出す。感じる空気は優しくて、心地よい。

 お付き合い、というものをしている。多分、とっても素敵な。

 今日は同期が寝ぼけてコピーの枚数を間違えたとか、帰ったらコロッケを揚げる用意をしてあるけれど億劫だとか、そんな話をしながら時折ある店を覗きみつつ、和菓子屋を経て、「花やはとり」の戸を、ガタリ、開ける。そこには店主が、おや、つぶやいたのち、笑顔で迎えてくださった。

「こんばんは、加奈原さん、伊織屋さん。ご一緒でしたか。何よりです」

「こんばんは、花盗さん。なんとか一緒に来られました」

 まるで一緒に来ることが予定されていたかのような会話だった。不思議に思いつつも、まずはお渡ししておきたくて、失礼ながらお話を遮る。

「あの、花盗さん、年末にはありがとうございました」

「とんでもございません。いかがでしたか?」

「ばっちり、パンジーのおかげです。それで、いつもお世話になっておりますし、今日はお土産があるんです、そこの和菓子屋さんのどら焼きなんですけれど」

「お心遣いありがとうございます、ありがたく頂戴いたします」

 紙袋をお渡しして、花盗さんは、いたまないように保存してくるとおっしゃり、奥へと入っていかれた。ささ、と、畳を擦るような足音が遠ざかる。

「加奈原さん、今日はこちらへ来る予定だったんですか?」

「うん、そうなんです。計画通りに進んで、安心しています」

「計画」

「そう、計画」

 何か企てているのかあ。よくはわからないけれど、嬉しそうに笑う加奈原さんに、私まで心がほかほかする。くすくすと二人でして、そのあとは静かな沈黙。私たちは沈黙を苦としない。隣にいるだけでよかった。

 少しの時間、或いはもう少し経っていたかもしれないけれど、そうしていて、花盗さんが奥の戸を開ける音でそちらに目を向けると、そこにはとても可憐なブーケを抱えた店主が、お待たせいたしました、謳うようにして入っていらした。

 慌てて声をかける。

「あの、まだお願いしていなかったのですが」

「いいえ、お伺いは済んでおりますよ。こちらは加奈原さんからのご注文の花束です」

「え?」

「そうなんです」

 隣の加奈原さんが一歩出て、ブーケを受け取る。

「お花の名前だけ、先にご説明させていただきます」

 

 濃いピンクのお花は、アルメリア。

 黄色がカロライナジャスミン。

 白いスイートピー。

 淡いピンクの方はチューリップ。

 そして青いアメリカンブルー。こちらは以前もお出しいたしましたね。

 

 いずれもお二人にぴったりのお花かと思います。

 

「素敵です、伊織屋さんによく似合う」

 聞き終えた。のち、加奈原さんはこちらを向いた。

「伊織屋さん、誕生日おめでとう」

 ああ、と、嬉しいため息が口から溢れた、感嘆の声でもあった。

 覚えてくれていたんだ。流れで少し話しただけのこと、私でさえうっすら忘れていた、生まれた日を。

「ありがとう……」

 思わず上擦った音になったけれど、しっかりお礼を告げて、そっと渡された花を、しっかりといただいて、色とりどりの可愛い花を、見つめる。

 胸の中が喜びでいっぱいだった。

「…ようございました」

 優しい言葉が、座敷の中でいつもお客を待っている店主から届く。

「花言葉など、ぜひこのあと、お二人で調べてみてくださると嬉しいです」

 加奈原さんと二人、顔を見合わせて、そして、はい、と頷いた。

 

「ありがとうございます」

 

 思わず揃ったお礼の言葉。しっかりとお辞儀をすると、花盗さんは、良い日をお過ごしくださいと、いつもの柔和な笑みで送り出してくださった。

 

「一緒に、だって」

「うん」

「なので」

「うん」

「今日はおれの家で、一緒に過ごしてくれませんか」

 繋がれた手と手が熱くなっていく気がして、なんだかむずむずとする。そんなことを言われたのは、付き合いはじめてから初めてで、緊張した、けれど、答えはひとつしかない。

「幸一さんと過ごせるの、嬉しいです」

 すると、頭ひとつ分は上にある幸一さんの顔が、私を覗き込んで、

「おれも、日佳さんと過ごしてお祝いできるのが、とても嬉しいです」

 満面の笑顔で、二人、道を歩き出す。

 

 花やはとりは不思議なお店。常識なんて知らん顔。お客に花を選ばせたりしない。

 でもそのかわりに一等いいものをくれる。

 二人で調べた花言葉は、面映いものだった、けれど、ブーケが、花盗さんが、私たちの関係を進めてくれた。

 幸一さんと、私は、ずっと続いていく、確かだと思えるものをくれた。

 

  そういうお店と、今日の私の、そういう話。 





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