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花やはとり  作者: 雛芥子まとい


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6/10

花を買おうというはなし 帰省



 花を買っていこう。

 しんしんと雪の降りゆく帰路の途中、思い立って時間を確認する。新幹線の時刻までは余裕をもって出てきたので、寄り道をするには充分だ。

 しっかりとした作りのスノーブーツで、積もった白をふみふみとして歩く、年末の休みに通勤路をゆくのも、まあ悪くはない。

 真っ青といっても良いくらいあおい空の朝。あしを取られないようにしてたどり着いた「花やはとり」の軒先では、店主が雪かきをしていらした。まだ開店ではなかったかな、思って、そういえばここの正確な営業時間を知らないことに至った。

 流石に遠慮した方が良いだろうか、悩んで、声をおかけするだけでもしていくことにする。さく、とした音を立てて近づくと、花盗さんは、雪かきの手を止めて、お辞儀してくださった。

「おはようございます」

「おはようございます、伊織屋さん」

「お店の支度中でしたか?」

「中の支度が済みましたので、外も、と思いまして。よろしければお入りください、暖かくしてあります」

 ガタリ、戸が引かれて、中へと招いてくださるので、お言葉に甘えて、

「ありがとうございます、お邪魔いたします」

 いつもの静かな玄関へしのぶように入った。

 そういえば、花盗さんがこの入り口からお店に入るのを、初めて見る。あまりに似合っていなかったビニールの長靴を脱いで、どうぞ、と座敷をすすめられ、私もありがたく上がらせていただいた。おっしゃられていたとおり暖かく、思わずほっと息をつく。

「申し訳ございません、まだお湯が沸かなくて…お先に、どんなお花をお探しですか?」

「帰省するんです」

「はい」

「なので、仲直りのできる花をください」

「承知いたしました」

 そそと、奥に入っていかれた花盗さんに、少しばかり拍子抜けした。仲直りなんて、それこそ事情を訊かれるかと思ったけれど、なんでもなくとした素振りでいらして、さすがだなあ、感心するばかり。

 のんびり待たせていただくことにして、ぼうっと、故郷に在る父母を思った。

 至って普通の両親、あたたかくて、優しくて、厳しくもあってくれた、大好きなひとたち。大好きだけれど、母の自信の無さがはなについて苛立ち、ひどい言葉を浴びせて実家を出たものだから、ここ二年ほど、連絡もあまり取り合っていなかった。気まずくて。

 辛いなら産まなければよかったのに、かあ。

 本当にひどい。

 この世に生んでくれたひとに、苛立ちからでもかけて良い言葉では決してない。だって私は、母を。

「お待たせいたしました」

 声をかけられて、ぼうっとしていた自分に気付き、後ろを振り返る。そこに花盗さんがいらした、手には鉢植えをもって。

「…立派な鉢ですね」

「ありがとうございます。中はパンジーです」

「あ、うちの庭にも咲いていた…」

「ご家庭のガーデニングで楽しまれることの多いお花です。なぜ今日、黄色のパンジーをお出しするか、ご説明いたします」

 

 パンジーは可憐で、清楚な、しかし強いお花です。秋から春にかけて、しっかりと咲いてくれて、冬の寒さに凍えた心を和ませてくれます。「もの思い」や、「私を思って」という花言葉が、恋も連想させます。

 そんな一面もありつつ、黄色のパンジーは、家族思いです。「田舎の喜び」「つつましい幸せ」そして「記憶」。どこか、郷愁を誘います。

 相手を思う心があるのなら、そのまま、ぶつかって良いのではないでしょうか。

 凍える季節を乗り越えて、繋がっていける可能性が、家族にはあると私は思っています。仲直りをしたいと思えるならば、なおさら。

 

「あまり上手く説明が出来ず、申し訳のないことなのですが、本日お出しするのに適したお花は、こちらかと」

「大丈夫です。…伝わっていると、思います」

「それならば、よかったです」

「あの、配送ってお願いできますか?」

「もちろんでございます。こちらの用紙に必要事項をご記入ください」

 座敷の奥の引き出しから、一枚、書類を出して手渡される。

 今はなかなか書かなくなった実家の住所と、母の名前を、なるべく丁寧に記入し、お願いいたします、と託す。

 花盗さんは一通り確認して、確かに承りました、とおっしゃった。

 

「ありがとうございます、…よろしくお願いいたします」

 

 私のかたい表情なんて、きっと花盗さんにはお見通しだったろう。 けれど、見逃してくださるいたわりに、いつも救われている。お気をつけて、送り出してくださる声に深くお辞儀して、駅の方へ向かった。

 

 私が泣くことがあるたびに、何もできなくてごめんねと、母親として失格だと泣くのが、たまらなく悲しかった。

 母が自分の親であることを嫌に思ったことなど一度としてなかったけれど、それだけは嫌で、嫌で。

 ただ笑っていて欲しかった。大好きな母に。

 傷をつけたのは、私、だけれど。

 

 仲直りできる気がしてこないなあ。

 

 でも、あのパンジーには、可能性が秘められているから、それを信じて、新幹線に乗り込み、ただ発車を待った。

 

「花やはとり」は不思議なお店。常識なんて知らん顔、お客に花を選ばせたりしない。

 でもそのかわりに一等いいものをくれる。

 

(お母さんが笑ってくれますように)

 

 そういうお店と、今日の私の、そういう話。




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