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花やはとり  作者: 雛芥子まとい


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5/10

花を買おうというはなし 冬も近く


 花を買わねばならない。

 かつて理不尽へ激怒した誰かのように、私もまた、怒っていた。ささやかといえば、ささやか。しかしそれは棘だった。ちくちく刺されば傷にもなるのだ。だから私は今日も今日とて、「花やはとり」を訪れる。

 ガタン、と、いつもより大きく音を立てて、引き戸を開けた。乱暴が過ぎた。

 感情的になるのは、この場合はよくない。どんなに腹が立っていても、物に当たるのはやめておきなさい、言いつけは確かだ、後悔だけが、残る。

 かわりに閉める時は静かに、いたまないようにした。

「……こんにちは」

「いらっしゃいませ。こんにちは」

 入った玄関の横の畳の部屋で、店主である花盗さんは、いつものように座って微笑んで、迎えてくださった。傍らには珍しく本を置いていらっしゃる。花が描かれた表紙なのがちらりと見えた。

 本当に、大切に営んでいらっしゃるのだなあ。

 そんな方にこんな注文をするのは、ひどい失礼なのもわかっていたけれど、言わずにいられなかった。私はそのために来た。

「あの」

「はい」

「あの、友達になげつけられる花を、ください」

 意思強く告げた願いに花屋の主人は、きょとん、とした後、くすくすと笑った。こんな笑い方をするのは初めて見る。

 続いて、いたずらっ子を前にしているような、仕方ないな、といいそうな表情で、

「喧嘩ですか?」

 と、問われた。私はそれに、大きく頷く。

「なんとしてでもわからせなければならない、火急の喧嘩です」

「かしこまりました、わからせなければ、という理由は、お教え願えますか」

「もちろんです」

 こと細かく、詳らかにしていく。なるべく感情的にならないよう努めて。時々語気が強かったかもしれない、泣きそうにもなった。それでも、静かに真剣に、聞いていてくださった。

「それは、惜しいことですね」

「惜しいですか」

「きっとそのお友達は、伊織屋さんが大好きでいらして、だからそのようについ、言わなくてはいられないのでしょうから」

 またひとつ、柔らかな微笑みをもらす。

「承知いたしました。それでは少々お待ちいただけますか、お花の支度をしてまいります。よろしければ、座布団をお使いください」

 すっ、音少なに立ち上がり、きっと誰も知らない奥の、戸を引いて行かれた。

 怒りはまだ燻っているけれど、それもお話したことで弱火になった。立ち尽くしていたからだをゆっくりと動かして、靴を脱ぎ、お座敷に上がらせていただく。ほのかにあおい草の匂いがして、なんとなしに息を吸い込んでは、早くならないくらいに吐き出した。

 惜しい、とは、なんだろう。その意味を知りたい。

 花盗さんは私の話から、彼女のどんな思いを感じ取ったのだろう。

 おそらく火急と告げたので、いつものようにお茶などは出さないでいてくださった、優しく心配りの上手な店主は、私が見てもわかる、オレンジの、バラをお持ちくださった。

「……一輪ですか」

「大切なご友人は、唯一無二と思いまして。こちらのお花をお出しする理由をご説明させていただきます」

 

 このバラは大変美しい咲きぶりです。今、当店にあるなかで一番のお花をお持ちいたしました。

 先程のお話を考えたのですが、ご友人は不安が大きいのではないでしょうか。それは、大切な人が遠くなる不安です。

 けれどそれは不要な心配であると証明した方が良いかと思います。

 オレンジのバラは、友情をあらわすにはうってつけのお花です。「絆」や「信頼」といった意味がございます。また、バラが一本の場合、「あなたしかいない」とも。こちらは恋に当てはめられることが多いですが、この世に、その人は、たったひとりだと。そんな思いが込められると思いました。

 

 お話をお聞きしている間に、ふと、涙がこぼれた。

「私は、彼女が、自分は必要ないと言ったことが、とても悲しかったんですね。私にとって彼女は、彼女でしかない、大切な人だから」

「そのようにお見受けいたしました」

「怒っていいですよね」

 落ちた雫はそのままに、あふれる思いも、そのままにして、いつだって私に心を傾けてくれていた、この土地で初めての友人を思った。

 あのとき、きっと、泣きそうだった。

 私も、彼女も。

 泣きじゃくる私を、慰めない、それがたまらなく有り難くて、ますます泣けてしまって。花盗さんは一言、

「仲直りは、早くしないと、拗れてしまいますよ」

 おっしゃった。優しげで、けれど今までになく、無機質にも感じた。声は雄弁だ。視線と同じくらい。

 なにより私は、現実だ、これが真実だと思った。

 ああそうだ。私はここでぐずついている場合ではないんだ。

 あの子にバラを投げつけにいかなくては。

 

 深く、ふかく、お辞儀をして、行きます。と、言った。

「お気をつけていってらしてください」

「はい」

「伝えたいことが伝わると良いですね」

「叩きつけてやります」

 ぐっと拳を握って、にっこり笑う。今日、初めての笑みな気がする。

「とても素敵な心意気と思います」

 花盗さんご自身が悪戯っ子のようなおかおをされて、なんだか勇気が満ちていく感覚がした。

 

「ありがとうございました」

 

 街を吹く風はもう冷たさを含んで、こんな寒々しいなか、もしかしたらひとりで途方に暮れている、大切な友人の元へと急いだ。スニーカーでよかった。どこまでも駆けて行ける。

 あなたはたったひとりしかいないんだよと伝えに行ける。

 

「花やはとり」は不思議なお店。常識なんて知らん顔、お客に花を選ばせたりしない。

 でもそのかわりに一等いいものをくれる。

 仲直りをする力をくれる。

 

 そういうお店と、今日の私の、そういう話。

 


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